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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
滅の章

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125/252

01

 ちらちらと細かな雪が舞う中、砦に帰り着いた一行を一階の広間で待っていたのは、渋い顔をした司令部の面々だった。

「一体何をしでかした?」

 グランが憮然として尋ねる。

 右半身を朱に染めたオーリと、ペルルを抱き上げているアルマが顔を見合わせた。

「エスタとイフテカールが」

「判った中で聞く」

 二人の名前を出したところで、幼い巫子はすぐに踵を返した。

 全員を従えて歩き出す彼に、アルマが声をかける。

「ペルルを一旦部屋に送っていっていいか?」

 グランが肩越しにちらりと視線を向けてくる。オーリのマントに包まれ、素足のまま震えているペルルを認めて小さく頷いた。

「いいだろう。だが、お前はこのまま来い」

「待てよ、裸足なんだぞ!」

 抗議するアルマに、慌ててペルルが口を開く。

「あの、もう大丈夫です。屋内に入りましたし、怪我もしておりませんから自分で歩けます」

 その言葉に眉を寄せるが、おとなしく彼女を床に下ろした。そのまま、強引に自分の靴を脱ぐ。

「使ってください」

「え、でも」

「着替えたら、返して貰えればいいから。……頼むぞ」

 後ろから駆け寄ってきたプリムラに告げる。真面目な顔で頷いた少女は、軍用のブーツを苦心して履こうとしているペルルにすぐ手を貸した。

 砦内の安全性にまだ疑問はあるが、それでもプリムラがついていたら大丈夫だろう。

「私も着替えてきていいかな」

「怪我は治ってるんだろう。そのまま来い」

 オーリとグランが軽口を叩いているのを追いかける。

 背後で、大き目のブーツがかぽかぽと足音を立てて遠ざかっていった。



「こちらからもお知らせすべきことは山ほどありますが、とりあえずそれはペルル様が戻られてからの方がよいでしょう。そちらで何があったのか、お話し頂けますか」

 スクリロス伯爵が礼儀正しく問いかける。

 アルマが、ざっとペルルが誘拐された顛末を語り始めた。

 話し初めてすぐに、不在だった者たちの顔が険しくなる。

「どうしてこちらへ使いを出さなかったのです? 閲兵式など、いくらでも中断できる」

 モノマキア伯爵が咎めるように言った。

「龍神の配下が、どこにいるか判らない状態です。情報を広めたことで、こちらの動きが掴まれる、ということは避けたかった。姫巫女の身に危険が及ぶかもしれませんから」

 アルマの返事に、渋面を保ちながらも、伯爵は頷いた。

 その後、ペルルの居所を突き止め、エスタやイフテカールと戦い、結果、砦の建造物を半壊させてしまったことを謝罪する。

 まあやらかしたのは殆どオーリなのだが。

 しかし、彼がエスタを仇と定め、その結果被害が拡大したことは、この場では口を噤んだ。言うにしても、グランたちに対してだけでいいだろう。

「誘拐犯たちは眠らせた上で拘束していたのですが、いつの間にか姿を消していました。自分で起きられるほど時間は経っていませんでしたから、おそらくイフテカールが連れ出したのでしょう。意外と部下のことを思っているようでしたし」

 ふむ、とグランが腕を組む。

「しかし、結局ペルルを連れていけないままで、よくそんな簡単に引き下がったな」

 確かに、イフテカールの引き際は呆気ないものだった。

 以前に邂逅した時も似たような流れだったために、深く考えてはいなかったが。

「あ。ほら、彼、最後にちょっと言ってたじゃないか」

 何かに気づいたのか、オーリが視線を向けてくる。

「確か、『ここでの用事も終わった』、って」

「……ああ、言ってたな」

 スクリロス伯爵が首を傾げる。

「それは、先ほど言っていた手下たちを連れ出すことや、砦の崩壊を防いだことでは?」

「いや。それらは、元々ペルルを攫う、ということから派生した状況だ。ペルルを連れて行くことをあっさりと諦めて、後始末だけしていく、というのは、どうにもしっくりしないな」

