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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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116/252

13

「おばあさん? お前の?」

 思いもしなかったのだろう、アルマはきょとんとして繰り返した。

「あの時に会ったご老人か?」

 オーリが尋ねてくる。

「何だそれ」

「君は覚えてないだろうけど、あの時、私と最終的に交渉して退くことを了承した人だと思う。多分、彼らの長老だったんだろう」

 もの問いたげな視線を向けられて、頷く。

「そもそも君たちは、イグニシアの王都にいた筈だろう。どうしてこんなところに来ているんだ?」

 続けざまに尋ねられて、慌てて口を開く。

「あの、しばらく前に、巫子様たちとアルマナセル様が、カタラクタで龍神と戦うって話を聞いて。ばあちゃんが、どうしてもお二人に知らせなくてはならないことがあるからって、王都を出たんだ。金を積めば、こっそりカタラクタに渡してくれる船もあるし。それで三日前に、ここについたところ」

「君たちは、どれだけ危険なことをしているか、判ってるのか?」

 咎めるようなオーリの言葉に、身を竦める。

 確かに、現在、カタラクタとイグニシアの間は、イグニシア王国の許可を得たものしか移動することはできない。単純に言っても密入国だ。

 が、青年は更に言葉を続ける前に、横合いからの視線に気づいてそちらを向いた。

「……なに」

「いや。お前も正当に心配するべき相手を堂々と心配するようになったんだなぁと思ってさ」

「面白がらないでくれ」

 にやにやと笑うアルマに、憮然として風竜王の高位の巫子は返した。

 よし、と小さく掛け声をかけて、アルマが立ち上がった。

「じゃあまあ出かけるか」

「今からか?」

 オーリが驚いて声を上げる。

「早い方がいいだろ。どうせ、ケルコスは送っていかないといけないんだから」

「君、今日の予定をぎりぎりまで削ってようやくこの時間を捻り出したってこと、覚えてるのか? 今だってグランを待たせているんだぞ。彼のことは、誰か兵士に頼んだっていいんだし」

「だけどさ……」

「あの」

 焦って、ケルコスが口を挟む。二人から同時に見つめられて、少しばかり背に冷や汗が滲んだが、それでも少年は続けた。

「できるだけ、一時間でも早く、会ってください。……おれたち、今年の冬は王都にいたんだけど、ばあちゃん、寒さで身体を壊してしまって。そんな状態で無理にこっちにきたから、ここしばらく寝こんだままなんだ。あと何日もしたら、話せなくなるかもしれない」

「決まりだな」

「アルマ……」

 きっぱりと断言したアルマを、更にオーリは止めようとしかけた。が、腕を組み、呆れたような顔で〈魔王〉の(すえ)はそれを見下ろす。

「俺たちにとって大事なのは、閲兵式か? ケルコスたちは王都から来てる。イフテカールがいる街だ。俺たちが龍神と戦うって聞いてここまで来た、ってことは、何がしかの情報を持っていると思っていい。それを放っておいてグランのところに戻ったら、俺たち二人とも、そのまま外へ蹴り出されるぜ」

 何故か説得力たっぷりの言葉に、オーリが溜め息をつく。

「判ったよ。じゃあ、できるだけ早く済ませてしまおうか」



 春先は、陽が沈むのが早い。

 まして周囲をぐるりと高い石の壁に囲まれている砦の内側は、夕方になるとすぐに暗くなってしまう。

 通用門の一つは、既に暗闇に包まれていた。門衛の詰所には壁にかけられた松明が二本燃え、周囲を照らしている。

 二頭の馬が近づくのに気づいて、門衛が一人、姿を見せた。

 馬には、それぞれ人が乗っている。見慣れない紋章付のマントに身を包み、フードを被ったまだ若い男。それから、ロマの服装をした、幼い子供だ。

 子供には、見覚えがある。昼間、火竜王宮の者が連れてきていた。

 若い男は子供が乗っている方の馬の手綱を手にしている。詰所の近くまで来ると、彼は器用に二頭の馬を止めた。

「マノリア隊のサウラーだ。レヴァンダル大公子の命令で、この子供をロマの野営地まで送っていく」

 そういえば、彼のマントの紋章はそのマノリア伯爵家のものだ。軽く敬礼して、門衛は通用門の閂に手をかけた。

「今夜は視界が悪いですから、お気をつけて」

「ありがとう」

 短く返事を返すと、兵士は通用門を抜け、坂道を下っていった。


 通用門から、数百メートル離れた辺りで、兵士は馬を止めた。月のない夜の闇に加え、砦の外形が緩やかに弧を描いていることもあり、そろそろ通用門からはこちらが見えなくなっていることだろう。

