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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
乱の章

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109/252

06

 モノマキアを出発して七日目の午後、一行は目的地である、ニフテリザ砦へと辿りついた。


 そこは、一際高い丘の上に建てられていた。面積は小さめの街ほどもあるだろう。周囲にぐるりと巡らされた石壁の高さは、十メートルにもなろうか。その奥に、階段状に作られた建物群が(そび)えている。

 堂々としたものだったが、フルトゥナのアーラ砦と比べては流石に巨大さでは見劣りする。だが、こちらは完全に人工の建造物だ。

 砦には既にスクリロス領内の軍隊が駐留しており、正面の巨大な門扉の前で彼らを出迎えた。

 モノマキアの軍隊と竜王兵たちが生活するのは、砦の北西側となった。そこへ落ち着かせるのは各指揮官に任せ、モノマキア伯爵と巫子たちは中央の城塞へと向かう。

 正面の門から、真っ直ぐに城塞まで続いているのは階段で、馬で登っていくことはできない。自然、彼らは砦内を螺旋状に巡る道路を通っていくことになる。

 砦の内部は幾つも区画分けをされていて、兵士の居住や物資の倉庫、厩、鍛冶場、練兵場などが揃っている。

 現在、兵士が居住していない場所も、今後合流する者たちのためにスクリロス軍が整備を行っていた。忙しく立ち働く姿を見かける。

 アルマは、城塞を攻めたことはあるが、守った経験はない。この先に戦闘があるということを承知して準備できているだけ、今の状況はカタラクタが侵攻を受けた時よりもましなのだろう。

 城塞の玄関には、スクリロス伯爵自身が出迎えに来ていた。

「ニフテリザ砦へようこそ」

 馬から下りたモノマキア伯爵と手を握る。

 この、モノマキア伯爵の義兄は、数週間前までは酷く影が薄かった。

 モノマキアの客人であった時は、殆ど発言もせず、領主であり会議の主催者である義弟の意思に反したこともない。

 しかし、ここは既に彼の所領である。

「世話になるよ、アグノス」

 気さくにモノマキア伯爵はそう告げる。頷いて、スクリロス伯爵が向き直った。

「巫子様方も、遠路お疲れでしょう。お部屋を用意しておりますので、夕食までおくつろぎください」

「ありがとう、伯爵」

 騎乗していた中で最年長ということもあって、オーリがにこやかに礼を述べた。



 ニフテリザ砦は、大抵の砦がそうであるように、内部も無骨だった。石で作られた壁は分厚く、内側は漆喰で塗り固められている。居室の窓は最低限しかなく、酷く小さい。

 そして、室内にはスクリロス軍の従卒が待っていた。

 戦場には侍女や小間使いはいない。歳若い、経験の浅い兵士が仕官の世話をする。

 プリムラがついてきてくれていてよかったな、と何となく考えた。



 話を切り出されたのは、夕食の席だった。

「進捗状況はどうなっているのかね?」

 尋ねたのはモノマキア伯爵だ。

「大体予定通りだ。サピエンティアは少々遅れているが。あのご老人、農民の一人に至るまで調べ上げて、龍神の焼印を持つ者を徹底的に探し出そうとしているらしい」

 しかし、無礼を咎める訳でもなく、スクリロス伯はさらりと答える。

 驚いて見つめるアルマに気づき、二人は苦笑した。

「ここは戦場ですからね。社交界のような、段階を踏んでの情報交換は意味がない」

 そういうものか、と頷く。まあ、この二人は義兄弟でもあるのだし、互いの間で余計な礼儀は不要なのだろう。

「そう言えば、こちらへ来る途中で襲われたのだろう?」

 ふと、スクリロス伯爵が尋ねた。

「ああ。内通者がいたようだ」

「ようだ?」

 含みのある答えに、問い返す。

 パッセルの家庭教師であるコルウスは、あの日の午前中に、パッセルが行方不明になったと騒ぎ立てていた。

 自分の責任だ、と先頭に立って捜索に向かい、昼前に城塞を出たのを最後に、ぱったりと消息を絶っている。

 彼の捜索を街の中で続行中だ、という連絡は来ている。だが、彼が街の外へと逃亡するだけの時間は充分にあった。わざわざ城下に潜伏はしていまい。発見できるかどうかは望み薄である。

「真面目な男に見えたのだがね。人は見た目によらないものだ」

 スクリロス伯爵が残念そうに呟く。

 コルウスは、モノマキア城内での身体検査を受けている。その身体に、龍神の焼印はなかった、という報告もあった。

 そういう者がいるであろうことは、予測できていたことではあるが。

 細々とした情報を食事の間に交わし、その日は何事もなく終わっていった。




 今のところ、彼らはさほどやることはない。

 火竜王宮の竜王兵はこの戦いに対する編成は既に終えている。ひょっとすると、数代前に。

 対して水竜王宮の竜王兵は、ここ半月ほどで通達が出され、集められたものだ。改めて編成し、命令系統を確立しなくてはならない。

 しかし、どちらの竜王兵も、現在全ての人数が揃っている訳ではない。

 火竜王宮は未だイグニシアから来る予定の兵が到着していないし、水竜王宮は同盟に参加した藩にいる兵しか動員できていない。

 勿論、竜王兵は竜王宮に所属するもので、移動に際して領主の許可は原則としては必要ない。が、叛乱に賛同しない領主が、おめおめと自領地から竜王兵が合流することを許す筈もなかった。

