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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
滅の章

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128/252

04

 部屋に戻る前に、ふと思い立って胸壁へ足を向ける。

 風が弱まったせいか、寒さはさほどでもない。だが、粉雪は未だしんしんと降り注いできていた。

 数日前までは、あれほど暖かかったのに。

 思えば、今年は冬の時期にその寒さというものをあまり経験していない。クレプスクルム山脈を越えたのはまだ秋の終わりだったし、真冬の頃にいた土地はフルトゥナだ。

 そのツケがここに来ているのだとすると、それはあまりに酷い状況ではないか、と落ちこみかけた時に。

「お寒くはないのですか」

 背後から、無意識に背筋の伸びる声がかけられた。


 振り向いた先に、生真面目な顔の男が立っている。

「テナークス」

「グラナティス様がお探しでしたよ」

「休憩時間に休憩させてくれないな、あいつは」

 苦笑するアルマの隣に、テナークスは並んで外を見やった。

「やみそうにありませんね」

「ああ」

 砦の内部は、もう見事に白一色だ。外壁を越えた外側には、一面に緑の草原が広がっているというのに。

 そして、その中に王国軍の陣があった。遠目にも、兵が忙しく立ち働いているのが判る。

「もう二日も経てば、王国軍の兵力が揃うでしょう。あまりぐずぐずはしておれませんな」

「お前はどうすればいいと思う?」

 不意に問いかける。僅かに副官は困ったような表情を見せた。

「私は軍人です。戦地で敵の頭を叩き割るためにどうすればいいか、はよく存じておりますが。時ならぬ吹雪にどう対処すればよいか、は皆目」

「まあ、その辺は俺たちの役目なんだろうけどな……」

 憮然として呟く。

「貴方もこのようなことができるのですか?」

 しかし、そう問いかけられて思わず笑った。

「まさか。天候をどうこうする、っていうのは、そんなに簡単にできることじゃない。やり方すら見当もつかないな。それに、世界の全ては連動して動いているんだから、一部を変えるということは全てを変えるということになる。その修復は、最初に変えた労力に比べても莫大な手間がかかるものなんだ。俺が魔術を使うための指導を受け始めた時に、グランはそれを懇々と教えこんだよ」

 多分、彼はアルマの後始末に追われるのが嫌だったのだろう。

 だが、それだけに今の状況は正直手詰まりだ。

「イフテカールは、多分、後先なんて考えていない。ここに大雪を降らせたことで、後々世界がどんな災厄に見舞われても構わないと思っている」

「……例えば、どのような?」

 緊張した声で尋ねられる。

「どう変質するか判らないから、確証はできないが。イグニシア北部が、夏でも解けない氷河に覆われても不思議はないだろう、ってグランに言われたな」

 流石にテナークスの顔も引き攣る。

「まあ、そうなるともう人の手にできることを越えている。グランたちは竜王に訴えかけたいらしいんだが、龍神の手先がここにいることを考えると、なかなかそれも難しいみたいでな」

 地竜王はその辺り気にもしていないようだが。むしろ、向こうから手を出してきたが幸い、と嬉々として反撃しそうではある。

 小さく溜め息をついて、踵を返す。足が、寒さでかじかんできた。

「じゃあそろそろ戻ろうか。グランが次の捜索隊を送り出す前に」




 結局のところ、今後の方針が決まらないまま、二日目の夜となった。

 五日間の猶予は、あと三日残っている。

「どうなるんだ、これから?」

 苛立ったように、クセロが問いかけた。

 薪が減っているために、昼間は彼らは極力一つの部屋にいる。夜間も、殆ど寝室には火を入れず、毛布を数枚使用して凌いでいた。

 これは、イグニシア出身者が多い巫子一行と、火竜王宮、そしてマノリア隊でも同様に節約をしている。強く申し入れて、風竜王宮と水竜王宮もそれに倣ってはいた。が、大雪が長期間続く、という経験のない彼らと、カタラクタの伯爵領の兵士たちはぴんときていない。

