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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
神の章

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161/252

05

 一時間を過ぎた頃、レグルスが部屋を辞する。居間へ入った時に、彼らは思わぬ人物に目を留めた。

「テナークス? どうしてここへ?」

 アルマに仕える軍人は、扉の開く音が響くと同時、椅子から立ち上がり敬礼を送っている。

「定期連絡です、アルマナセル殿。今週の訓練の結果と兵士の健康状態について報告に参りました」

「あ……ああ。そうか。ちょっと待っていてくれ」

 曖昧に頷く。レグルスはその場の皆に丁寧に挨拶を述べて、部屋を出た。

「真面目な人なんだな」

 レグルスは軍の責任者自らが定期連絡に来る、ということに驚いたらしい。

「真面目で頑固で曲がったことが嫌いなんだ。その辺りに触れなければ、物判りのいい男ではあるんだが」

 ぼやくアルマに、小さく笑う。

 彼が廊下を進み、角を曲がるまで、アルマはじっとその後ろ姿を見送った。

 その後、すぐさま踵を返し、居間へと取って返す。

 無言で入ってきたアルマを確認して、オーリは請願を口にした。これで、室内の物音は一切外へと漏れることはなくなる。

「何があったんだ?」

 一歩踏み出しながら、尋ねる。彼がレグルスを送っていく間に呼び出されたのだろう、ペルルは既に椅子に座っていた。

「風竜王宮の方が敵兵を発見されたと聞いて、提言に参りました」

 テナークスが淡々と口を開く。

「提言?」

「はい。王国軍は、見晴らしのいい平野に野営していた、とお聞きしましたが」

「ああ。この辺りだ」

 オーリが、ざっと指先で地図の上を示す。

「それは(おとり)でしょう。本隊は他の地域に潜んでいるかと思われます」


「囮……?」

 その言葉に、全員が一様に眉を寄せる。

「相手はイグニシア人です。山と、森の民です。森に生き、その只中で何千年も戦ってきた民族です。姿を隠せるのに、わざわざ平地に姿を晒すことはありません」

「いや、でも、カタラクタ侵攻の時はそんなことしなかったぞ?」

 アルマが慌てて反論した。

「あれは人数が違いすぎました。二十五万の兵を完全に隠せる森などありません。身を隠しつつ進むよりも、街道を進む場合の速度を選んだのです。何より、当時の王国軍は、その武力でひたすらに敵を押し潰す、そういう作戦を採ったのですから。……失礼、姫巫女」

 テナークスは、そのイグニシア王国軍に押し潰されかけていた少女に、一礼して詫びる。いえ、と、短くペルルは返した。

「当時の王国軍、か。今は違うと?」

 グランが話題を戻す。

「はい。先日、人数を惜しんだ王国軍は、ニフテリザ砦で敗北を喫しました。今回は、可能な限り多くの兵を派遣したいところでしょう。ですが、あまりこちらに人数を割いてしまうと、各地の駐屯兵の数が足りなくなり、そちらでも叛乱の可能性が出てきます。それは、皆様がたが期待していた部分でもありますが。ですから、ぎりぎりの人数で、最大限の勝利を得たい、そう考えているかと推測します」

 そこで、と続けながら、指を北側の平地へと向けた。

「ここに囮を配置し、我らがそれに向かったところで、周辺の森に隠れていた軍で襲いかかろうという作戦かと。この同盟に参加されている貴族がたの大半は、南部の、草原に近い土地のご出身です。森での戦いは、そうそうご存じない」

「囮なんて役に、二万もの兵を使うものなのか?」

 オーリが疑わしげに尋ねる。

「確かに、反乱軍(こちら)にとって二万は大軍です。しかし、王国軍は、まだ総勢で二十万以上が無事に残っている。囮役を全て使い捨てるつもりもないのでしょうから、これは充分勝てる作戦ですよ」

 テナークスは、冷静に、全てに説明を加えていった。その場の全員が眉を寄せ、地図を凝視している。

「だったら、まず、本隊の位置を把握しないとまずいな」

 アルマが呟く。

「親衛隊は、まだ城塞の外か?」

 グランが尋ねた。難しい顔で、オーリは頷く。

「ああ。だけど、私たちはそれこそ草原の民だ。森の中をこっそりと動き回る自信はないよ」

 マグヌス子爵や、サピエンティア辺境伯が何を考えているのか知れぬ以上、大々的に捜索に出る訳にもいかない。まずは仲間内だけで何とか目処をつけたいところだ。

「ならば、我が隊が斥候に出ましょう」

 テナークスが、さらりと志願する。

「いや、駄目だ。一旦城砦内に入っている隊が外に出るのは、子爵の許可が必要だ。何をしようとしているかは、すぐに露見する」

 難しい顔のまま、グランが却下した。

「斥候に出る、と申し出なければいいのでしょう。風竜王宮と、恒例の戦闘訓練を行うだけならば可能です」

「戦闘訓練?」

「恒例?」

 初めて聞く言葉を、アルマとオーリが繰り返す。

「風竜王宮親衛隊の方々は、大半が志願兵です。戦闘の経験は、先だってのニフテリザ砦が最初でした。我が隊は、その経験不足を補うために、共同の戦闘訓練を行ってきたのですよ。まして、この地は森が多い。不慣れな風竜王宮にコツをお教えすることは不可欠です」

