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いつか、竜の舞う丘で。  作者: 水浅葱ゆきねこ
人の章

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102/252

17

 兵士たちが要人たちの警備に就くようになり、ようやく彼らは自室へと戻ることができた。

 アルマとペルルが居間に入ってみると、先に戻っていた三人の巫子が暗い顔立ちで集まっている。困った顔で、プリムラがこちらを見詰めてきた。

「……どうしたんだよ」

「ああ、ご苦労。そっちはどうだった?」

 グランが水を向けてくる。

「噴水に落ちた子は、おそらく大事ありません。明日には元気になっているでしょう」

「それはよかった」

 ペルルの言葉に、オーリがほんの僅か、力ない笑みを浮かべる。

 続いてアルマが、乳母の話を聞かせた。

 その間も、彼らの暗い表情が晴れることはない。

「……まずいことになったな」

「ああ」

 眉間に皺を寄せ、溜め息を漏らし、小さく呟く。

「何がまずいんだ? いや、そりゃこんなことが起きて、犯人がまだ判らない、っていうのはまずいだろうけど」

 首を傾げて尋ねる。グランは硬い声で応じた。

「被害にあったのは、サピエンティア辺境伯の孫だ。辺境伯は、蜂起に反対する中でも最たる者だった。彼に脅しをかけたがるとしたら、一体誰だと思う」

 そういう誘導をされれば、導き出る答えは限られる。

「ちょっと待てよ。俺たちに味方する誰かがやった、っていうのか?」

「あるいは、僕たち自身が」

 むっつりと、グランがつけ加える。

「……やったのか?」

「容易にそう思わせることができる、ってことだよ」

 肩を竦め、オーリが返した。

「何でだ? 犯人は、多分、乳母を呼びに来たっていうハウスメイドだろ? 俺たちとは何の関係もないじゃないか」

「無関係を装って送りこんだ、なんて邪推は幾らでもできる。噴水に放りこまれたあの子は、幼児というほど小さくない。多分、女の細腕では一人じゃ無理だ。せめて二人は必要だろう」

「でも、二人いたなんて聞いてないぞ」

「後から合流することだってできるさ。目撃者の子供たちが落ち着いたら、その辺りも聞きだせる」

 簡単に反論されて、アルマがややむくれた。

「もう一つ。その二人が、クセロの部屋に入って行くのが見られていたとしたら、どうだ?」

 アルマが息を飲む。ようやく、自分たちがまずい立場にいることが実感できた。

「……すまねぇ、大将。おれがきっちりとカタつけてりゃ、こんなことには」

 珍しく、クセロは酷く落ちこんでいる。背を丸め、半ば頭を抱えて呻くように言った。

 グランが無造作に片手を振る。

「気にするな。お前がだらしなく女を連れこんだ挙句に、きっちりと殺されなかったからといって誰も責めたりはせん」

「いや幾ら何でもそこまで悔やんでねぇよ!?」

 流石にクセロが悲鳴じみた声を上げた。

 が、火竜王の高位の巫子は構わず続ける。

「もしも他の者が気づいて救助していても、救助が間に合わなかったとしても、僕らに容疑をかけられる。都合よくオーリが駆けつけた、ということで、余計に全て仕組まれたことではないか、という疑惑も出るだろう」

