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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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20

挿絵(By みてみん)


七ツ枝葉様より、クセロと地竜王のイラストを頂きました!

何という粋可愛い二人なのかと!(纏めない)

こんな二人が目の前にいたらそりゃガン見しますわ……。

ありがとうございました!


七ツ枝葉様のマイページはこちら!

http://mypage.syosetu.com/423154/

 彼らは埃のこびりついた窓ガラス越しに目を凝らした。

 道路を挟んだ向かい側の建物。この区画に兵が配置されたなら、宿舎として使われるのだろう。内部には小さな部屋が作られているらしく、外壁には窓が規則正しく並んでいる。建物内のどこにいても、周囲の様子が伺えるだろう。

 人の姿はないが、堂々と門扉から内部を覗くことはできず、探索者たちは身を隠して様子を見ている。

 玄関のポーチには、まだ新しいものや乾いたものを含めて、泥汚れがついていた。上から見ると、前庭部分にも幾つもの足跡が見て取れる。

「一階に五人、二階に三人。一階は玄関近くの部屋に固まっている。二階にいる一人は、多分、反響からして階段近辺だね。ペルルがいるのは真ん中辺りの部屋だ」

 オーリが、建物内にいる人間の発する音を頼りに、その配置を探っている。

 軍隊の短所は、融通が利かないことである。ここにある宿舎は、周囲にも同じ物が幾つも作られており、そして当然のように他の区画にも建っていた。風竜王宮親衛隊の宿舎にも。

「正面から乗りこむのは問題外です。裏口から侵入して、各個撃破が順当でしょう」

 イェティスが進言する。

 周囲を取り囲む塀はさほど高くない。裏口がある厨房には、今は人はいないようだし、妥当な作戦だ。

 だが。

「裏口には、鍵がかかっているんじゃないか?」

 アルマが疑問を口にする。

 誘拐犯たちは用心を重ねているだろうし、うっかり鍵を開けたままでいる可能性は低い。

 アルマに鍵を壊せなくはないが、それは破壊、という手段だ。かなりの音が発生するだろう。

 彼らには、クセロのように錠前破りができる腕前はない。

「大丈夫。何とかするわ」

 しかし、それに応えたのはプリムラだった。


 音もなく、オーリが塀を跳び越える。彼は幼い少女を背負っていた。

 少女を地面に下ろすと、手にしていた縄を手近な立木に結わえつける。もう一方の端は、無造作に塀の外へと放り投げた。

 それがぴんと張られ、数名の男たちが塀を越えるのを確認もせず、プリムラとオーリは建物に近づいた。厨房の裏手、裏口の近くだ。

 青年が建物に向かい、跪く。すぐさま、プリムラはその背に乗った。今度は背負われる形ではない。背中を、足で踏んでいる。

 侵入を果たしたアルマの傍らで、イェティスが渋い顔をしている。

 風竜王宮の高位の巫子が足場になることを、彼は最後まで反対していた。

 が、オーリ以上の身長がある者は、彼らの中にいなかったのだ。

 青年が、背を丸めたまま、ゆっくりと立ち上がる。天井近くに開けられた、空気取の窓にプリムラが手をかけた。木枠の中に斜めに嵌められた細い板を一枚ずつ外していく。

 さほど時間もかからず、それは全て取れた。慣れた動作で、プリムラはその窓からするりと入りこむ。

 数秒で、裏口が内側から開いた。歓声を押し殺し、一行は建物内部へと侵入する。

「……頼んだわよ」

 小さく、プリムラが呟いた。アルマとオーリが真剣な顔で頷く。

 この先、少女は連れて行けない。それを説明した時には酷く揉めたものだが、時間が勿体ない、とのアルマの一言で話し合いは終わった。

 しばらくの間、プリムラは酷く少年を睨みつけていたが。

 一人のロマが少女と共に、塀の外へと戻っていく。プリムラとケルコスは先ほどまでいた建物で待機する。他の風竜王宮親衛隊の兵たちは、周囲に散開し、何事かあった場合に備えている。