 丁寧に、テナークスは説明した。

「……いやでも、そんなこと、今までやってないよな……?」

 まさか、自分の把握していないところでやっていたのか、と一抹の不安を覚え、指揮官が尋ねる。

「それをご存知なのは、後はモノマキア伯爵だけですな」

 笑みの一つも浮かべず、男は告げる。

 マノリア伯の実弟、テナークス少佐。

 爵位は持たないものの、彼もまた貴族であった。

 つまりはどろどろである。

 グランは真面目な表情のまま、呟いた。

「モノマキア伯爵が余計なことを言い出さないように、知らせておく必要があるな。クセロ。城砦内を、人目につかないように動けるか?」

「ここにきて何日経ったと思ってるんだよ」

 ちょっと呆れ気味に、金髪の盗賊が答える。

「よし。じゃあ、アルマとオーリは、恒例の戦闘訓練の許可をマグヌス子爵に申請する書式を作り上げろ。慣れた感じを出しておけよ」

「恒例だからね。お世話になるよ、テナークス」

 肩を竦め、オーリが男を見上げる。

「お役に立てることが喜びです。オリヴィニス様」

 通常と変わらず真面目な顔で、テナークスは頭を下げた。




 翌朝、アルマとオーリは城砦の大広間でレグルスを待っていた。

 彼が南門まで案内する、と許可が下りた時に言い渡されたのだ。

 石造りの大広間は三階までの吹き抜けになっていて、酷く威圧的かつ寒々しい。控え壁が設けられた合間には、古めかしい武器やぼろぼろになった戦旗が飾られていた。中には、人に扱えそうにないほど巨大な剣や槌もある。

