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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
神の章

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158/252

02

「どうするつもりなんだい?」

 晩餐の後、彼らは簡単な会議のために別室に移った。議題は砦内での軍の配置についてだ。基本的には、以前ニフテリザ砦に入城した時と同じような要領のため、新鮮味はあまりない。

 尤も、あの時はかなりの時間を置いて軍が集結したのだが。今回は全軍が一度に進軍してきている。収容するための時間の余裕はさほどなかった。

 時間も遅いために、軽く打ち合わせた程度で解散となる。

 その後、各々の自室へ引き取ったところで、アルマは来客を迎えていた。

 しかも二人。オーリとクセロである。

「何をだ?」

 やや疲れた心持ちで、それでも辛抱強く彼らにつきあう。

 椅子を勧めて、そこに座ったのはオーリだけだ。クセロは壁に背を(もた)せかけて立っている。何が起きても、いつでも対処できるように。地竜王の巫子となっても、彼は変わらない。

「あの坊ちゃんの件だよ。旦那がいくら朴念仁でもそれぐらい察しはついてるんだろ?」

 そのクセロが、無造作に説明した。かなり酷いことを言われている気がする。

「俺が手を出さなきゃいけない事態じゃない」

 溜め息をつきつつ、そう返す。

「甘いね。彼の顔を見ただろう? 民を救うために自らを犠牲にし、戦うために立ち上がった高位の姫巫女の姿に心酔しきってる。若く、情熱的で、自信家だ。思い立ったら、目的を達成するまで止まらないだろう。そして、おそらく、もう思い立っている」

「あのな。レグルスは騎士だ。騎士というのは、まあ、貴族全般もだけど、基本的に貴婦人の擁護者となる。そこに、情熱はあっても、不埒な感情は一切含まれない。含まれては、ならないんだ。それは、レグルスにも判ってる筈だ。当人に爵位はないが、父親が子爵で祖父が公爵なんだから。いずれ、彼がその地位を継ぐ。莫迦げたことをする余地はない」

 彼らは貴族の行動原理を知らない。辛抱強く、アルマは説明した。

「情熱っていうのは、その莫迦げたことに邁進する衝動だよ」

 頬杖をついたオーリは、空いた片手の人差し指で、とん、と卓の天板を突いた。

「それにまあ、姫さんの方も心配だしな」

「ペルルが?」

 小さく失笑しかける。

「高位の巫女だろうがなんだろうが、まだ若い娘っ子だってのに変わりはねぇだろ」

 肩を竦め、クセロが言い切った。

 むっとするが、彼は今、地竜王の高位の巫子だ。立場としてはペルルと同位となる。自分が怒る筋合いではない。

「それだよねぇ。あんな若く高貴な男性に跪かれて熱い瞳で見つめられて甘い言葉でも囁かれたら、若い娘なんて大抵くらっとするものだし」

「実体験か?」

 揶揄するようなオーリの言葉に、半ば睨みつけながら返す。一時、吟遊詩人とその身を偽っていた青年は無邪気な瞳で見返してきた。

「ペルルは高位の巫女だぞ。ありえないってことぐらい、お前たちの方がよく判ってるんじゃないか」

 片手を振って、この話を打ち切ろうとする。が。

「高位の巫子には、必ずしも竜王に対する情熱が必要ではないんだよ」

 しかしあっさりと反論されて、数度瞬く。

「いや、確かにそうじゃない者の方が多いけどね。そもそも、巫子になった時点で多少なりと竜王に帰依するつもりがあるからなんだし。だけど、結局選ぶのは竜王自身だ。クセロだって、今はともかく、地竜王に選ばれた時点で竜王に心酔していた訳じゃない」

