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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
神の章

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157/252

01

 カタラクタ王国の国土は、大陸の東側、ほぼ北端近くから南端近くまでを占める。

 アルマが去年王国軍として進軍したのは、北側からだった。基本的にここは平原の国だが、その辺りは割と山や森も多かったように思う。

 そして今回、彼らが進んでいるのは南側からだ。こちらはフルトゥナに近いせいか、なだらかな丘に草原が続いていた。フルトゥナほど岩山は多くないし、そこそこ木立も見えるが、北部に比べると量は少ない。

 しかし、北に進軍し続けるにつれて、森の面積は広くなる。


 彼らが辿りついたユーディキウム砦は、周囲数キロに渡って木々を伐採し、見通しを良くした中心に轟然と(そび)え立っていた。



 砦の正門より地面まで下ったところで、砦を任されている城代たちが待っていた。

「お待ちしておりました」

 男は行軍の先頭に立つマグヌス子爵に恭しく頭を下げた。子爵は鷹揚にそれを受ける。

 マグヌス公爵領を通る間は、マグヌス軍が先頭を進んでいた。自然、彼らから順に砦内に入っていくことになる。

 反乱軍の人数は増え、全員が今日ここに辿りつけはしない。まして、全員を砦に収容するのには時間がかかる。

 つまり、順番を待つ兵士たちは周辺で野営ということになる。

 そして先に砦に入っていたマグヌス軍からの兵士は、十数名、反乱軍を砦内に滞りなく収容するために城代に同行していた。

 彼らは馬を駆り、隊列を逆行し、他の軍の指揮官へ伝令のために走る。

 アルマとテナークスのところにも、その二人組の使者はやってきた。

「レヴァンダル大公子アルマナセル閣下、マノリア伯爵軍テナークス少佐であらせられますか」

 挨拶を述べながらも、彼らの視線はアルマの角から離れない。

 まあ、そんな反応にもそろそろ慣れた。そのことがやや驚きでもあるが。

 そのまま、アルマだけが先に砦へ招待される。戸惑った表情の少年に、テナークスが声をかけた。

「皆様とのお話し合いもあるのですし、先に入城されるがいいでしょう。これは司令官の特権ですよ」

 副官であり、実際に軍を動かすテナークスは、彼らが砦に落ち着くまでは外で待機となる。申し訳ない気分にもなるが、しかしあの面々との会議に出席するとなると、正直どっちもどっちだった。

 使者の一人はこの場に残り、テナークスと隊の収容について話し合う予定だ。

 アルマはもう一人の使者と共に砦へと向かった。


 鬱蒼とした森の奥に、砦が(そび)えている。

 馬を進めるうちに、森が途切れ、その全容を目にすることができた。

 これは、どちらかといえば平城だ。平地の、街を囲む壁に護られたような。

 ただ、その内部には軍隊しかいないのだが。

 壁は高く、砦内の各所に物見(やぐら)が建っている。そして中央に、城砦が配置されていた。

「素晴らしいものですね」

「恐縮です」

 アルマの言葉に、使者がそつなく返す。

 確かに、立派なものだ。これと同じような砦を、北部で王国軍が幾つも陥落させてきたとはいえ。



 来客は、まず城砦へ案内された。

 壁の内側は、計算され尽くした建築物が立ち並んでいる。砦内部に侵入された時に、いかに相手の数を減らせるか、という視点で。

 城砦の広間で子爵に出迎えられた後、提供された私室へと通される。各自、身支度をしてから集合ということだ。

 平時ならともかく、今は戦時下なのだが。アルマが言うのも何だが、貴族というものは少々悠長すぎる。特に、オーリから過去のフルトゥナ戦役の話を聞いた後では、そのような印象が拭えない。

 それでもまあ義務だと割り切って身支度を整え、居間へと足を向ける。

 そこには誰の姿もなかった。

 もともと、ここへ来るまで一緒に行動していた訳ではない。それぞれが率いる軍の隊列は、かなりの距離になっている。城砦へ到着するのに時間がかかる者がいるのは当然だ。

 更に長風呂気味であったり、身支度に時間をかけたり、逆にそんなことを気にせずに城内の散策へでかけたりするような仲間たちだ。さほど意外性も感じず、アルマはのんびりと彼らを待つことにした。

 居間には一辺の壁に、それを殆ど覆うほどに巨大な絵画がかけられている。なんとなく、その前に立って見上げた。

 煙を上げる草原、鎧を身に着けた騎士と鎖帷子(かたびら)を背にかけられた騎馬の隊列が地平線まで続き、不吉に暗雲が立ちこめる中、勇壮に旗が翻っている。

 中央に立つのは、黒衣の、頭に二本の角を頂く偉丈夫だ。

「オーリムの、『シュレインの戦い』ですよ」

 背後から声が聞こえて、振り向いた。

 居間の扉が開き、一人の青年が姿を見せている。

 年齢は、アルマよりはやや年上か。背も彼よりは少しばかり高いものの、オーリやクセロほど長身ではない。淡い、金髪に近い茶色の髪はまっすぐに肩の下辺りまで伸びている。こめかみの辺りから、やや凝った編みこみがされていた。瞳の色は濃い青で、穏やかな表情を浮かべている。ピアスは慎ましやかな銀の台座に、小粒のアクアマリンが嵌められていた。水竜王を司る石だ。指輪は右手に一つ。銀。こちらに宝石はない。身に纏う衣服は明るめのグレイで(しつら)えられていて、縁取りの白に僅かに銀糸が混じっている。

