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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
滅の章

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131/252

07

 すっかり明るくなった草原を、ゆっくりと歩む。

 王国軍のうち、南方へ突出していた一部は幾度かの交渉の末、降伏を受け入れた。

 彼らの監視にある程度の兵を割いて、今、サピエンティア辺境伯の率いる軍と共に、アルマたちはニフテリザ砦を目指している。

 元々、さほど遠くはない。昼になる前にその威容が見えてくる。

 吹雪に纏わりつかれているその姿に、辺境伯を始め、一行がぽかんと口を開けた。

「なんとまあ……。半信半疑ではあったが、まことであるとは」

「我々も未だに信じられない気分ですよ」

 軽く、オーリが応じる。

 未だ吹雪の続く砦内に兵士を入れる利点は、あまりない。援軍は砦の南側で一旦止まって貰うことにした。

 辺境伯たちと、警護の一小隊と共に、更に進む。

 先んじて、風竜王宮親衛隊を、砦へ報告に行かせている。こちらの正体は既に知れていて、特に誰何(すいか)はされずに砦に入れると思っていた。

 が、彼らはニフテリザ砦の北側を目にしたところで、またも呆然とする。

 つい数時間前まで王国軍が野営していたそこは、反乱軍の奇襲により無残に踏み躙られ、放棄されていた。

 そこまでは予測できていたことだ。

 元野営地には数々の物資が残されたままで、負傷者は次々に砦に運び入れられ、一方では死者らしき肉体が野営地の外れ辺りに並べられている。

 そこで立ち働いているのは、王国軍の軍服を着た者たちではない。

 王国軍は、その姿をすっかり消していた。

 がらがらと鎖の音が響いて、正門が開けられる。坂道を、一行は登っていった。

 軍勢が大挙して出入りした城門前は、しかしもう新たな雪が積もり始めていた。

 サピエンティア辺境伯が、急激に襲ってきた冷気に、ぶる、と身を震わせる。

 城門をくぐったところで、司令部の面々が立っていた。

「待ちかねていましたよ、辺境伯」

 笑顔でモノマキア伯爵が出迎える。

「それはこちらの台詞だな」

 にやりと笑んで、老人は危なげなく馬から滑り降りる。

 アルマもそれに倣い、地上に降り立った時に。

「アルマ!」

 薄い雪を踏みしだいて、ペルルが駆け寄ってきた。咄嗟に、転んだ場合に支えられるように、と僅かに身を屈めたところで。

 ぱん、と小気味いい音を立てて、頬を張り飛ばされた。

 周辺の会話が、一瞬で止まる。

「……ペルル?」

 少女の細腕だ、さほど痛くはない。が、呆気に取られて、アルマはペルルを見下ろした。

 ペルルは頬を紅潮させ、(まなじり)を吊り上げて睨みつけてきている。その瞳は僅かに潤んでさえいた。

「もう、私の許可なしに、あ、あんな危険な場所へ行ってしまうなんて、何を考えているんですか!」

「え、いや、あの」

 突然のことに思考が追いつかず、意味のない言葉を発してしまう。

「私が、私たちが、一体どれほど心配したか! 判っていないでしょう、アルマ」

 更に身を乗り出すようにして言い募られる。

 いつも穏やかな少女にしては、珍しく怒っている。今まで、彼女の怒りは常に民のためであったのだが。

 ペルルをどう宥めていいのか、思考が回らない。

「ああ、これはすみません、ペルル。私が彼についてきて欲しいとお願いしたのですよ」

 そこで、さり気なくオーリが隣に立った。

 だが、ペルルはつん、と顔を背ける。

「テナークスから、事情は聞いています」

「……彼の正直さは俺の誇りですね」

 突然酷く疲れた気持ちで、アルマが呟く。

 が、じろり、と睨まれて身を竦めた。

「とりあえず、こんなところに立っているのも何だ。城塞へ戻ろうじゃないか」

 スクリロス伯爵が、助け舟を出した。

 が、オーリがそれを受けて振り返る。

「いえ、今は砦の外で何があるか判りません。この近くにいた方がいいでしょう。以前に、テナークスと会議をしたところはどうです?」

 彼の提言に、伯爵は少々眉を寄せたが、他者の賛同を受けて頷いた。

 主に、この雪の中を城塞まで坂を登りたくない、とサピエンティア辺境伯が主張したためだが。

