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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
贄の章

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11

「……何を言い出すのだ、この男は!」

 激昂したのは、アルマナセルの背後にいたイーレクスだった。

 苛立たしげに陣を回りこむと、庇うようにレヴァンダの前に立つ。

「イーレクス王子、落ち着いて……」

「何だ貴様は」

 イフテカールの言葉は、再度アルマナセルの低い声にかき消される。

 正面から〈魔王〉の姿を見て、流石に怯んだようだが、しかしイーレクスはその場を退くことはない。

「私はイグニシア王国第一王子、イーレクス! レヴァンダの兄だ!」

「レヴァンダ、というのか。美しき乙女は、名までも麗しい」

 だが、アルマナセルは殆ど気に留めていなかった。

「人の話を聞け!」

 イーレクスが怒鳴りつける。

 それは、今一番イフテカールが言いたいことだった。

 構わず、〈魔王〉は彼らに近づき、手を伸ばす。レヴァンダに向けて。イーレクスを、排除するかのように。

 だが。

 瞬間、稲妻のような光が、その指先を防ぐように放たれた。

 びくり、と身体を震わせ、〈魔王〉アルマナセルはようやくその動きを止める。

「私の(ゆる)しなくして、その陣より出ることはできぬ」

 静かに告げる。苛立たしげに、アルマナセルはこちらを睨めつけた。

「そなたの力ではなかろうよ」

『儂の力は吾子(あがこ)の力だ。どのみち、そなたは儂の命を聞かねばならぬ、〈魔王〉』

 イフテカールの口から、深い声が響く。その言語は、只人には理解できないものだ。不思議そうに兄妹はこちらを見つめている。

『ふん。しばらく目にしないと思えば、このようなところで腐っておったとはな。龍神ベラ・ラフマ。まあ、久闊(きゅうかつ)を叙するぐらいはしてやろう』

 〈魔王〉も、言語を切り替える。

『それでは済まぬ。そなたは儂に召喚され、契約を結ばぬうちはその陣から出ることすらあたわぬのだ。諦めて我が意に従うがいい』

 鼻を鳴らし、〈魔王〉アルマナセルは横ざまに腕を振った。陣を描く円の際で、何か見えない壁に阻まれたように、その動きは止まる。瞬間、轟音が轟き、陣の内側が激しい光に満たされた。

「きゃ……!」

 レヴァンダが悲鳴を上げる。イーレクスは、妹を連れて数歩下がった。

『なるほど。練り上げたものだ。さて、どれほどで破れるかな、ベラ・ラフマ』

『数年はかかろうな。無論、そなたにとっては瞬きほどの時間だろう。が、その間に、その娘は他の男の元へ嫁ぐぞ』

 龍神の言葉に、素早くアルマナセルは振り向いた。視線を向けられて、イーレクスが怯みながらも睨み返す。

 そして、レヴァンダは。

 アルマナセルと、姫との視線が絡み合う。

 その〈魔王〉という存在の恐ろしさ故か、はたまた物珍しさ故なのか、レヴァンダは彼から視線を外せないようだ。

『まだ、ほんの娘ではないか』

 吐息に乗せるような声で、呟く。

『人の生は短い。その存在が消滅するまで、百年もかかるまい。そなたが手間取れば手間取るほど、その娘はそなたの手の届かない幸福の中に生きていく』

 嘲るような龍神の言葉に、ぎり、と〈魔王〉は歯噛みした。

『よかろう。だが、条件がある。龍神よ』

 そこで一度息を吸い、その場に全員に理解できる言語で、〈魔王〉アルマナセルは宣言した。


「その契約が果たされた暁には、この娘を我が妻とせんことを了承せよ。でなくては、何百年経ったとしても、そなたの意には従わぬ」




「あの娘は、何故あんなに憤っておったのだ?」

 不思議そうに〈魔王〉アルマナセルは首を傾げる。

「……まあ、貴方が色々と女性に対する手順をすっ飛ばしたのが悪いんだと思いますよ」

 イフテカールは客人から少し離れた椅子に座り、そう答える。遥か昔、自分が求婚した時のことを思い出して、僅かに笑んだ。

 ここは、王宮内の廃された火竜王宮だ。荒れ果てている、という印象を保つために、イフテカールでさえ、普段はここに居住しない。だが、龍神がアルマナセルを目の届かない遠くへ置きたくないと主張し、二人は奥まった部屋に居場所を移していた。