 グランがそれに応じて返す。彼は、イフテカールに関してはこの中で最も詳しい。

「他に何か目的があったのか……?」

 しかし、それについては全く心当たりはない。

「とにかく、今後、何か奇妙なことが起きたらすぐに報告を上へ上げるように通達しておこう。我々には予想しえない事態が起きるかもしれないからな」

 スクリロス伯爵が、無難に纏めた。

「それに、その、砦を崩壊させる、という魔術は、本当に止まったのだろうか。かけた者も止めた者も、両方とも敵だというのでは、信頼できる訳もない」

 不安そうにそう続ける。なんと言っても、この砦は彼のものだ。

 思案げに考えていたグランが顔を上げた。

「クセロ。お前、地竜王の御力で探査はできるか?」

「やってみたことがないんだ。正直、判らねぇよ。けど、エザフォス自身なら多分判るとは思う」

 肩を竦めながら、金髪の巫子は言う。

「よし。ひと段落したら、ちょっと現場に様子を見に行ってくれ。アルマもついて行け」

「俺が?」

 思わぬ指名に、聞き返す。

「案内がいるだろう。それに、お前ならエスタの魔力の残存が判るかもしれん」

 とはいえ、他に魔術を使える者がいる、という経験は初めてだ。時間が経った後で他者の魔力がどうなるのか、それこそ予測がつかない。

 まあやってみなくては始まらないので、それは了承する。

 その後、細々としたことを話し合っていたところに、ペルルが姿を現した。

「皆様、お待たせ致しました」

 戸口で、静かに一礼する。

 乱れていた髪を梳き、純白の聖服を纏った彼女は、一見落ち着いて見えた。肌寒さのためか、薄いショールを肩にかけている。僅かに顔色が青褪めているのは、そのせいか。

「これは、ペルル様。ご無事で何よりでした」

「ありがとうございます」

 スクリロス伯爵の言葉に、穏やかに礼を言う。席へと向かう彼女の背後から、プリムラが入ってきた。両手に重いブーツを持って、アルマへと向かってくる。

「はい」

 椅子の横に、とん、とそれを置いた。

「悪いな。……ペルル、大丈夫そうか?」

 声を潜めて尋ねる。僅かに表情を曇らせたが、プリムラは小さく頷いた。

 彼女は会議に参加できない。踵を返すと、急いで退出しようとする。

「プリムラ。テナークスを呼んでくれ。控えの間にいる筈だ」

 グランが声をかける。

 テナークスはすぐに姿を見せた。何やらもの言いたげにアルマを見てくるが、しかし口は開かない。

「さて、それでは、現状どうなっているかだが。本日、午後を回った辺りに、周辺の警戒に当たっていた兵から報告がありました」

 スクリロス伯爵が、仕切り直して口を開く。

「東北の街道を、避難民が南へ向かっている、ということです」

「避難民……?」

 首を傾げて、繰り返した。

「話を聞くと、王都よりイグニシア王国軍がこちらへ行軍していると。おそらく、明日にはここに到着するでしょう。その数、およそ五万」

「五……っ!?」

 ざっと二十五万の王国軍の、五分の一だ。

 使者として遣わされたテナークスが交渉を失敗したことで、新たな使者を送ってくるだろうとは思っていたが、しかしそれにしては規模が大きすぎる。

「いきなり開戦、という流れになりますかね」

 オリヴィニスが呟く。

「可能性はあります。少なくとも一度は、交渉の場を設けているのですし、それが物別れに終わったと解釈すれば」

「しかし、問題は早さだ。テナークスが王国軍から離脱し、我々が彼を受け入れる、と公表してから八日だ。ここから王都に情報が届くまでにかかる時間は、龍神の下僕の存在を思えば無視していい。軍の編成も、もっと前からしていただろう。だが、八日間で、五万の兵を王都からこのすぐ近くまで行軍させることができるか?」

