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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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117/252

14

「龍神の誘いに乗った家の者が、風竜王宮の志願兵として入りこんだ場合、それを見つけ出すことができます。密偵を取り除くことは、重要であるかと」

「王都の外にいたロマたちのことも把握できているのか?」

 だが、アルマナセルはさらりと隙を突く。

「……多少は。全土は無理でございますが」

 ロマは組織だって動いている訳ではない。王都以外のロマの動静は、知り合いから聞くか、噂程度の話でしか知らないのだろう。

「俺たちはこの先移動するかもしれない。そもそも、志願兵以外のロマはここから立ち去るようにと通達がされている筈だ。あんたたち家族と、ケルコスは離れ離れになるぞ?」

「どのみち、もう数年もすれば独り立ちすることになるのです。少々早いか遅いかの差でしかありません」

 家族の絆についての話は、ケルコスから見ても酷く軽く、祖母はいなした。

 アルマは更に続ける。

「じゃあ、俺たちがそいつを連れて行っても、二度と俺の命を狙わない、ってことを、あんた自身から誓って貰えるのか? 俺にとっては、これでも結構大事な命なんだ」

「アルマ!」

 オーリが声を上げる。

 祖母はそれをよそに、再び深々と頭を下げる。

「無論でございます、〈魔王〉の(すえ)よ。貴方が竜王の巫子と和解された今、もう我らに敵意はございませぬ。未来永劫、貴方様に敵対することはないと誓いましょう」

「いや未来永劫は無理だろ。できない約束はしない方がいい」

 苦笑して、アルマは返す。そして、ちょいちょい、と指先でこちらを指し示した。

「じゃあ行くか、ケルコス」

「アルマ、勝手なことを」

 慌てた顔で、オーリが口を挟む。

「心配すんな、お前が嫌なら俺が引き取るから」

「……は?」

 少年の言葉に、呆気にとられたのは青年一人ではなかった。ケルコス自身、そして祖母も二の句が継げずにいる。

「反乱軍は、イグニシア、カタラクタ、フルトゥナの三つの国民が集まってる。その中で、イグニシアとフルトゥナがいつまでもいがみ合ってたら困るんだよ。前の大戦の象徴である〈魔王〉の血筋の俺が、フルトゥナの子供を連れてたら、少しは仲直りできたのかと思って貰えるんじゃないか?」

「……いや、それ、下手すると敗戦国の子供を下働きにこき使ってるみたいに見えるから」

 疲れたように、フルトゥナ侵攻の生き残りは呟いた。

「え? そうか?」

 しかしアルマはきょとんとして返す。

「ああもう、とりあえず彼の処遇は他のみんなとも相談して決めるしかないね」

 溜め息をつくオーリを、信じられない気持ちでケルコスは見つめる。

「あの、それじゃ……」

「しょうがないだろう。彼は、一旦預かる」

「あ、ありがとうございます! きっとお役に立ちますから!」

「……いや、お前、みんなと相談することの意味判ってないからなぁ……」

 ケルコスの勢いこんで放った言葉に対し、少しばかり困ったように、アルマは呟いた。

「さて。じゃあ、彼を連れてどうやって砦に入るかを考えないと」

「出た時と同じように入ればいいだけだろ?」

 少年が脳天気に返すが、オーリはじろりとそれを睨めつけた。

「ケルコスをロマの野営地に送っていく、って出てきたのに、また連れて帰ることを納得させられる理由が思いつくのか? そもそも最初に砦に入れる時に、かなり周囲にごり押ししたんだぞ。通用門で問題になったら即座に上に連絡が回るに決まってる。そうしたら、私たちがこっそり出てきたのがばれるだろう」