 砦を取り囲む石壁の上辺りに視線を向ける。

「もういいんじゃないか、オーリ」

 小さく呟いた直後、石壁の頂点辺りで何かが動き、そして落下した。

 ケルコスが小さく悲鳴を上げる。

 殆ど音も立てずに地上に降り立った影は、身体を起すとこちらに近づいてくる馬を待っている。

「何か問題は?」

「造作もねぇよ。ちょっと門衛の奴らはたるんでるんじゃないか?」

 この十メートル以上の高さを飛び降りてきたオーリの問いかけに、兵士は肩を竦めて答える。

「おかげで君でも抜け出せるんだから、感謝すべきだろう、アルマ」

 素っ気なく告げられて、兵士のマントを羽織った少年は苦笑した。

 オーリはケルコスの乗る馬に近づくと、軽くその背に手を乗せる。

 幾ら青年が長身でも、馬の背はそれよりも高い。鞍も鐙もケルコスが使用しているため、乗ろうにも足がかりがないのだ。

 慌てて身じろぎするケルコスを、そっとオーリが止めた。

「動くな。危ないから」

 そして、軽く地を蹴ると、次の瞬間には馬の背に膝を載せていた。

 その動きから、馬の身体が揺れることもない。

 無造作に跨ると、アルマから手綱を受けとる。鞍もなく、鐙もない状態で気負うことなく彼は馬を歩ませた。

 彼と自分との違いが身体の大きさだけである、という訳ではない気がして、ケルコスの気が滅入る。

 オーリは館から出立する前に、できるだけ早く終わらせること、つまり全てを秘密裡に済ませてしまうことを主張した。

「私と君が公式に外に出るとなったら、どれほど周囲に伝達が必要になって、準備だ何だで一体何時間かかると思う? まだケルコスと話し続けているという状態にしておいて、その間にこっそり抜け出した方が早く済む」

「単純に、こっそりと動くことがお前の趣味なんじゃないのか?」

 胡乱な視線でアルマは問いかけたが、しかしすぐに彼の提案には同意した。

 ケルコスが昼間、家族に連絡してから動くという経緯は必要ない、と判断したのと同じような気持ちなのかな、と何となく思う。

 そして館の兵士のマントを借り、身分を偽ったアルマとケルコスが堂々と門を抜け、オーリは石壁を乗り越えて合流したという訳だった。

 あれだけの高さの壁をどうやって越えたのか、とりあえず考えないことにする。

 砦の南側に進んでいくと、遠くにちらちらと灯りが見えてきた。ロマの野営地だ。

 土の上でも、蹄の音はそこそこ響く。数人の男が、手に弓矢を持って慎重に近づいてきた。

「誰だ?」

「おれだよ。ケルコスだ」

 声を張り上げると、戸惑ったような空気が返ってきた。

「ケルコス? お前、どこに行ってたんだ? それにその二人は……」

 彼らが近づいたのは、ケルコスが滞在していた場所に近い。幸い、見知った相手だったようだ。

「理由は後で話すよ。この人たち、ばあちゃんに会いに来たんだ」



 ケルコスの住む馬車は、ロマたちの使うものとしては平均的な大きさだ。

 軋む扉を開き、薄暗い内部に足を踏み入れる。

「ばあちゃん? 戻ったよ。二人とも来てくれたんだ」

 ロマの馬車に入るのは初めてなのだろう。物珍しそうに、アルマは周囲を見回している。深く息を吸いこんで、焚きしめられたロマ特有の香に一つくしゃみをした。

「手を貸しておくれ、ケルコス」

 年寄りのしわがれた、しかし意外としっかりした声が奥から聞こえてくる。ケルコスは連れの二人に軽く会釈して、幾重にも垂れ下がる布をかき分けて中へと入った。

 数分後、ケルコスに身体を支えられて、祖母は彼らの前に姿を現した。

「生きて再びおめもじできようとは、望外の喜びにてございます」

 深々と、頭を下げる。その膝が微かに震えているのに、二人の来客は気づいたようだった。

「礼儀はいい。せめて座ったらどうだ?」

 オーリがぶっきらぼうに、しかしやや気遣うような言葉を放つ。

「伝説の具現者たるお二人の前で座るなどと」

 が、頑なに祖母はそれを拒む。

「ばあちゃん……」

 祖母の身体が心配で、ケルコスが声をかける。

 と、アルマが、どっかりと床板の上に座りこんだ。

 その場の全員が、呆然として少年を見つめる。

「ほら、お前も座れよ、オーリ。俺たちは勝手に寛がせて貰うから、気にしないでくれ」

 にやりと笑んで、そう告げる。

「……君は吹っ切れると色々怖いタイプなんだな……」

 何やら小さく呟いて、オーリもその隣に座りこむ。

 すかさずケルコスが引き寄せた椅子に、渋々と祖母は腰を下ろした。

「私たちに、話したいことがあるとか」

 また、儀礼的な会話が続きそうだと感じたか、オーリが話を先導する。老婆はゆっくりと頷いた。

「今年の、冬になって間もなくの頃でございます。王都にいた我らは、仲間たちから声をかけられました。その者たちは、『龍神ベラ・ラフマ』からの庇護を受けられる、と誘われた、と言うのです」