 この辺りは、やや居心地よさを保っている。

「ふむ。異界の娘というのは難儀だな」

 困ったように、腕を組んで〈魔王〉は呟いた。

「ですが、悠長に時間を過ごしてもいられません」

 貴族にとって、娘と言うのはある意味財産だ。親は、産まれた家を栄えさせる為に、できる限り利益がもたらされる家へと嫁がせたがる。まして、レヴァンダは王家の一人娘だ。この先どれほどの未来が待っているかを考えると、彼の申し出に乗るかどうか。まして、相手は人間ではないのである。

 ふと、かつての岳父の懐の広さに改めて感謝しかけて、迷い出る思考を押し留めた。

 どうにも、今日は過去の記憶が呼び覚まされる。

 気持ちを切り替えようと、小さく溜め息をついた。

「明日の朝、王に拝謁致しましょう。貴方と婚姻を結ぶ利点を充分に考えさせなくてはならない」

「心配するな。わしと(よしみ)を繋ぎたがらぬ者などはおらん」

 自信たっぷりに言うアルマナセルを、龍神の使徒は呆れた視線で見つめた。



 翌朝、王家は一様に憔悴した顔つきでイフテカールを迎えた。

「イフテカール! そなた、なんという……」

 国王が罵声を浴びせかけるが、青年の傍に立つ男の姿を目にして、口を(つぐ)む。

「……それ、が、〈魔王〉か」

「御意」

 弱く尋ねる声に、イフテカールは見かけだけはうやうやしく一礼する。

 アルマナセルには、宥めすかしてマントのフードをかぶらせていたため、王宮内を通ってきてもさほどの騒ぎにはなっていない。

 部屋の片隅の椅子に、寄り添うようにイーレクスとレヴァンダが座っていた。

 その前に進み出る人影を認めて、慌てて周囲を見回す。

 いつの間にか、アルマナセルは彼らの前に立っていた。フードを外し、見下ろす男を、気丈にイーレクスは睨み返す。

 予想外に滑らかな動きで、〈魔王〉はその場に跪いた。

 その瞳は、レヴァンダから離れない。

「昨夜の愚かな振る舞いを許してくれ、麗しきレヴァンダ。そなたの美しさ、気高さ、純粋さに驚き魅入られたが故のことだ。そなたと共に在るためなら、わしは何でもしよう。ガバルの断崖までザーファラーンの花を取りにも行こう。その身をモガウハラートで飾り立てよう。百万の軍勢をも一人で食い止めよう。素晴らしきそなたの存在にかけて」