 現在、建物に侵入したのはアルマとオーリ、イェティスの他に二人の兵士のみだった。

 ゆっくりと、軋みすら生じないように、扉を開く。

 真っ直ぐに続く廊下を見渡して、オーリが身振りで何かを示した。

 アルマが、静かに廊下を進む。数枚の扉の前を通り過ぎ、ある何の変哲もない扉に無造作に手を触れた。

 動かなかったのは、ほんの数秒。それだけですぐに手を離し、また次の扉へと向かう。

 五枚の扉でそれを繰り返したところで、残る仲間たちが廊下へ踏み出した。アルマの触れた扉を次々に開き、内部で眠りこけていた男たちを手際よく縛り上げる。

 部下たちに作業を任せ、廊下をアルマとオーリが進む。

 もう、この上にペルルがいる。

 不安に逸る心を、必死で押さえつけた。



「……私は、ある意味人ではないのですよ、エスタ」

 こんな状況で、やや困ったようにペルルが答えた。

「その考えが、竜王による傲慢さであることに、何故気づかないのです。貴女は、まだ、グラナティスやノウマードのように、人でないものに成り果ててしまった訳ではない……!」

 呻くように、言葉を搾り出す。

 人ではないものに、成り果てる。

 それは、〈魔王〉の血に身を委ねた青年から聞くには、とても違和感のある非難で。

 ペルルは、アルマのものとよく似た、灰色の角を戴いた青年を、じっと見つめた。

「後悔しているのですか?」

 エスタは、僅かに、その漆黒の瞳を見開いた。


「……後悔……?」

 呟いた唇が、笑みの形に歪む。

 掌が頬から離れたと思うと、次の瞬間には肩を掴まれ、横ざまにソファに身体を叩きつけられた。

「きゃ……!」

 座っていたのはソファの上だ、苦痛はない。だが〈魔王〉の血が発現した者の力による衝撃はかなりのもので、ペルルは思わず悲鳴を上げた。

 長い髪が乱れて、視界を半ば遮る。

 その間から、エスタが立ち上がり、こちらを見下ろしてきているのが伺えた。

「憐れみですか、ペルル。竜王がどれほど偉大でいらっしゃるかは知らないが、それが、貴女がたが我らを憐れみ、蔑み、貶める理由になるとでもお思いか?」

「エスタ……、私は」

 腕を背で拘束されたまま、身を捩って起き上がろうとする。が、エスタは片手でやすやすとそれを押し留めた。

 ぎし、とソファが軋む。

「貴女は先ほど、アルマが救けに来る、とおっしゃいましたね。まだ、彼に怒っている時でさえ。結局、貴女とそのお仲間は、〈魔王〉をいいように使える駒だとしか思っていないのですよ」

「私は、そんな」

「アルマも、貴女に対して怒っていたのでしょう? それでも救けに来てくれる、だなんて、どれだけ彼を侮っているのですか。彼は、もう、貴女のことなんてどうでもいいと、のうのうと過ごしていくつもりかもしれない。救けに来たところで、義務感から渋々来たのかもしれない、などと思いもしないのですね」