 グラナティスが険しい表情で、元王国軍仕官へ問いかける。

「不可能でしょう。我ら七千の兵でも、出発から到着までそれぐらいは必要でした。まして、五万では」

 さらりとテナークスは返した。

「では、十日では?」

 グランが重ねて問うのに、僅かに不思議そうな表情をする。

「十日でしたら、まあ可能ではあるでしょうな。少々厳しいですが、不可能と言うことはありません」

 だが、問われたことのみにきっちりと答える。グランはその言葉に、溜め息を漏らした。

「……十日前というのは、お前がここに到着して、我々反乱軍に参加したい、と言い出した日だ」

 最初は、その言葉の意味が判らなかった。

「ここにいる人間以外の者は知らなかった筈の時点で、情報が王国軍に漏れていたのかもしれない」


「……我らの中に内通者がいると?」

 硬い声で、モノマキア伯爵が尋ねる。

 だが、グランはひらりと片手を振った。

「可能性だ。砦内の兵士に聞かれたのかもしれん。全く関係なく、テナークスの報告を待たずに行軍を始めていたのかもしれん。下僕自身が部屋の隅に潜んでいたって不思議はない。ただ、可能性だけはある」

「君は可能性を突き詰めるのが好きだからなぁ。でも、今までみたいに三百年の時間がある訳じゃないんだし、今回はちょっと置いておいた方がいいんじゃないか?」

 のんびりと、オーリが口を挟む。グランが反論しなかったことで、その場はそれで収まった。

「しかし、五万の敵か。今、こちらの人数は?」

「およそ二万といったところです。サピエンティア軍が到着しておりませんから」

 砦を攻めるには、篭城する人数に対して最低でも倍以上の軍隊が必要とされている。王国軍はこの人数をクリアしていた。

 そもそも、彼らはカタラクタ王国自体を捩じ伏せたのだ。反乱軍に対して小競り合い程度で済ませるつもりはない、ということか。

 緊張に、アルマは拳を握り締めた。



 白い粉のような雪が、ゆっくりと舞い落ちる。

 街路は黒く濡れていたが、積もるほどでもないようだ。既に春になっており、大地が温まっているからだろう。

「こんな時期に雪なんて降るんだな」

 冬用のマントを引っ張り出して、アルマとクセロは馬に乗っていた。面白そうにクセロが口にする。

「うちの方でも今の時期はまだ雪が積もってるだろ」

 不審に思って言葉を返す。

「そうじゃなくてさ。今朝までのことを考えたら、もうすっかり春だったじゃねぇか。そんな状態から雪とか、流石にイグニシアでもそうそうないだろ」

「まあそうかな。違う土地ってのは、色々あるんだろう」

 目の前の空気が白く染まるのも、久しぶりだ。

 空が曇っているせいか、もう暗くなりかけているようだ。少し早めに馬を走らせて、二人は南地区へと入った。

「……こりゃまた派手にやらかしたな……」

 門扉の外からも判るほど崩壊した建物に、クセロは呆れた声を上げた。

 元々この辺りは無人であり、今は、司令部が直々に立ち入り禁止を言い渡している。身体から湯気を立てている馬を適当に門扉に繋ぎ、前庭へと足を踏み入れた。

「おやっさん」

 クセロが短く呼ぶ。次の瞬間には、異形の竜王は巫子の頭に乗っていた。

『久しいの、〈魔王〉の子』

 竜王がそうぽんぽん姿を見せてはありがたみが失せる、という理由から、最近あまり地竜王は顕現していない。

 この場合、自分が不調法な訳ではないしなぁ、と思い、アルマは真面目な顔で会釈するに留めた。

『嫌な臭いのするところじゃの』

 しかしそれを咎めることもなく、地竜王はぐるりと周囲を見回した。

「龍神の手の者がこの砦を破壊しようとして、もう一人がそれを阻止した場所です。現在の、砦の安全性を確かめては頂けませんか」

 丁寧に依頼する。ふむ、と呟いて、地竜王は地面へと飛び降りた。

『我が巫子。おぬしがやってみよ』

「おれが?」

 ちょっと驚いたように、クセロが返す。

『これほど判りやすい場所もないわ。試してみるには格好の機会じゃ』

「何か変なもんが湧いて出たりしねぇよな……」