 カタラクタの貴族だ。ほんの数秒でそう見て取って、アルマは意識を切り替えた。

「晩年の作品ですね。オーリムのこれほどの大きさのものは初めて見ました」

「オーリムをご存知ですか」

 少しばかり意外そうに、青年が尋ねてくる。

 オーリムは、二百年ばかり前のカタラクタの画家だ。人物画を得意としていたが、フルトゥナ戦役をテーマとして幾つもの作品を残している。

「我が家にも数枚飾られていました。一連の作品を作る前、我が家を訪ねてきたようで。その頃には、もう当主は四代目だったので、先祖を直接知る者も殆どいなかったようですが。その折に肖像画を描かれたのです。当主を参考にしたのでしょうね。彼の肖像画と、この〈魔王〉とは体格がよく似ています」

 殆どというか、おそらくグランぐらいだっただろう。オーリムが彼に会えたかどうかは賭ける気にはならないが。

 ほぅ、と小さく青年が吐息を漏らす。

「失礼しました。レヴァンダル大公子アルマナセル様。私は、マグヌス子爵の息子、レグルスと申します」

「初めまして」

 差し出された手を握る。

 少なくとも、友好的であるようだ。見つめる視線の先で、レグルスはにこりと笑んだ。

「偉大なるレヴァンダル大公アルマナセルのご子孫にお目にかかれるとは、望外の喜びです。ニフテリザ砦では、イグニシア王国軍を相手に討って出て、大勝利を収められたのですよね?」

 その、隠し切れない興奮が見え隠れする瞳に、僅かに眩暈を覚える。

「いや、それはその、……一体どこでそんなことを」

 言葉を濁すのに、さらりとレグルスは答える。

「この周辺の村々に現れたロマたちが語っておりましたよ」

「……あー……」

 ニフテリザ砦での攻防の間、風竜王宮親衛隊に志願し、選考から漏れたもの、そして志願兵たちの家族は砦から遠ざけられていた。だが、戦の趨勢(すうせい)を伺えない場所まで追いやることはできずにいたのだ。

 彼らが、その流浪の民である特性を存分に発揮していることは間違いない。

「私は父にこちらの砦の準備を申しつけられたので、先の戦いに参加は出来ず仕舞いだったのですが」

「おかげさまで、快適に過ごさせて頂いていますよ」

 そつのないアルマの言葉に、残念そうだった青年はぱっと表情を明るくする。

 その反応が、一ヶ月ほど前に別れたある貴族の子弟を思い起こさせて、僅かにアルマの気持ちを重くさせた。



 晩餐会は、大広間で開かれた。

 主人の席に、マグヌス子爵。その右にサピエンティア辺境伯、モノマキア伯爵、アラケル男爵と続き、末席に息子であるレグルスが座った。

 それに向かい、グラン、クセロ、オーリ、ペルル、そしてアルマ。

 ペルルは当事国の高位の巫女であるし、もう少し席次が上でもいい筈だが、その年齢から判断されたのか。

 まあ、隣にいられるのは単純に嬉しいものだ。

 これだけの人数が卓を囲むと、上座での話には入っていけない。自然、アルマはペルルとレグルスとで会話をすることになった。

 レグルスはニフテリザ砦での戦いの様子を聞きたがり、アルマとペルルはそれに応じた。

 彼はイグニシアの民で、しかも協力者だ。隠す必要性はない。

 モノマキアの城を出て、アルマが襲撃されたこと。

 ニフテリザ砦に辿り着き、火竜王宮竜王兵が合流し、同時に風竜王宮親衛隊が参加し、そして集まってきたロマを志願兵として受け入れたこと。

 イグニシア王国軍から使者としてやってきたテナークスが反乱軍側についたこと。

「裏切ったのですか?」

 僅かに嫌悪感を見せて、レグルスが訊く。

「裏切ったというか……。帰趨(きすう)を自ら判断したのですよ。テナークスは元々私の下についていてくれたこともありますし。謹厳実直な男です。いずれ紹介いたしましょう」

 アルマがとりなすが、青年はやや不満げだ。

 若いのだろう。

 更に年下のアルマはそう結論づけて、これ以上の言及を避けた。会えば判って貰えるだろう、とも思う。テナークスはあれで、時に非常に強い説得力を発揮する。

 次いで、龍神の下僕によるペルルの誘拐と、続けざまに起きた王国軍との戦闘に話は移る。

「誘拐だなんて……! 皆様がついていながら、なんということを」

 目を見開き、レグルスが声を震わせる。

「皆様のおかげで、大した事態にもならずに戻れたのですよ」

 穏やかにペルルが諭す。

 この場で、大筋はともかく、細かい点については彼に話さないことは多い。

「しかし、姫巫女」

「私は水竜王の巫女ですもの。ある程度の危険は覚悟の上です」

 ペルルが更に説明する。それでも、レグルスは義憤に駆られたようだった。食事の最中だというのに、突然席を立つ。

 同席者が流石に視線を向けるが、彼は決然と卓を回りこみ、ペルルの傍に立つと恭しく跪いた。

「ペルル様。どうぞ、私を御身をお護りされるための剣としてお使いください。わが身は未だ騎士として叙されたのみの若輩者ではございますが、水竜王の高位の巫女のためにこの生命(いのち)を喜んで投げ打ちましょう」

 まあ、と小さくペルルが呟く。

 僅かに戸惑ったようだが、すぐに穏やかな笑みを浮かべてその肩に手を置いた。

「お気持ちはありがたく受け取りますわ、騎士殿。さあ、お立ちになってください」

 顔を上げたレグルスは、明らかな喜びをもってペルルを見上げる。

 その向こう側で、オーリは意味ありげにこちらを見つめていた。




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