 熱の籠もった言葉を、王女に向けて放つ。

 きょとんとして聞いていたレヴァンダは、小さく微笑んだ。

「ザーファラーンの花、って何ですの?」

 優しい声が男に向かう。

「一万年に一度しか咲かない、我が故郷の花だ。真実の愛の希少さを現しているとされている」

「では、モガウハラートとは?」

「淡い光を放つ宝石だ。その色は、身につける者の心によって変化するという。そなたが持てば、どれほど美しい光となるだろうか」

 昨夜一晩で、この世界は〈魔王〉の故郷とはあまりにかけ離れている、ということだけは理解させた。

 イフテカールのその辺りの根回しっぷりは、おそらく龍神譲りなのだろう。

 おかげでアルマナセルは、問い返しに戸惑うことなく滑らかに返答する。

 くすり、とレヴァンダが笑う。

「貴方のお話は、訳が解らないことばかりですね」

 一瞬、〈魔王〉の表情が情けないものへと変化する。

「もっとお話ししていただけますか、アルマ?」

 だが、レヴァンダが続けた言葉に、面白いほどにその顔は明るくなった。

 アルマ、と、噛みしめるように呟いている。

「……百万の軍勢を……?」

 王が小さく呟く。

「大口を叩いている訳ではないと思いますよ。彼にとっては、この世界の人間など、虫けらも同然です」

 静かにイフテカールが告げる。

 王の瞳が、思案げに暗くなった。



 その後、子供たちは部屋から追い出され、数時間の間、王と〈魔王〉の会談が行われた。

 王妃は昨夜行われた求婚のことを聞き、動転して臥せっているという。

 世界の認識の差は意外と大きく、イフテカールは辛抱強く、王と〈魔王〉の間を取り持つべく動く。

 正確さを重視する訳ではなく、ただ双方を都合よく動かすために。




 グランは、笑みを浮かべてイフテカールを出迎えた。

「いつも来てくれて、ありがとう」

 謙虚にそう告げる。王室の出身で、高位の巫子となった今でも、彼は控えめだ。

 身体の弱さが、そのような態度を取らせているのか。

「今日はお客様と一緒なのですよ」

 その言葉に、少年が小首を傾げる。

 男はゆっくりと戸口をくぐってきた。大広間などならともかく、普通の部屋の戸口では、この大男は幾度か頭をぶつけている。

 その姿に、グランは目を丸くした。

 子供の不躾とも言える視線を浴びて、しかし全く臆すこともなく、アルマは相手を見下ろした。

「〈魔王〉アルマナセルだ。そなたがレヴァンダの弟か」

「その角、本物なの?」

 あまりに驚いたのか、普段は礼儀正しい少年が挨拶もせずに尋ねてくる。

「無論だ。この地の者たちには、生えていないのだな」

「触ってもいい?」

 うむ、と鷹揚に〈魔王〉は頷く。苦笑して、イフテカールは寝台の傍へ椅子を一脚寄せた。どかり、とアルマがそれに座る。

 身を乗り出し、グランは恐る恐るそれに触れた。

 角は、見た目からすると、少々表面がざらついているように思える。どう感じたのか、病床の少年は面白そうに小さく笑った。

「アルマナセル様は、どんなお客様なのですか?」

「レヴァンダの婚約者だ」

 イフテカールが口を挟む間もなく、アルマが即答する。

「姉さまの?」

 更にきょとんとして、訊き返す。

「条件つきではあるがな。わしが契約を首尾よく果たせれば、レヴァンダと婚姻できることになったのだ」

 誇らしげに、〈魔王〉は胸を張る。

「じゃあ、僕の義兄になられるのですね」

 嬉しそうにグランが返す。

「そうなるな。そのために、そなたは健康にならねばならぬ」

 真面目に返すアルマの言葉に、ふと高位の巫子は顔を暗くした。

「それは、無理なことです」

「いいえ、なれますともグラナティス様。そのために、アルマナセルが来てくださったのです」

 傍らから、柔らかくイフテカールが声をかける。

「アルマナセル様は、お医者様なのですか?」

 少し驚いたように、グランが口にした。

「ん? まあ、そのようなものかな」

 ちらり、とアルマが視線をイフテカールへ向ける。

「ええ。ですから、ご安心なさってください」

 その言葉に、弱くではあったが、グランが微笑む。

 だが、おそらく彼はこの時既にもう全てを諦めつつあったのだ。


「どうでした?」

 部屋を辞し、十数メートル廊下を進んだところで、イフテカールが急かす。

「酷く弱っているな。肉体はもう幾らも持たぬところだった。だが、龍神のやり方であれば、おそらく上手くいくだろう」

 考えこみつつ返す言葉に、青年はほっと吐息を漏らした。

「だが、魂は強い。あれは、長じればかなりの男になるぞ」

 アルマが小さく笑う。

 この言葉を、もう少し重要視するべきだった、と、後年イフテカールは苦く思い返すことになる。

「ならば、急ぎましょう。施術の部屋を用意しなくては」

 だが、そんなことには勿論気づかず、龍神の使徒が小さく呟いた。

「ああ。この建物の中がいいのだな?」

「グラナティス様は、あまり動かせません。それに、人目に触れる機会は減らした方がいい。王宮から要請を出させましょう。今、竜王宮は王宮に逆らえない」

 グランが高位の巫子に選ばれたおかげだ。イフテカールは、珍しく、僅かに竜王に感謝した。




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