「マグヌス家の祖先には、巨人でもいたのかね」

 感心してオーリが呟いた。

「飾りですよ。剣は作られた当初からなまくらだったようですし。ただ、印象的ではあるでしょう?」

 背後の階段を下りながら、レグルスが説明を投げてきた。

「確かに。今日は、朝早くからすまないね」

 オーリが柔らかく応える。

 訓練は、マノリア隊と風竜王宮親衛隊だけで行われる。グランやペルル、クセロが立ち会う筋合いはないため、この二人だけが参加することになった。

 レグルスも視察したがるかと思ったが、仕事が詰まっている、と門前で引き返していく。ここまで自ら出てきたのが、せめてもの気分転換になったのかもしれない。

 彼をある意味(あざむ)く行動に、僅かに胸が痛んだ。

 門の内側の広場には、既にマノリア隊が列を組んで待っていた。

 がらがらと鎖が巻き上がる音と共に、城門が開く。

 城壁の周囲に巡らされた深い堀を渡った先に、少人数の風竜王宮親衛隊が待機していた。この周辺は木々も切り倒され、見通しがよく平坦な地面が広がっている。

 彼らは茶番に突入した。


 とは言え、実際風竜王宮親衛隊を構成する殆どの者は実戦経験に乏しい。

 自然、しっかりと訓練が行われた。

 親衛隊は、全ての者が騎乗している。武器は弓矢と剣だ。

 マノリア隊は、槍の扱い方を教え始めた。

 草原では、槍が作れるほどの樹は生えていない。だが、この地であれば、割と楽に手に入る武器だ。

 馬に乗った人間の胸辺りの高さになるように、的を立てる。マノリア隊の兵士が、それに向けて突進し、槍で見事に中央を突いた。

 親衛隊員は列を作り、その動きを真似る。

「投げ槍なら、多少は使ったんだけどね。草原は遮るものが少ないから」

 訓練をする場の外れに大き目の天幕が建てられ、三人はそこに座っていた。訓練の様子を見ながら、オリヴィニスがぼんやりと感想を述べる。

「それは、逆に我々には馴染みがないですな。イグニシアには、視界を遮るものが多すぎます」

 皮肉か、と思い、副官を見上げるが、彼はいつものように真面目な表情を崩さない。

 やがて、槍を使う者たちから数名ずつ離れ、森の中を進む訓練に移る兵士たちが出始める。街道のない森を馬で進むには、それなりに気をつけねばならないことが多いのだ。

 が、勿論、意図はそれだけではない。

 城壁の上から注がれる視線を感じて、小さく身じろぎする。

 十名に足りないほどの混合班は、次々に南方の森へと姿を消していく。

 森に入りこんでしまえば、後はどこへ向かおうが判りはしない。そのまま、北東、または北西側へ進み、森の中に潜む敵兵を見つけに行く。

「……もしも敵がいたとして、野営の煙でその場所が判らないものだろうか」

 少し腑に落ちない、という表情で、オーリは小さく呟いた。

「春になり、木々には充分若葉が生えています。この状態なら、焚火の煙程度、枝と葉との間を通る際に散らせてしまうことは可能です。勿論、注意深くなくてはなりませんし、夜間に焚火の光が見えてしまえばそれまでですから、おそらく最低限の火しか熾していないでしょう」

 テナークスは、そのような疑問にも丁寧に答えた。

 温かい食事も摂れていないだろう。指揮官はともかく、兵士たちに同情する。

 こちらの様子を伺っているのは、当然味方だけではないと考えるべきだ。数十分で戻ってくる班や、入れ違いで出発する班を交え、単なる訓練であることを印象づける。

 長時間不在にする班が、目立たないように。

 そうして丸一日を費やし、陽が沈みかける頃に合同訓練は無事に終了した。

 各班の報告を得て、イェティスを加えた四人がようやく城砦へ帰還する。

「……捕えたか」

 無言で居間へ入ってきた者たちを一瞥して、グランは満足げな笑みを浮かべた。




 翌朝の会議には、テナークスとイェティスを伴って参加する。

 殆どの者たちから胡乱な視線を向けられるが、竜王宮側はどこ吹く風だ。

 淡々と、グランは前日に探ってきた敵陣の配置を報告する。

「森の中の行軍訓練をしていて、偶然発見した。砦の北西の森に、かなりの数の敵が潜んでいるようだ。ざっと見た限りでは、六万ほど。広範囲に野営しているため、あまり近づけはしなかったが。現在、森の外に野営している者たちは、砦の北門からはやや北東に位置している。そこに我らが進軍し、戦い始めたところで、ほぼ背後から襲い掛かり、挟み討ちにするつもりだろう」

 眉を寄せ、貴族たちはその情報を吟味する。

「しかし、それには、二つに分けられた軍が充分呼応する動きをしなければ無理だ。一体どうやって、指揮を執れるのだ?」

 モノマキア伯爵が疑問を投げる。

 城塞からであれば、見晴らしはいい。だが、王国軍には、そのような地の利はない。

 全員が、思案するような沈黙の中に地図を睨みつける。

「恐れながら、申し上げます。おそらく、敵はこの丘を占拠するつもりでいるかと存じます」

 テナークスが進み出て、地図の上の一点を示した。

 それは、砦の更に北。二つの王国軍の間、ほぼ中央あたりにある丘だ。さほど広くはなく、何千もの兵を配置することはできない。

 だが、確かにそこに立てば、砦の北に展開される戦場を一望できる。

「戦いに先立ってこちらを占拠すれば、何をしようとしているのか一目瞭然です。故に、戦端が開かれるまで、ここをどうこうしよう、とは思いますまい。囮の軍と我々が戦い始め、本隊が背後から襲いかかる、それとほぼ同時に、この丘に司令部を置きたいと画策している筈。できるならば、その前にここを手に入れておきたいものですな」

 テナークスの説明に、サピエンティア辺境伯が更に顔をしかめた。

「どうも、貴殿らはまず敵軍の意図に乗って動くつもりのようだ。しかし西門、若しくは南門から出陣して、隠れている軍を先に叩けないものか?」

 その問いに、テナークスは小さく首を振る。

「相手はイグニシア軍です。森での戦いを熟知している。転じて、こちらの同盟軍では、この地を所有するマグヌス子爵の軍と、我がマノリア隊、精々火竜王宮竜王兵程度しか森に慣れてはおりません。できるなら、戦は開けた平地で行う方が有利でしょう。まずは囮と戦い、隠れていた本隊を平地に引きずり出し、更にその背後を森に慣れた軍が討つ。これが、最も勝機のある作戦かと」

 サピエンティア辺境伯、マグヌス子爵、そしてアラケル男爵が、揃って苦虫を噛み潰したような表情になる。

「どうかされたのか?」

 穏やかに、グランが尋ねた。

 が、続けて放たれた言葉には、穏やかさの欠片もなかった。


「それらは全て、貴公の、王国軍を裏切った者の考えであろう。我々は、それにうかうかと乗る訳にはいかん」




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