「お前は本当にこっそりやりたがる奴だなぁ」

「君が考えなしすぎるんだ!」

 感心したようなアルマの言葉に、とうとうオーリは馬車の床板に拳を叩きつけた。



 夜の草原で、アルマが誰も乗っていない馬を一頭牽いて進んで行くのを見送る。

 そして、音を立てないように注意して、二人は砦の外壁に近づいた。

 オーリが静かに跪いたところで、おずおずとケルコスはその背中に負ぶさる。

「いいね。声を出さないで」

 外壁の上を見回っている兵士もいるだろうに、全く何も気負う様子もなく、軽くオーリは立ち上がった。

 いや。立ち上がるような、何の力も入らない動きで、ほんの一瞬の後には彼らは砦の中を見下ろしていた。

「……ッ!」

 かろうじて声を上げることは堪え、ただ息を飲む。

 ふわり、と、オーリはケルコスを負ぶったまま、外壁の上に巡らされた狭い通路に降り立つ。

 ほんの一段、階段でも登っただけのような動きで。

「……怖いか?」

 背中越しに鼓動が早くなっているのを気づかれたのか、小さく笑みを含んだ声で尋ねられる。

「へ、平気」

 何とか、声を震わせることなく返すことができた。

「聞くところによると、降りる方がきついらしいぞ。絶対に声を上げるな。こんなところで叫ばれたら、一個小隊単位で兵士たちが駆けつける」

 真面目なオーリの言葉に、無言で頷く。次の瞬間、何の予備動作もなく、青年はひょい、と壁の内側へ足を踏み出した。

「……………………っっっ!」

 まだ心の準備ができていなかったことに加え、何だか下腹部の更に底の辺りが冷えるような感覚に、悲鳴を堪えるのがやっとだ。

 自然落下だったせいか、青年が下の通路に降り立つまで二、三秒かかった。

 脂汗を滲ませて息を荒げるケルコスが、小さな含み笑いに気づいて、慌ててきつく掴んでいたオーリの肩を離す。

「アルマが来るまで待たないといけないけど。……立てるか?」

「立てる!」

 からかうような声に、ケルコスは思わずそう返したが、オーリの背から降ろされた瞬間は、膝に力が入らずによろめいてしまう。

 結局、アルマが呑気に二頭の馬と共にその場にやってくるまで、憮然として少年はオーリのマントに捕まっていた。



 結果から言うと、アルマとオーリのニフテリザ砦脱出作戦は、仲間たちにバレバレだった。

「……アルマナセル殿、貴方という人は……」

 砦最上部の城塞内にある、仲間たちのいる部屋に入ったところで、待ち構えていたテナークスは深く溜め息をつく。尤も、彼の部隊の中から抜け出したのだから、それは知られて当然だろう。