「何か色々言いたい放題言ってねぇか……」

 クセロが半眼で、流暢に述べたオーリを見下ろす。

「でも、思っていたよりも慣れただろう?」

 オーリは首を曲げて見上げつつ、地竜王の高位の巫子に尋ねた。

「そりゃ、まあ、そうだけどよ」

 釈然としない顔で、クセロは呟く。

「オーリ。話がずれてる」

 うんざりして、アルマは口を挟んだ。

「……君、最近グランにそっくりになってきたよ」

「やめてくれよ」

 ますます倦怠感が満ちてきて、大きく息をつく。

「ああもう、判った。レグルスの『情熱』が限度を超えそうになったら、俺がちゃんと釘を刺す。それでいいだろう」

 一旦要求を飲まなければ、この世話焼きの仲間たちは帰ってくれそうにない。そう悟って、アルマは条件を出した。

 実際、レグルスが常識の範囲を超えなければ問題はないのだ。

 そして、その可能性は極めて低い、とアルマは思っている。

 何やら不満げな表情ではあったが、オーリとクセロは部屋を出て行った。



 居間に入ると、小さな人影が一人、ソファにかけている。

「待たせてしまってたのか?」

 オーリがからかうように告げる。

「一緒にするな。お前たちはあいつに甘すぎる」

 呆れた表情で、グランは長身の青年たちを見上げた。

「そうは言ってもね。こんなときに、余計なことでごたごたしたくない」

 風竜王の高位の巫子は、無造作に近くのソファに座った。クセロはふらりと壁際の棚に近づき、飾られた酒の種類に視線を走らせている。

「勝手に開けるなよ、クセロ」

 背後を振り向きもしないで、グランはクセロの指先を制した。肩を竦め、金髪の男は両手を後ろで組む。

「まあ、お前たちの心配は杞憂だ。実のところ、あいつを焚きつけたいだけじゃないのか?」

 じろり、と視線を向けられて、オーリは無言のまま笑みを浮かべた。

「それに、万が一何かあった場合、あの程度の小僧如き、どうとでもなる」

「……結局大将が一番過保護だよなぁ」

 権力を振り回すことを全く厭わない幼い巫子に、クセロは小さく呟いた。




 翌日の朝、アルマは城砦の前庭で馬を待っていた。

 もうすっかり暖かい。つい先日まで、吹雪の中にいたことがまるで夢のようだった。

 そろそろマントももう少し薄めにした方がいいかもしれない、などと考えていると。

「おはようございます、アルマナセル様」

 一頭の馬を従卒が引き、その隣にもう一頭の手綱を手にとって、レグルスが歩み寄ってきていた。

「おはようございます。レグルス殿。どうかされましたか?」

「お出かけになられるとお聞きしたので、ご一緒できればと」

 アルマは、マノリア隊が今朝から砦に入る予定であったので、視察を兼ねて外出するつもりだったのだ。

 彼らは、比較的入城が早い。行軍中、隊列の前方側にいたからだろう。

「特に楽しいことはありませんよ」

「判っています。軍隊の受け入れは私の仕事でもありますし、立会いたいのです」

 それ以上止める理由もない。ならばどうぞ、と返して、アルマはレグルスと共に馬に(またが)った。

 この砦は、坂や階段が少ない分、ニフテリザ砦よりも通りやすいか、と思っていた。が、砦内の通路は酷く入り組んでいて、半ば迷路と化している。

 レグルスが近道を先導してくれることに感謝する。

 まあ、彼が同行しなくても、兵士を借りることにはなっていたが。

「レグルス殿は、昨年のイグニシアからの侵攻には参加されておられましたか?」

 その時はアルマはイグニシア王国軍にいた。同じ戦場にいたかもしれない。

 マグヌス公爵領は王国軍が占拠した地域からは外れているが、何といっても公爵だ。領地を護るという以前に、国家を護るという意図で参戦した可能性はある。

 だが、レグルスは首を振った。

「我らは、王都に近い土地でイグニシア王国軍を迎え討つ予定でした。それが初陣となるところだったのですが、そこまで前線が来る前にフリーギドゥムで休戦となってしまったので」

 僅かに悔しそうに、レグルスが告げる。

 ならば、彼はこの後の戦いが初めての経験なのだ。

「アルマナセル様は、その、カタラクタへの侵攻からずっと戦ってこられたのでしたね。一体どのようなものでしたか」

 期待と僅かな不安からか、青年が尋ねてくる。その大部分は、彼の祖国と戦っていたのだが。

「大したことはしていません。結局、私は飾りのようなものでしたし」

 さらりといつものように告げると、やはりいつものように驚いたような視線が返ってくる。

「幾ら始祖が偉大であったとしても、私はまだ若輩ですので」

「ああ……。なるほど」

 曖昧にレグルスが頷いた。

 相手の夢想を壊さずに、そしてできるだけ(へりくだ)る。少々面倒な技を、それでもアルマは成功させた。

 どちらかと言えば、やはり年上の方がまだ察してくれるのだなぁ、と思いながら。


 テナークスは、駐屯地の入り口すぐに立ち、マグヌス軍の担当の兵士と、自らの部下を交えて話をしていた。地図を睨むその顔は険しいが、いつものことでもある。

「おはよう、テナークス」

「おはようございます、アルマナセル殿」

 こちらに向き直り、きっちりと頭を下げる副官に苦笑して、馬を下りる。

「レグルス殿。彼がマノリア伯爵軍のテナークス少佐。伯爵の弟御に当たられる。テナークス、こちらがマグヌス子爵のご子息のレグルス殿だ。砦の管理を任されておられる」

 礼儀正しく、二人が手を握り合う。

「何かお困りでしたか?」

 レグルスの問いかけに、テナークスは真面目な視線を返す。

「細かいことです。何とかなるでしょう」

 だが、若い騎士は食い下がった。

「私は軍の受け入れに責任があります。何かあったのでしたら、教えて頂けないでしょうか。今後のためにも」

 僅かに苦笑して、副官は口を開いた。

「少々、手狭だというだけですよ。大したことではありません」

「収容人数には余裕をみていた筈ですが」

 不審そうに告げる。テナークスが穏やかに頷いた。

「ええ。ですが、我が軍では、最小単位の班の人数が、五名毎になっています。こちらの宿舎は、基本的に四人部屋ですね。一班を二部屋に分けるとなると、流石に部屋数が足りません。ですので、できるだけ混乱させずに配置できるように考えていたのですよ」