 ぶつぶつとぼやくが、拒絶はしない。

『まずはそこでよい。わしの気配は判るな?』

「ああ」

『よし。目を閉じて、大地の中にわしの気配を感じてみよ』

 眉を寄せていた男が、数十秒後に小さく、ああ、と呟いた。

『うむ。ならば場所を変えよう。ここへ来い』

 ぱしゃぱしゃと水音を立てながら地竜王が数メートル移動する。話してもいないのに、地竜王が止まったそこは、エスタとイフテカールが最後に立っていた場所だった。

『先ほどと同じじゃ。やってみよ』

 隣に立ったクセロは、不審そうに目を閉じる。

「うぉぁ!?」

 が、すぐに奇声を上げ、数歩退いた。

「どうした?」

 驚いてアルマが尋ねる。

「いや……。地面の下で、何か、変なもんが動いてる感じが」

 非難するように地竜王を横目で見ながらクセロが答える。

 目を閉じて、同じように地面の下を探ってみようとするが、しかしアルマには判らない。

『向き不向きがあるしの。そう気を落とすな』

 気持ちを読みとったか、面白そうに地竜王が声をかけてくる。

『まあ、簡単に説明するとじゃな。このすぐ下から、地下三十メートルほどの場所にある岩盤までの間に、かなり大きなひび割れが生じておる。放っておけば、真上に建てられたものの重さが、それをどんどん押し広げ、やがてここを中心に地割れとなるであろう。が、今は龍神の力でそのひびを埋めておるな。埋めたものが、我が巫子が[変なもの]と感じたものじゃ。何もしなければ、数百年はこのままじゃろう』

「何かしたら、変わると?」

 問いかけに、あっさりと地竜王は頷いた。

『もしも龍神の手の者の気が変われば、即座にひびは広がろうな』

「それじゃ、やばいじゃねぇか!」

 クセロが罵声を上げる。

『何がまずい? 地割れが広がるも、山が崩れるも、全て自然の動きじゃ。龍神の手の者は、確かに少々それを促進させたじゃろうが、理に反した行いをしている訳ではない』

 さらりと、竜王は返す。自然を体現する、という立場、そのままに。

「……ですが、困ります。このままだと、人が死ぬ」

 真面目な顔で、アルマが告げた。

 僅かに首を傾げ、十数秒間地竜王は考えこむ。

『なるほど。良かろう、そなたらがここにいる間は、わしが見張っておこう。奴が大地の中で何か良からぬことをしようとすれば、それを阻止するのは容易い。だが、ここからそなたらがいなくなってまでは、保証せんぞ。人間は、殆どがわしの民ではない』

 それは、少なくとも、今クセロの味方についている者たちには加護を与えてくれるということか。

「ありがとうございます」

 アルマは、深く頭を下げた。

 地竜王はそれを殆ど無視して、ひょいとクセロの頭に再び乗っかったのだが。

「ちょ、おやっさん、濡れた足で乗ってくるなよ!」

『生意気を申すな。巫子が』

 じゃれ合うような二人を、苦笑しながら見つめる。

「……あ」

 アルマの呟きに、クセロが振り返る。

「どうしたよ、旦那」

「あ、いや、大したことじゃないんだけどさ。お前、アーラ砦で風竜王が顕現した時のこと、覚えてるか?」

「忘れられるもんじゃねぇだろ」

 ぶる、と身を震わせて返す。

「今日、オーリが、ここに風竜王の加護を凝縮させたって言うんだ。アーラ砦の時も、今日も、俺はその存在に押し潰されそうだった。……でも、今、地竜王にはそんな気配がないな、と思って」

 それを聞いて、当の地竜王は大きく鼻を鳴らす。

『小童どもが、自らを偉大に見せようとしとるだけじゃ。まあ、奴らの民は多い。勢い、自らも大きくならねばならんのじゃろう。やろうと思えば、わしだとてそなたを打ち倒すぐらいは容易いことよ』

 挑むように見返されて、慌てて首を振った。あれは、あまり楽しい経験ではない。

『まあ、そなたもさほど気にするな。所詮、小童どもの意地のようなものだからの』

 それで気が済んだか、エザフォスはアルマを宥めるようなことをつけ加えた。




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