 カタラクタ勢に内密にされていただけ、ましである。

「全くだ、アルマ。お前がついていながらオーリを止められないとは、使えないにもほどがある」

 憮然として、グランが非難した。

「いやまー、旦那にゃ荷が重いんじゃねぇの、それ」

 気楽にクセロが口を挟む。

「ちょっと待て! 私は一応止めたんだぞ! それをアルマが強引に抜け出してだな!」

 オーリが憤然として怒鳴ると、一同はきょとんとして二人を見比べた。

「無茶を言い出すのは、どっちかってぇとオーリの方だと思ってたんだが……」

「けど、一応、って、どっちにしろ情けない言い訳だよねー」

 王都の盗賊たちが無責任に評する。

「いや、戻るのが遅くなって悪いな」

「遅くなったことを咎めている訳じゃない」

 苦笑しながら、アルマが言うのに、眉間に皺を寄せたまま、グランが呟いた。

「理由はちゃんと話すよ。こいつを連れてくるのに手間取ったんだ。ケルコス」

 二人の背後に立っていた少年が、促されて前に出る。自然、集中した視線に、あからさまに怯んだ。

「あ、あの、ケルコスです。その、頑張ります」

 口早に言って、ぺこりと頭を下げる。

「……何を?」

 誰かの小さな呟きが、その場の空気を代弁した。


 一通りの事情を聞いて、長々とグランは溜め息をついた。

「アルマ。お前は止められなかったのか?」

「だから! 止めたのも反対したのも認めなかったのも私だよ!」

 だん、と手近な卓を叩きながら、オーリが反論する。

「でも最終的には認めちゃったんでしょ?」

 プリムラが無邪気に問い返した。

「ごめん、悪いけどプリムラは少しおとなしくしてて」

 疲れた声でオーリが頼みこむ。二人の会話を、驚いたようにケルコスが見つめていた。その視線に気づいて、プリムラが小さく笑みを向ける。

「そうだな。どのみち、今夜はどうしようもないだろう。プリムラ、そいつをどこかの寝床に案内してやれ」

「はい」

 グランの言葉には従順に返事をすると、プリムラは促すように片手を差し出した。戸惑いつつそれを握り、幼い二人は連れだって部屋を出る。

「……しかし、何だな。旦那がそこまで我を通すなんてこと、今までなかったんじゃないか?」

 短い金髪を軽く掻きながら、呆れた風にクセロが呟く。

「全くだ。しかも、意地を張って、じゃなくて自信たっぷりに横車を通そうとするから、始末に負えない」

 頬杖をついて、オーリが投げやりにつけ加えた。

「そうなのですか? アルマナセル殿は、我々を指揮されていた間、特にクレプスクルム山脈越え以降は、ずっと自信に満ちた態度を貫かれましたが」

 驚いたように、テナークスが問いかける。

「あー。そうだっけ? 随分前だから忘れたな……」

 ひらりと片手を振って、行軍に同行していた青年が返した。

「まあ、言ってしまえば血筋だな。〈魔王〉アルマナセルは、こう言っては語弊があるが、何かの前に立つことで力を発揮する奴だった。自分を召喚してまで頼ってきたイグニシアを、配下に置かれた王国軍を、恋に落ちたレヴァンダ王女を、背中に庇って立つことが、奴にとって最も充実する状態だった。まあそれが判っているから、王家はその後代々大公家の牙を抜くことに汲々としていたんだが」

 さらりとグランが説明する。

「領地を与えられず、民も支配できない、軍も持てない大公家であるのは、そのせいですか?」

 愕然として、テナークスが尋ねた。軽く、幼い巫子が頷く。

「……つまり、テナークスが正式に部下に配されたせいで、アルマが絶好調になったってことなのか?」

 更に疲れたような顔で、オーリが零した。

「まあ皆様、先ほどから酷いことをおっしゃいますのね。アルマは初めてお会いした時から、責任感の強い、頼りになるお方でしたわ」

 ペルルが、少しばかり気を悪くしたように口を挟む。

「……あー。それ、姫さんだからじゃねえの?」

 数秒間沈黙が続いたあと、明らかに嫌そうにクセロが感想を述べた。

「お前ら、人の噂話をしたいなら、当人がいないところでやれよ」

 僅かに憮然として、アルマが苦言を呈す。

 しかし、以前なら彼はもっと気を悪くしていただろう。短時間に起きた、この明らかな変化に、仲間たちの一部は密かな危惧を抱いていた。




 翌朝、少なくとも対処は早い方がいい、と判断して、オーリは風竜王宮親衛隊の居留地にケルコスを連れて行った。

 宣戦布告をしてからの時間を考えれば、そろそろ、イグニシアにいたロマたちもやってくるだろう。

 ケルコスの家のように、なりふり構わず湖を渡ってきた者は、既に到着しているのだから。

 イェティスに少年を紹介し、まずは龍神に(なび)いていた者のリストを作成する。偽名を使う可能性もある為、志願兵たちを随時、密かに面通しを行うことにもなった。

 ひとまず、その作業が済むまで、毎日昼間はケルコスをイェティスに預けることにする。

 一人、気持ちを軽くして、オーリは城塞へと戻って行った。



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