 どれほどの日数で到着するか、どれほどの藩が同盟に参加するか、兵の数はそれにかかっている。

 彼らは、イグニシア王国軍の出方を見つつ、しばらくは待機する覚悟を決めていた。



 ニフテリザ砦に到着して、二日後。巫子たちは、城主に呼び出された。

 会議室へ入ってみると、二人の伯爵は苦い顔で席についている。

「少々、予想外の事態が起きました」

「ほう?」

 グランが小さく促す。

「砦の外に、志願兵が集まって来ているのです」

「それは予想外の事態なのですか?」

 単純な、領主の争いによる戦争であればともかく、今回は侵略してきた他国軍への叛乱だ。現状を快く思わない民が志願兵となるのはそれなりに予測できた事態である。

「その大半が、ロマなのですよ」

 眉を寄せて告げられた言葉に、数秒間沈黙が落ちる。

「……なるほど」

 オーリが冷静に呟いた。

「ご存知だったのですね?」

 非難するように、スクリロス伯爵が問いかける。

「風の噂で聞いた程度ですよ。昨日辺りから、外が少々騒がしいようでしたね」

 さらりと風竜王の高位の巫子は返した。彼から話を聞いている他の者たちも、動じてはいない。

 領主たちの顔が、ますます険しくなる。

「それでは、私たちの対応もご存知ですね。彼らを、即刻解散させて頂きたい」


「彼らは戦力にはならないと?」

 オーリは、椅子の背にもたれかかり、悠然と問う。

「その噂とやらで現状をご承知ですか? ロマは一族全員でやってきています。女子供、老人が一緒です。とても戦えるとは思えません」

「勿論選別は必要ですね。他には?」

「そもそも、彼らは兵士ではありません」

「貴方がたの軍も、一般の兵卒は街や農地から徴兵された者たちではないですか」

 根本的なところで拒絶されて、しかし事もなげに青年は返す。

「ですが、下士官からはそうではない。彼らは軍人として訓練を受けている。ロマには、そういった訓練を受けた上官がおりません」

「そして、お断りしておきますが、ロマを我らの軍へ編入させることはできません」

 きっぱりと、領主たちが拒絶を繰り返す。

「そんなつもりはありませんでしたが。……理由をお聞きしても?」

 単なる好奇心、といった風に尋ねる。だが、返答は厳しいものだった。

「ただ、我らの民ではない、それだけです。彼らの義務や衷心が奈辺にあるか、我らには判りません。貴方を怒らせたい訳ではありませんが、流浪の民である彼らは、かなりの人数が龍神の手に堕ちていても不思議はないと考えられます」

「あり得なくはないでしょうね。彼らの人生は、過酷ですから。しかし、それは、貴方がたの民だとて同じことでは?」

 オリヴィニスは驚異的な忍耐強さで、平静を保っている。

 ロマの件に関しては、他の者がそうそう口出しはできない。仲間たちは、内心はらはらしながら彼らの攻防を見守っていた。

「それは勿論です。既に、数名、そうであることが判っているように。しかし、それでも彼らは我々の民です。我々に責任がある。しかし、ロマを城塞に招き入れて万が一のことがあっても、我々に責任は取れない」

「責任であれば、私が取りましょう。彼らは、元々私の民ですから」

 簡単に申し出た言葉に、しかしアルデアは首を振った。

「責任は、取るばかりではありません。持つものでもあります。貴方が一人で、あの烏合の衆であるロマを訓練し、前線へ送りこめるのですか? もう半月もすれば、王国軍からの使者が到着するでしょう。時間はない。ここが、我々反乱軍の拠点だと知れて、まだ数日です。おそらく、志願兵は今後増加する一方だ。貴方に、それら全て、今後起きる事態の責任が持てるのですか?」

 流石にオーリが黙りこんだ。

 素人でしかないロマに戦い方を教えこむのは、確かに簡単なことではない。まして、オーリ自身が戦士ではないのだ。二ヶ月前、歌を教えこんだようにはいかないだろう。

 グランが軽く手を振った。

「責任ならば、ある程度分散できるだろう。軍事に関しては、うちの竜王兵に任せよう」

「水竜王宮も、現在編成途中です。ロマを組みこむことはおそらく可能ですわ」

 巫子の(よしみ)で力を貸そう、というグランとペルルの申し出に、しかし領主はいい顔をしない。

「確かに、それで、私どもの言う責任に関しては軽減できるでしょう。しかし、そもそも、火竜王宮と水竜王宮の命令を、ロマは受け入れるのですか?」

 それを言われれば、黙らざるを得ない。

 オーリ個人は、この半年の経験を経て、他の竜王宮やアルマを信用するようにはなっている。だが、三百年間二つの国家から排斥され続けたロマには、国家や竜王宮を信用する理由がない。