「伯爵たちで意見が対立している以上、僕らが口を出したくはない。どちらかに肩入れすると、今後の協力体勢が危うくなる」

 苦々しく、グラナティスが答えた。

「今後の生存が危うい状態で悩む内容じゃないぜ、大将」

 憮然として、金髪の男は反論した。

「脅しつけてことが思うように進むのならそうしているさ」

 消極的になっているのは、スクリロス伯爵だ。

 自らの砦の内部でいいように破壊活動を行われ、しかもそれが超自然的な力によるものだ、という事実が、彼の気力を削いでいるようだ。

 モノマキア伯爵はそれに対して訝しく思いながらも、現状を打破するためにも開戦を強く主張している。

 しかしスクリロス伯爵は、降伏する、とまでは言い出してはいないが、しかし開戦に対して賛成せずにいる。

 強大なる龍神の力を目の当たりにした人間の反応としては、まあ無理もないが。

 脅し、という手段は効きにくい状況にあるのも、事実だ。

 だが、このまま時間が過ぎれば、無駄に物資が減る一方となる。

 そして、兵士の士気も。

 物資が減って皺寄せが来るのは、どの社会でも末端からなのだから。

 結局彼らは、どう動けば、事態がいいように変化するかを見極められないでいる。

 黙りこむ指導者たちを眺め渡して、クセロが口を開いた。

「明日、まだこんなことが続くようなら、俺はちょっと勝手に動かせて貰うぜ」




 翌朝、会議室に入ったモノマキア伯爵は唖然として立ち竦んだ。

 竜王の高位の巫子一行が、冬用のマントを纏った姿で室内に立っている。

 スクリロス伯爵は、戸惑ったような顔でこちらを見つめていた。

「よし。じゃあ、会議の前にちょっと確認をしときたいんだが」

 金髪の地竜王の巫子が口を開く。彼は、普段このような場で率先して発言することはなかった。自らの生まれを気にしているのか。

 通常は、竜王宮に入った時点で身分というものとは関係がなくなるものだ。が、地竜王宮という概念はほんの数ヶ月前まで存在しなかったし、彼自身が既に成人している身だから、そうそう切り替えもできないのだろう。

「何か?」

「二人とも、また昨日の続きで果てしない言い争いを続けるつもりなのか?」

 その言葉に、むっとする。

 いつもは彼を諫めるグランが、しかし今日は動かなかった。

「そのような言われ方は不本意ですな」

 スクリロス伯爵が牽制するが、気にもしていない。

「別にそれは止めるつもりはないさ。好きなだけここで議論してくれていればいい。だが、進展がなさそうなら、おれたちにはやらなくちゃならないことがある。ついでに、あんたたちの兵士をちょっと借りたいんだが」

「まさか、討って出るつもりか……!」

 スクリロス伯爵が顔色を変える。が、クセロはひらりと片手を振った。

「いや。あんたたちの同意なく、勝手に戦闘を仕掛けたりはしねぇよ。約束しよう。ただ、ちょっと人手が必要なだけなんだ」

「一体何をするつもりなのかね?」

 こちらはやや興味深げに、モノマキア伯爵が尋ねた。

 クセロがにやりと笑みを浮かべる。

「この状況で、やることなんて決まってるだろ。雪かき、だ」



「……アルマナセル殿! 何をなさっているのですか」

 呆れた顔で、テナークスが近づいて来るのを見返す。

「何って、見れば判るだろ」

 彼はシャベルを手に、マノリア隊の隊舎の前庭で、固まった雪を掘り返していた。周辺には同様の作業に従事する兵士たちもいる。

「ですが、貴方は我々の指揮官です! このような労働に加わられるなど」

「あのな、テナークス。俺がただの貴族の子弟だったなら、そうやって上でふんぞり返ってたらよかったんだろう。だけど、俺は〈魔王〉の(すえ)だ。兵士三人分ぐらいの腕力は軽くある。俺が働いたらそれだけ労働力になるんだよ」