 次々に目的地へ向かう一行の背を見つめる。

 ペルルは、未だじっとアルマを睨みつけていた。

「……参りましょうか、ペルル」

 ごまかしがてら腕を差し出すと、むっとした表情のまま、ペルルはそれを取った。

「私はまだ怒っているのですよ、アルマ」

「また喧嘩をしたいのですか?」

 少しばかり、皮肉を混ぜすぎたかもしれない。ペルルが、腕を掴む力を強くする。

「私だって、貴方を失いたくはありません」

 小さく告げられた言葉に、たちまち後悔する。

「……すみません。言い過ぎました」

 白く濁る吐息が、強い風に吹き散らされていく。

「それでも、俺には義務があるんだってことを、判って貰えるとありがたいのですが」

 せめて、最善を考えての行動だった、ということは理解して欲しい。

 しかし、ペルルはつれなく返す。

「グラン様だって怒っていましたよ」

「うわ」

 反射的に呻く。

 帰還していきなり怒声を浴びせられなかったのは、カタラクタの貴族たちの手前あってのことか。

「時々、義務なんてなければよかったのに、と思うことがあります。時々ですけど」

 ぽつり、とペルルが呟いた。

「そうですね」

 低く、アルマも同意する。

「だけど、俺の義務がなかったら、貴女に会えていなかった」

「困ったものですね」

 ざくざくと、粉状のまま硬さを保つ雪を踏み締め、街路を歩いていく。

 目指す建物の入口に立つ兵士が、素早く敬礼し、玄関を開いた。

「アルマ。まだ、私に黙って戦場に出てしまったことへの謝罪は受けていませんからね。どう償って頂けるか、楽しみにしていますよ」

 僅かに楽しげにそう囁いて、ペルルは一足先に屋内へと足を踏み入れた。



 会議室は、急いで暖炉に火を入れたところだったため、まだ空気は冷えている。

 しかし、じきに暖まるだろう、と判断してか、彼らはすぐに席についていた。

「さて、では紹介しよう。こちらはアラケル男爵閣下とマグヌス公爵の嫡男である子爵閣下だ」

 主に国外の面々に対して、サピエンティア辺境伯が告げる。

 アラケル男爵はまだ若く、三十代半ば頃かと思われた。短い髪はそれでもくるくると巻き毛となっている。頻繁に陽に当たっているらしく、肌はやや浅黒い。その表情は陽気なものだった。

 マグヌス子爵は四十ほどの歳で、抜け目ない表情を浮かべてこちらを見つめてきている。

 公爵家は、貴族の中でも位が高い。王家に連なる血筋であるのだろう。それが反乱軍に(くみ)するということは、よほど義憤に駆られているか、野心に満ちているか、どちらかだ。

 次いで、巫子たちの紹介が順次行われた。

「こちらの状況は、ある程度オリヴィニスたちから聞いているものと思う。なので、サピエンティア辺境伯が何故これほど到着が遅くなってしまったのか、お尋ねしてもよいだろうか」

 グランがそう尋ねる。自分の孫ほどの年齢に見える相手に、老辺境伯は頷いた。

「一ヶ月前、モノマキアよりわしの領地に戻ってからは、ひたすら兵と物資を集めることに専念しておった。まあ、龍神の手の者を探し出すこともしていたが。何名か、思いがけぬ地位にある者に例の烙印(らくいん)が押されておったよ」

 それらに熱心なあまり、確かに出発は元々予定よりも遅れを取っていたという。

 だが。

「それで、そのうちスクリロスより使者がやってきたのだ」

「ええ、何度もお送りしました」

 スクリロス伯爵が同意する。

「こちらは何の問題もないから、まずは領地内でなすべきことをなさってくれ、と」

 しかし、その内容に、一同がざわめく。

「莫迦な!」

 モノマキア伯爵が驚いた声を上げる。

「私は、いつ頃こちらへ到着できるのか、できる限り急いで欲しい、という親書を使者へ託していたのですが」

 戸惑ったように、スクリロス伯爵が告げた。

「失礼だが、使者の身体も改めさせて頂いた。彼らに龍神の烙印はなく、それでわしは信用してしまったのだ。以前、我が使者を殺害されたこともあったというのに」

 苦渋に満ちた声で、サピエンティア辺境伯が続ける。

「そんな訳で、わしはじっくりと腰を据えておった。ついでに、周辺の領主に声もかけておったのでな。アラケル男爵とマグヌス公爵が応じてくださったので、彼らの軍も共に出発したのが、十日前だ。偽の使者は、まだ早いのではないか、と何度も忠告くださっていたよ」