 まして、〈魔王〉の(すえ)を。

 そう、彼らはただ、風竜王の高位の巫子の元にのみ集っているにすぎない。

「彼らは我々の命令も聞こうとせず、砦の周囲に留まっている。彼らを受け入れることはできない、ここから去るように、と貴方から命じて頂かなくては」

 権力者が、一際苦々しく要請する。

「それはできかねますね」

 穏やかに微笑んで、オーリは一蹴した。


「……オリヴィニス殿」

 半ば予測はしていたのだろう、疲れたような溜め息を落して、モノマキア伯爵が呟く。城主は、その隣で顔を引き攣らせている。

「私は竜王の巫子です。竜王の元に集う民を、決して見捨てることはできません」

「決して、ですか?」

 皮肉げに、スクリロス伯爵が繰り返した。

「ええ。決して」

 巫子の笑みは、貼りついたように微動だにしない。

「既に一度、貴方がた風竜王宮は民を放棄したのではなかったですか?」

「おや。私やグランならともかく、死すべき人の子がそのような昔のことに固執されるとは意外ですね」

 痛いところを突いたつもりだろうが、オーリは顔をしかめもせずに返してくる。

「お忘れかもしれませんが、ここは私の砦です。私が許可しなくては、誰であろうと足を踏み入れさせはしません」

「勿論ですよ、伯爵。私だとて、駄々っ子ではありませんとも。ですから、そのための条件を是非ともお伺いしたいのですが」

 穏やかな口調で、ひたすらにこやかに繰り広げられる会話に、アルマナセルは軽く眉間を押さえた。



「……疲れた……」

 数時間に渡って舌戦を繰り広げ、ようやく居室に戻ってきたところでオーリは低く呻いた。

 ただつきあわされて座っていただけのアルマもぐったりしているのだから、対峙していた当人の疲労はさぞかし大きいだろう。

「でもまあ好きでやってるんだもんなぁ」

「誰が好きでやっているもんか」

 小さく呟いた言葉を聞き咎め、青年はソファに置かれたクッションを投げつけてきた。簡単にそれを受け止める。

 室内は既に人払いをし、プリムラが人数分の紅茶を淹れている。ペルルが楽しそうにそれを手伝っていた。クセロはそれを横目に、飾り棚からブランデーを取り出している。続いてグラスに手をかけたところで、視線をもう一人の成人男性に向けた。

「ありがたいけどやめておく。これから何日かは、頭をはっきりさせておいた方がよさそうだ」

 クセロは特に残念そうでもなく、オーリに対して頷くとグラスを一つだけ手に取った。

「しかし、あの伯爵も頑固だな。彼らは何を企んでいそうだ?」

 グランの言葉に、しかしオーリは自嘲する。

「悪いけど、殆ど何も聞こえない。どうやら筆談で作戦会議を進めることにしたらしい」

 幼い巫子が舌打ちする。

「無駄な知恵をつけたな」

「時々出てくる言葉は拾ってるけどね。あまり意味が通らないんだ」

 オーリの座っているソファに、後ろからもたれかかったクセロがにやりと笑う。

「筆談、ってことは、羊皮紙に書いてるんだよな。今晩にでも、ちょっとそれを取ってこようか?」

「やめろ」

 うんざりしたようなグランの返事も予想していたのだろう、男はくい、と軽くグラスを空けた。

「しかし、好きでやってる訳じゃないのに、粘るよな」

 プリムラから渡された紅茶を手に、アルマが呟く。

 グランが常々言うように、オーリには味方が必要だ。それに異存はない。

 ロマを蜂起させるためにこの二ヶ月間種を蒔いていたのだし、それが実りつつあるということに不満があろう筈もない。

 だが、当のオーリ自身が、かつての民と向き合うことができるほどには、未だ気持ちが整理されていないようだった。

 それでも、今懸命に彼らのために力を尽くしているのが、少し不思議だ。

「まあね。今でも、私はロマの前に立つのが怖いよ。顔を合わせずに済むのなら、この先もう三百年ぐらいアーラ砦から出たくないぐらいには。だけど、どうしても会わなくてはならない時に言うことが、もう一度彼らを棄てる、ということだけはごめんだ」

 疲れた顔で、それでもきっぱりと風竜王の高位の巫子は断言する。

「とにかく、ある程度の譲歩を引き出すより仕方ないだろうな」

「本気で彼らと敵対したくはないからね。理のある条件なら飲むのだけど……」

 グランの言葉に、困ったようにオーリは零した。



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