「……私、は」

 そんなつもりはない。そんなつもりは、一切ない。

 なのに、反論ができない。

 アルマは、確かに酷く怒っていた。

 そんな彼を突っ撥ねていたのは、自分だ。

 もしも迎えに来てくれたとしても、グランの命令によるものではないだろうか。

 早く戻って、彼に謝りたい、と思っていた気持ちが、不安に揺らぐ。

 エスタの空いている手が、こちらへと延びてくる。

 それは一切躊躇いも見せず、ペルルの胸元を掴んだ。

「……っ」

 力任せに引かれ、布地が肩に食いこむ。引き()れた痛みに、思わず息を飲んだ。

 聖服は大した抵抗も見せずに、すぐに音を立てて破れてしまう。

 白い肌が外気に露出するが、肩の痛みは薄れたため、ペルルはむしろほっとした。

「今、貴女がアルマにどれほど大切に思われているのか、試してみましょうか? 貴女が我々に蹂躙されても、彼が怒りを感じられるのかどうか」

 ぎし、とソファが軋む。

 先ほどの肩の痛みに、少女の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

 視界に、角を戴いた青年の姿しか映らなくなった時に。

 がん、と音を立てて、扉が押し開けられた。


 息を弾ませて戸口に立っていたのは、黒衣の少年だ。

 そこは、一見したところは居心地のいい部屋だった。毛足の長い絨毯が敷かれ、落ち着いた色彩のソファが配置されている。他の建物と違い、埃っぽさが感じられないため、かなり以前から、腰を据えて使われていたのだろうと察せられた。

 そのうちの一脚の長椅子に、二つの人影が認められる。

 横たわった体勢の少女が、潤んだ目を見開いてこちらを見つめていた。その長い亜麻色の髪がうねり、座面から零れ落ちている。

 その上にのしかかるよう体勢になっているのは、一人の青年だ。長めの黒髪の間から、二本の長い角が伸びている。

 その唇が、少年を認めて、嘲るように歪んだ。

 少女の胸元の、白い肌が露になっている。

「……アル、マ、」

 小さく、声が揺れる。

 鋭く息を吸う音がした。

「がぁあああああああああああっ!」

 次の瞬間、だん、と床板を強く叩く音が響いたかと思うと、少年の手が、がっしりと青年の頭を掴んでいる。

 そして、次の一瞬には、その勢いのままに青年の身体は向かい側の壁に叩きつけられていた。

 轟音と共に建物が揺れ、ぱらぱらと壁の漆喰が落ちてくる。

「……あー。ええと、ご無事でしたか、ペルル?」

 困ったように声をかけられて、呆然としていたペルルは慌てて視線を向けた。マントのバックルを外しながら、オーリが部屋へ入ってきている。

「あ、はい」

 素直に返事を返されたのに苦笑して、オーリはペルルの身体にマントを被せた。

 アルマは、手をエスタの頭から離さないままだ。

 みしみしと、未だ不吉な音を立てる壁をとりあえず無視して、オーリはベルトに挟んだ短剣を抜いた。ペルルの両手を縛める縄を慎重に切っていく。

 鋭い刃は、さほどの時間もかけずにペルルを解放した。礼を言い、擦り傷のついた肌を撫でながら少女は起き上がる。が、視線はどうしてもアルマたちから外せなかった。

 エスタの、だらんと垂れた腕が持ち上がった。アルマの手首を掴み、引き剥がそうとする。

「……問答無用とは野蛮になりましたね、アルマ」

「あー? そりゃ、今まで俺の敵にはお前が先に手ぇ出してたからだろうが。エスタ。有能な部下に離反されて自ら手を汚さなきゃならない俺が気の毒だとか思わねぇのかよ」

 力を拮抗させつつ、憎まれ口を叩く。

 呆れ顔で、オーリはペルルの脚を縛りつけていた縄を切った。脱がされていたブーツを探すが、周辺には見当たらない。

「どこまで竜王の犬に成り下がるのですか。十年お傍に仕えた者を敵扱いするだなんて、情けない」

「そもそもは、お前がうちを裏切ってんだろうが!」

 ゆっくりと、ゆっくりとアルマの手は引き剥がされていく。

 〈魔王〉の血の特異性が双方にあるのなら、その差はもう大人と子供の腕力の差でしかない。

「言っておくけどな、エスタ。俺は、別に、お前がペルルを誘拐したから怒ってんじゃねぇんだぞ」

「……まあ、誘拐したのは私ではないですが」

 小さく反論しつつ、エスタの瞳が訝しげに細められるのが見える。

「お前、俺が来るタイミングを計っていただろう。俺に対する嫌がらせの手段に、ペルルを利用した、その性根が許せねぇ! そもそも、お前が、本気でペルルに不埒な真似をするとか、あり得るとでも思ってんのか!」