「その使者は、今はどこに?」

 オリヴィニスが尋ねる。

「昨日まではおったのだが、今朝方、点呼をする時には姿を消していた。偽者だとばれると勘づいたのだろう。……そして、行軍途中に、ニフテリザ砦よりも何キロも手前で待機するように、との使者も来た。王国軍と交渉の最中であり、援軍として存在を隠しておきたいのだ、と。それはまあ利のあることだ、と判断し、あの地で数日留まっておったのだよ」

「その頃、こちらは困窮していたのですけどね」

 苦笑して、モノマキア伯爵が返した。

「そのようだな。我が盟友らを窮地に置いておいたことに対しては、悔やんでも悔やみきれん。すまなかった」

 老人が、潔く頭を下げる。

「貴方の責任ではありませんよ」

 何か考えこみながら、オーリが言う。

 辺境伯はあっさりと頭を上げ、一同を見渡した。

「オリヴィニス殿とアルマナセル殿がいらっしゃる前のことまでは、確かに我らもざっとは聞いておる。が、王国軍はまだ何万も残っていたのではなかったか?」

「つい数時間前に、いきなり撤退し始めたのですよ。野営地を移動するだけか、と思ったのですが、最低限の物資だけを持ち、負傷者を置き去りにして、懸命に退却していきました。おそらく、貴方がたの軍がこちらへ向かっている、という情報が伝わったのでしょう。そして、勝ち目はないと判断したのでしょうな。歩兵も殆ど遅れをとっていなかった」

 スクリロス伯爵の説明に、鼻を鳴らす。

「逃げ足の速い奴らだ」

「速すぎる、と言ってもいい。昨年の、カタラクタ侵攻では、これほど諦めがよくはなかった。その時よりも、龍神の下僕の意思が軍に浸透しているのだろう。

 奴は長く生き、強大な力を持っている。それだけに、少々分が悪いとすぐに体勢を立て直す癖がある。手下の忠義は変わらぬのだろうし、ならば幾らでも取り返しが効いたからだ。

 今回も、簡単に我々を屈することができると思ってかかったが、そうはいかないとなると即座に退いた。だが、一般の軍はそういう風には動かない。手痛い被害を受け、仲間を見捨ててあっさりと退却したことで、兵士たちの士気がどれほど下がっているかは、奴の想像以上だろうよ」

 グランが嘲るように告げる。

 新参の男爵と子爵が驚いたように幼い巫子を見つめていた。


 その後は、翌日以降のことが話し合われた。

 王国軍を撤退させ、新たに同盟者が加わったこともあり、数日中にはもう少し王都へ向けて進むことになる。

 マグヌス公爵の領地が最も王都に近く、一つの砦を整備してくれているとのことだ。

 どちらにせよ、この吹雪が止まないうちはここに逗留しても意味はない。

 捕虜と負傷者は明日から近くの街へ搬送し、スクリロス伯爵軍を一部駐留させることにした。

 出発までに砦の中で必要となる物資は、王国軍が放棄していったものや、サピエンティア辺境伯らが持ってきたものを使うことになり、じわじわと近づいていた絶望がやっと払拭できたのだ。


 会議が終わり、援軍の指揮官らは城塞に逗留するのを止め、てきぱきと自軍が建てていた野営地へと戻っていく。

 元々砦内にいた者たちは、自然と城砦に戻った。

 居間に入って、アルマは安堵に溜息を漏らす。

「何とかなったな……」

「正直、生きた心地がしなかったぜ」

 昨夜の戦いの立役者でもあるクセロが、どさりとソファに身体を沈めた。

 グランが、入口から室内に入ったきり、無言で動こうとしないオーリを見上げる。

「何を考えている?」

 まだ、半ば上の空で、青年が口を開く。

「はっきりしている訳じゃない。否定できるなら、否定して欲しいんだ。全部、ただの可能性でしかないんだけど、聞いてくれるか?」

「言われるまでもない。すぐに話せ」

 即答して、グランが真っ直ぐに相手を見据えた。



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