 実際、最初から苦言を呈されることは判っていた。すらすらと反論する。

「しかし……」

「お前だったら五人分ぐらいかな」

 じろじろと壮年の副官を見ながら呟く。

「そこまで衰えてはおりません!」

 憤然としてテナークスが返した。

「ああ、お前は副官なんだし、別に手伝わなくてもいいからな。示しがつかないんだろう?」

「……挑発が下手ですよ、アルマナセル」

 目を眇めて睨みつけられるのに、肩を竦める。

「だからお前は監督しててくれよ。俺の代わりにさ」


 基本的に雪深いことに慣れている火竜王宮竜王兵と、マノリア隊は、今まで自発的に自駐屯地の雪かきを行っていた。

 が、他の兵士たちは、精々細く通り道を作っておく程度のことしかしていない。

 このまま、もしも出陣することになったとしても整列することもできないだろう。

 しかもカタラクタの建築物は、基本的に屋根が平らである。イグニシアのように勾配がついた屋根であれば、積もった雪もある程度は自然に落下するが、陸屋根ではそれも望めない。ただ深く積もるだけであり、そのうち雪の重みで屋根が崩れることにもなりかねないのだ。

 南方の兵士たちは屋根に登り、雪を落とす作業から始めている。

 それをしなくてもいい分、マノリア隊はまだ楽だ。

「しかし、クセロ様は何をお考えなのでしょうか」

 テナークスが不思議そうに尋ねる。

 ざく、とアルマはシャベルを雪に突き立てた。

「あいつは王都の下町の生まれだからな。北方の農村とかに比べればましかもしれないが、それでも冬場に餓えや寒さで死ぬ人間はそこそこいただろう」

「この先、そんな死者を出したくないと思われたと?」

 少しは巫子の自覚が出てきたのか、と推測するような言葉を男は放つ。

 だが、アルマが首を振る。

「あいつにとっては、イグニシアで冬を越せるだけの収入を得られなかったのは自己責任だとさ。どれだけ必要なのか、を把握できていないのがそもそも悪い、って」

「それもまた乱暴な意見ですな……」

「あいつは真っ当に働いてた訳じゃないからな」

 どれほど必死に働いても、手元に残らないことだってあるだろう。アルマでも、それぐらいの想像はつく。

「ただ、ここはイグニシアじゃない。餓えと寒さで死んでしまうことを予測していないのは、自己責任とは言えない。俺たちは大雪への対処法を知っているのに、知らない人間をそのまま死に追いやるのは間違ってる。あいつはそう言ってたよ。勿論そんなつもりじゃなかったんだが、俺たちは兵士がこの寒さの中、どういう状態で生活してるか知らなかったしな」

 知って入れば、グランも放ってはおかなかっただろう。

 事実、砦内を調査していたクセロから事情を聞き出した後は、自ら積極的に動き出している。巫子たちはそれぞれに従う軍へと向かい、アルマのように実際の労働はしなくても、共にその場に立っている。イグニシア人の兵がそれぞれ数名ずつ、各隊舎へ雪の処理を指導しにも行っていた。