 高位の巫子と〈魔王〉の顔が、険しくなる。しかし、思ったほど二人は驚愕しなかった。

「彼らは、具体的に何を言い出したんだ?」

「安全を提供すると。暖かい家を。豊かな食物を。石を投げられず、追われぬ土地を」

 オーリが低く呟く。

「結局は『安らぎ』か。……微妙だな」

「そうなのか?」

 アルマが首を傾げ、尋ねた。

「確かに、それは彼らが切実に手に入れたがっているものだ。誘惑の度は強いだろう。私たちが()つ前であったら。今、彼らの元々の擁護者である風竜王宮が起ち、戦い、そして勝利するならば、将来的には国へ戻れるという可能性を明らかにしている。わざわざ、正当性のない相手につく、という理由はない。相手が彼らをこんな境遇に落した当事者である、と知ったのなら、尚更だ。もっと強い申し出がないのなら、相当数が龍神から離れているだろう」

「いや、ひょっとしたら、龍神が黒幕だと知らないんじゃないか? 王家が宣戦布告書をそのまま発表するとは限らないし」

 アルマナセルが思いついたように告げる。が、オリヴィニスは首を振った。

「もしも王家が隠蔽したところで、イグニシアは火竜王宮の本拠地だ。彼らが効率的に事実を流布するだろう。その程度の段取り、グランは百年も前に終えていると思うね」

「龍神の非道っぷりは、宣戦布告が知られるとほぼ同時に、市民の知るところとなっておりました」

 重ねて祖母が補足する。むぅ、とアルマが呻いた。

「しかしそれは、風竜王宮が一切恨まれていない、と仮定した場合のみに成り立つ話でございます」

 だが、続けて放たれた言葉に、明らかにオーリが怯む。

「おい……」

 アルマが声を上げかけるが、青年はその肩に軽く手を置いた。

「いや。それは、確かにその通りだ」

 しかし、その視線は真っ直ぐに祖母へと向けられたままだ。

「肝心なことを聞き忘れていたな。君たちは、その誘いにどう対処したんだ?」

 祖母は座ったまま、深く頭を下げた。

「もしも半年前にこの誘惑を受けたのなら、応じてしまっていただろうことを告白致します。ですが、我らはその時には既に貴方様とお会いしておりました。誓って、我らが竜王と巫子を裏切りはしておりません」

「……そこまで誓って欲しいわけでもないんだが」

 小さくぼやくと、高位の巫子は肩の力を抜く。

「我らはその後、王都のロマたちを注意して見ておりました。誰が龍神の誘いに乗ったか、把握しておきたかったのです。与えられる見返りから考えて、龍神はかなりの権力を持っていると思われましたし、それに(くみ)しない時点で、我らはいつか危害を加えられる可能性がありましたので」

 一息ついて、祖母は真っ直ぐにオーリを見つめた。

「今後、イグニシア全土から貴方の許にロマが集うことでしょう。無論、本心から貴方に忠誠を誓う者もおりましょうが、欺き、毒を持つ蛇のようにゆっくりと巣穴へ潜りこむ者も少なからずいる筈です。我らは、どの家が龍神に(なび)いていたか、記憶しております。この子でさえも」

 視線を、傍らに立つ孫に向ける。

 僅かに、オーリが眉を寄せた。

 が、口を開く前に祖母は先を制する。

「ケルコスをお連れくださいませ。きっと、お役に立つことでしょう」

「駄目だ」

 素早く、きっぱりと青年は拒絶した。

「ですが我が巫子」

「駄目だと言ったら駄目だ。我々がいるのは戦場だ。子供を連れて行ける場所じゃない」

「プリムラがいるじゃないか」

 思わず放った言葉に、思いもしなかったほどオーリは怯んだ。

「いや……、彼女は水竜王の姫巫女の侍女だし、他に連れてこれる者はいなかったし、そもそも火竜王宮の管轄で私は口を挟めないし」

「何しどろもどろになってんだ?」

 不思議そうにアルマが尋ねた。

「痛いところなんだよ!」

 察しろ、と、低く、少年に言い返す。

 半ば呆れた顔で見返すと、アルマはロマへと視線を向けた。

「そいつを連れて行くことで、俺たちになんの利点があるか、あんたの口から聞かせて貰えるか?」

 祖母は、その言葉に小さく身じろぎした。やはり相手は〈魔王〉の(すえ)であり、それを一度襲撃した当事者としては、やや落ち着かないようだ。


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