 その口調もあって、レグルスは大したことだとは思わなかったらしい。覚束なげな表情になる。

「軍の運用は、大抵が細かいことですからね。ですが、それを軽視すれば、やがて大きな齟齬(そご)に発展するものです」

「大きな……?」

「レグルス様は、軍事にご興味をお持ちですか?」

 やんわりと、テナークスは問いかけた。同盟を結んでいる相手とはいえ、あまり踏みこんで欲しくないところもあるのだろう。

 が、レグルスはそれに気づかなかったようで、あっさりと話に乗った。

「はい。この先、この国は一昨年までのような平和な時代は続きますまい。ならば、私ができる限りのことをしなくては。まだ何も知らぬ身ではありますが、だからといってこのままという訳には参りません」

「ですが、貴公は嫡子ではありませんでしたか?」

 少しばかり驚いてアルマは尋ねた。

「何も知らぬ嫡子よりも、何がしか役に立つ嫡子の方がましでしょう。実際、当主である父は戦場へ出てきています」

「素晴らしいお考えです」

 テナークスが短く誉める。そのまま、視線をアルマに向けてきた。

「アルマナセル殿は、ご将来をお考えでしたか?」

「無事に国に戻れるとも思えないのに、考えるだけ無駄だろ」

 苦笑して返す。

「ですが、将来は否応なく襲いかかって参りますよ」

 さらりと実感の籠もったことを告げられる。

 彼は伯爵家の次男だった。跡を継げない以上、どういう身の振り方をするか、考えねばならなかった筈だ。それこそ、今のアルマよりももっと若い頃から。

 とりあえず、可能性を挙げてみる。

「そうだな……。従軍するまでは学生だったけど、その立場には戻れないだろうな。元々、学者になりたいとも思ってなかったし。どのみち、竜王宮の管理からは外れないらしいから、グランの考えるようになるんだろう」

「ご希望はないのですか?」

 ちょっと驚いたように、テナークスは尋ねてきた。

「〈魔王〉の(すえ)に好きなように生きさせるほど、王家も竜王宮も莫迦じゃねぇよ」

 殊更軽く返した。更に口を開きかけた副官が、何かに気づいたように口を閉じる。

 隣で、ぽかんとした表情でレグルスが二人を見つめていた。

「……ああ、失礼しました」

 うっかり喋りすぎた。僅かに後悔しながら、しかし滑らかに謝罪する。

「いえ。その、少し驚いただけです」

「この方は、意外と口が悪いのですよ。周囲に悪い仲間がいるせいかと思われますね」

 ばつが悪そうなレグルスに、テナークスが真面目な表情で補佐に回った。

「否定はしないよ」

 憮然として零す。

 気を緩めたように、青年が小さく笑った。

「少し、安心しました。その、アルマナセル様は大公閣下の名代を務めておられますし、戦場におられた経験も多いですし、ご立派な方なのだろうな、と思っていましたので」

「がっかりしますでしょう?」

 小さく吐息を落としながら、テナークスが告げる。

「そろそろ止めてくれ、テナークス。一応俺はこれでもお前の上官なんだ」

「おや。ご存知でしたか」

 驚いたように返す副官に、レグルスは更に笑みを零す。

「お二人のようにやっていけるコツのようなものはあるのですか?」

 彼は初陣だ。部下も、父親の元で長く勤めている者が配されているのだろう。

 最初からうまくやっていける訳がない。

「部下に気に入られるのは簡単です。部下の望む通りに動けばいい」

 さらりとテナークスが答えた。

「ですが、それでは指揮官としては失格です。そもそも、部下のことを思うのであれば彼らを戦場へ引き出すことなどできません。指揮官は大局から目を離してはならないのです。その辺りの兼ね合いが難しいのですが。そうですね、アルマナセル殿は、大方我々を放っておいてくださいますよ」

「それは褒めてくれてるのか?」

 かなり怪しい気持ちで、アルマは問い質した。

「ともあれ、軍をよく知りたいのであれば、どうぞご視察ください。うちだけでなく、他も見られるとよろしいでしょう。わが上官は、これでも顔が広いのです」



 どちらにせよ、午後には会議が始まる予定になっている。

 正午よりも前に、二人はマノリア軍を離れ、城砦へと帰ることにした。

 砦の内部は、入城する軍で大騒ぎだ。あちこちで兵士が忙しく動き回っている。

「アルマナセル様は、こうして叛乱を起こされなければ、将来について何かお考えだったのですか?」

 ふいに、レグルスが尋ねてきた。

「いいえ。レヴァンダル家は、直接の管轄が王家ではなく竜王宮、ということは他家とは違いますが、それでも一般的な貴族と変わりがある訳ではありません。私は家を継ぐことになったでしょう」

 特に、それに不満があった訳でもない。

「レグルス殿には、何かお考えがあったのですか?」

 彼がそれに拘る理由が判らなくて、同じ疑問を投げてみる。

「……いえ。私も、嫡子です。家を継ぐというのは大変な役割ですし、他に目を向けている余裕はありませんよ」

 僅かに沈んだ声で、レグルスはそう答えた。




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