 ついでに、兵士たちが隊舎に籠もって無駄に薪を消費するよりも、こうして身体を動かして暖まっていれば一石二鳥だ、ともクセロは力説していたが。

「なるほど。ですが、この雪を集めてどうするつもりなんでしょうね」

「それに関しては、俺も全く判らねぇよ」

 そこここに数人の兵士たちが集まって作り上げているものを見やって、二人の指揮官は首を捻った。



「クセロ!」

 アルマが声をかけると、正門の上、城壁最上部の通路に立っていた男が振り返る。

「おう、旦那。今降りるから待ってくれ」

 軽い声が返ってくる。そのままクセロは近くの尖塔へと向かう。降りてくるまでには数分かかり、その間に兵士たちが次々と広場へ集まってきていた。

「お疲れさん。壮観だな」

 機嫌良く言ってくるのを見返す。

「全く、何だってこんなことをするんだ?」

 アルマが手をかけているのは、直経が二メートルほどはある巨大な雪玉だった。

 除雪した雪を球形にして、外壁の傍まで転がしてくるように。それが、クセロの指示だったのだ。マノリア隊からの第一陣だけでも、その数は十を越えている。

「旦那は、王都の雪がどうやって処分されてるか知ってるか?」

 が、逆に問い返される。

「確か、湖に落としてるんだろ。荷馬車に雪を積んで、搬出してるのを見たことがある」

「ああ。王都全域の雪を、春までその辺に積んでおくだけの場所がないからな。ここだって同じことだ。砦の外に出さねぇと」

「出す、って……どうするんだよ」

 正門を開けて、外へ押し出すのだろうか。

 が、クセロはにやりと笑って頭上を見上げた。十メートルは下らない城壁には、今は誰の姿もない。

 確か、兵士が常時見張りに立っている筈なのだが。

「じゃあ、やるか」

 軽く呟くと、クセロは屈みこんだ。その手を雪玉の下に差しこむ。

 次の瞬間、軽々と男はそれを持ち上げた。

「……はぁあああああああ!?」

 アルマを始め、何名もの人間の驚愕の叫びを気にもせず、クセロは軽く数歩前に出た。よ、という声と共に、その雪玉を放り投げる。

 見事な放物線を描いて、雪玉は城壁を越えていった。数秒後、ずしん、という音と振動が足元を揺らす。

「あー。ぎりぎりだったな。もうちっと高くしねぇと、壁を壊しちまう」

 ぱんぱんと手についた雪を払いながら自己分析するクセロを、まじまじと見つめる。

「お前……。何であんな力があるんだよ」

「いや、そうじゃねぇって。おやっさんの力だ。地竜王は、重力を操れる。俺の腕力が強くなった訳じゃねぇ。俺にとって、あの雪玉が軽くなっただけだ」

 ペルルやグランが水や火に害されないように、オーリが風と共に高く跳べるように。

 それは、高位の巫子に与えられる力の一つなのだ。

「……貴方もあのようなことができるのですか、アルマナセル」

 呆然と一部始終を眺めていたテナークスが呟く。

「できる訳ないだろ! 兵士が三人がかりで、あそこまでこれを飛ばせると思うのか?」

 流石にそこまで人間離れしているとは思われたくない。微妙な気持ちを知ってか知らずか、ふむ、と頷いて副官は次の雪玉を持ち上げたクセロに近づいた。

「クセロ様」

「ん?」

 肩のところまで雪玉を持ち上げた状態で、気軽に金髪の男は振り向いた。

「この先、各隊舎より雪が集まってきます。街路の雪も加わるでしょうし、お一人でそれを全て外へ出すのは手間かと思われます」

「さほどキツくはないぜ?」

「この砦の外周の半分だけでも、何十キロあるとお思いですか」

 現在、兵士たちは砦の北半分に居住している。王国軍がやってくるのが、北からだからだ。

 除雪も、とりあえずは居住区だけを済ませるつもりでいる。南半分は手が空くまで放置だ。

 クセロは集めた雪を全て正門に集めろ、とは言っていなかった。とりあえず近くの外壁まで寄せれば、そこから放り出すつもりだったのだ。

 しかしその数十キロを徒歩で雪玉を排除しつつ進む、というのは、都会育ちの男にはなかなか辛いものがある。しかも、雪の降る中だ。

 むぅ、と呻きながらクセロが考えこむ。それに、テナークスが続けた。

「砦の各所には、投石機が設置してあります。クセロ様さえ宜しければ、それで雪玉を投げてしまいますが」

「あー。そりゃありがたいが。ちょっと事情があって、できるだけ壁のすぐ外に落としたいんだ。できるか?」

「角度を調節すれば、簡単でしょう」

 何故、とは訊かず、テナークスは答えた。

「そうか。じゃあ頼む」

 頷いたクセロに、更に問う。

「投石機はスクリロス伯爵のものですから、許可を取ってこなくてはならないのですが」

 しかし、その言葉に、男は思わず怯んだ。

 クセロがテナークスに対して気を許せているのは、ひとえに彼の人柄だ。

 アルマを尊敬し、その仲間への礼儀を失わない、その態度が、ただの悪党でしかなかったクセロにとっては驚きであり、そして安心の礎となっている。

 しかしカタラクタ勢に対しては、彼は同じようには対処できていない。

「俺の名前で頼んでこいよ。同じことだ」

 アルマが助け船を出した。頷いて、テナークスは兵士を手招きし、指示を出し始める。

「……出来た部下だよなぁ」

「俺には勿体ないよ」

 多分言われるであろう言葉を、アルマは先んじて本心から告げた。


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