「何だいその信頼感」

 一応ペルルを護るように、一歩前に出ていたオーリが呆れて呟いた。

 ぎり、と奥歯が軋む音が漏れる。

「……あり得るに、決まってるじゃないですか。その娘は、竜王の巫女なんですよ」

 言い終わった途端、力任せにアルマを振り払う。

 予測はしていたが堪えきれず、椅子の一つに激突した。衝撃に、椅子の脚を一本折りながら床に転げ落ちる。

「アルマ!」

 悲鳴をあげ、思わずペルルが少年に駆け寄った。

 ところどころ打ちつけたが、大した痛みはない。心配そうに覗きこむペルルに、片手を上げながら上体を起こす。

 エスタも、よろり、と立ち上がっていた。すぐ傍の窓枠に手を置いている。

「我が始祖、〈魔王〉アルマナセルから続く血脈を三百年の間貶めてきた竜王の、巫女だ。私は、それを許さない。貴方や貴方の父親がそれを是とするのなら、〈魔王〉の遺志は全て私が継ぐ」

 強く、そう宣言する。

「……〈魔王〉の遺志……?」

 今まで、殆ど傍観していたオーリが呟く。

「三百年も前に死んだ彼の、一体何を君が知っているというんだ?」

 その、低い声に、全員が虚を衝かれる。

「オーリ……?」

 アルマの呼びかけに、しかし青年は反応しない。

「アルマナセルの怒りも、愛情も、誇りも、彼の背負ったものも何一つ知りもしない癖に」

 放たれた言葉に、エスタが手に力を籠めた。窓枠が、ばきり、という音と共に割れる。

「〈魔王〉の誇りを知らないのは、大公家の者たちだ! 私にはある。〈魔王〉アルマナセルを受け継ぐ意思が。彼の怒りも、誇りも、何もかもだ!」

「そんなことを、簡単に口にするものじゃない」

 咎めるように、オーリは告げる。が、ぎらり、とエスタはそれを睨み据えた。

「うるさいよ、風竜王の巫子。お前とお前の民を滅することができなかったのは、アルマナセルの失敗だった。私がそれを完全に成し遂げてやる。アルマナセルを完全に私と一体化するために!」

 ……人の名前を連呼しながら関係ない話をするのは止めてくれないかなぁ。

 半ば放置されて、アルマが憮然として二人の応酬を見つめる。

 が、ある意味呑気にしていられたのは、そこまでだった。

「本気かい?」

「本気だとも」

「そうか」

 短く返すと、ふいにオーリは右手を翻した。かっ、という鋭い音と共に、エスタの袖が窓枠にナイフで縫い止められる。

「なに……」

「我が竜王の名とその誇りにかけて」

 無造作に、風竜王の高位の巫子は右手でエスタを示した。

「崩れろ」

 みしみしと、ぎしぎしと、がりがりと、建物が悲鳴を上げるように軋む。

 エスタの背後の壁にひびが入り、頭上からは割れた天井板が落下し始める。

「ペルル!」

 アルマが咄嗟に少女を引き寄せ、その身体を庇う。

 建物の崩壊は続き、一抱えはありそうな材木が、身体を掠めて斜めに床に落下した。

「アルマ、危ない……」

「動かないで」

 不安に身じろぎするペルルを阻むように、ぎゅっと抱き締める。

「……貴女を失ったかと思っていた」

 低く、そう囁きかける。

 小さな手が、おずおずとアルマの背に回された。

「ごめんなさい、アルマ。もう、貴方を置いて行ったりしませんから」

 こんな状況だと言うのに、その暖かさに安堵する。

「落ちろ」

 だが、オーリが静かに告げるのに、慌てて顔を上げた。


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