「ですが、本当に私たちがそう企んでいるのなら、わざわざ城塞を閉鎖しないのではないですか? 犯人が捕まって、誰が仕組んだのかをばらされたら困る筈ですよね」

 ペルルが、不思議そうに尋ねた。一同が彼女を注視して、そして顔を見合わせる。

「それは、確かに道理だ」

 ようやく薄い笑みを浮かべ、グランは呟いた。

「でも、まあ、自分たちから言い出さないようにしないと。言い訳を考えてあったと取られかねない」

 オーリが、考えこみつつ述べる。

「なんだか、酷くややこしいことなのですね」

 困ったように、ペルルが呟く。

「そこまで頭が回る貴族がいりゃいいがな」

 まだ疑わしげに、クセロが毒づいた。




 苛立たしいほどにゆっくりと時間が流れる。

 やがて今日は晩餐会は行われないという知らせと、人数分の食事が運ばれてきた。

「毒が盛られてる可能性は否定できないかな」

 冬のさなかだというのに、色鮮やかな料理が並べられるのを、ぼんやりと見ながらオーリが呟く。

「まあな。奴らは僕たちを陥れたがっているが、殺すことを諦めた訳じゃないだろう。とはいえ、その程度の警戒はいつものことだが」

「……アルマよりも君が気楽に生きてるなんて思ってた訳じゃないけどね」

 グランの言葉に、呆れたように青年は独りごちた。幼い巫子はそれに軽く肩を竦める。

「お前は温く生きすぎだ」

「君の国の事情と一緒にしないでくれよ」

 軽口を叩きあう巫子たちを遠目で見て、アルマは溜め息をついた。




 そして、次の知らせが来たのは、夜も更けかけた時間になっていた。

 竜王の高位の巫子と、アルマの全員でおいで願いたい、との言葉に、不安が募る。

 それでも、案内の兵士の後について、彼らは無言で城塞内を進んだ。

 連れて行かれたのは、いつもの会議室ではなかった。

 居住区からは目につかない、小さな離れだ。周囲を、ぐるりと兵士が取り囲んで警戒している。

 案内人は、真っ直ぐに地下へ通じる階段へ向かった。

 空気は冷え、少々(かび)臭くはあるが、フルトゥナの執政所の地下へ入っていった経験よりはまだ快適ではある。

 地下にある部屋は、酷く殺風景だった。室内には壁際に幾つか椅子が置いてあるだけだ。

 その中には、貴族たちが既に集まっていた。数人は椅子に座っているが、大半は何人かずつ寄り集まって立っている。

 向けられる視線が剣呑だと感じるのは、意識しすぎだろうか。

「遅くにお呼び立てして、申し訳ない。だが、グラロス殿を噴水に投げこんだ犯人たちを捕まえたもので」

 モノマキア伯爵の声ですら、やや硬く聞こえてしまう。

「それは何よりです」

 薄く、儀礼的な笑みさえ浮かべ、グランが応じる。

 貴族たちが遠巻きに円を描くその中央に、縛り上げられたハウスメイドが二人、蹲っていた。


 二人は、雰囲気は何となく似ていた。髪は暗い茶色と黒。身を竦めているせいか、体型も似たように見える。通常ならばしっかりと結い上げられている髪は乱れ、衣類も心なしか薄汚れている。上目遣いにこちらを見上げる視線には憎悪が籠められていた。

 それぞれの背後には、剣を()いた兵士が立っている。

 クセロは、少なくとも表情を全く動かしていない。

 オーリが周囲を見回した。

「サピエンティア辺境伯の姿がないようですが」

 老齢ながらがっしりした体躯の彼は目立つ。この場にいれば、気づかない訳がなかった。

「先ほど、呼び出されて出て行ったところです。おっつけ戻ってくるでしょう」

 今到着した彼ら以外の者たちで、犯人の尋問はもう終わっているということか。

 でなければ、被害者の祖父である辺境伯が、どんな理由であれこの場にいない訳がない。

「その者たちが、犯人なのですか?」

 グランは話を戻した。

「はい。あの場にいた子供たちと、乳母が間違いないと証言しました。問い質しましたところ、すぐにこの者たちもそれを認めたのです」

 あまりに、呆気ない。

 捨て駒にされることが判っていて、それに殉じるつもりなのか。

「こちらの雇い人のようですが、身元は確かだったのですか」

 グランの表情に、深刻さは薄い。

 深く事情を探ろうとすれば関与を疑われる。しかし、いかにも興味がないようであれば、被害者であるサピエンティア辺境伯に対して情がないと非難されるだろう。

 微妙なさじ加減ではあるが、伊達に彼は三百年間政争に明け暮れていなかった。

「それが、今回客人が多く来るということで、臨時で雇った者たちでした。勿論、それなりの紹介状を持ってきた者を選んではいたのですが」

 モノマキア伯爵が、僅かに申し訳なさそうに告げる。

 おそらく、紹介状を書いた者まで遡ることは、時間的にまだできてはいまい。

「なるほど。それにしても、思ったよりも早く捕らえることができたのですね。素晴らしい」

「本館にいた者たちから面通しを始めたのです。三十人もしないうちに見つかったので、単純に運がよかったのですよ」

 伯爵が説明しつつ、謙遜する。が、グランは小首を傾げた。

「本館は、噴水から一番近い建物ではなかったですか?」

「はい」

「そんな近くにいたのですか? 逃げ出そうともせずに? しかもおとなしく捕らえられた?」

「おとなしく、ではありません。酷く抵抗しました」

 僅かにむっとして、反論が返ってくる。

「それは、面通しの前に? それとも、犯人だと告発された後ですか?」

 だが、幼い巫子は更に尋ねた。

「告発された後です。面通しの前に暴れていては、それこそ犯人だと言うようなものでしょう」

 その言葉に、グランが肩を竦める。

「彼女たちは若い娘だ。一度屈強な兵士に捕らえられれば、どれだけ抵抗しても逃げおおせる可能性はない。事実、その通りでした。僕がその立場なら、とにかく一刻も早く逃げ出しますね。ありとあらゆる出口を当たってみるし、それで駄目なら、絶対に面通しされないように隠れている。捕まりそうになったら不審に思われてもその場から逃走することに賭けます。なのに面通しを始めてから三十人以内なんて、よほど危機感のない犯人だ。しかも、一人ならともかく二人ともとは」

 周囲の貴族たちがざわめく。

 あまりにも容易く犯人が捕まったことに、ようやく不審を覚えたか。

「しかし、こやつらは」

 貴族の中から声が上がりかけて、慌てたように途切れる。

「何か?」

 やんわりと、グランが一同を眺め渡した。

 視線を逸らす者、モノマキア伯爵を見詰める者と様々だが、真っ直ぐ見返してくる者は少ない。

 伯爵が、小さく吐息を漏らした。改めて、アルマたちへと向き直る。

「皆様に、全員でいらして欲しい、とお願いしたのには、理由があるのです。どなたか、この娘たちをご存知ではいらっしゃいませんか」

 核心に切りこむ質問が、宙に浮いた。

 痛いほどの沈黙が続くかと思われたが。

「そりゃ、多分、おれだ」

 飄々と、クセロが片手を上げた。


「どのようなご関係で?」

 問いかけられて、上げた手をひらりと振る。

「誘惑されたり殺されかけたり反撃したりって関係だよ」

 驚いたような、戸惑ったようなざわめきが起きる。

 グランが呆れたように溜め息をついた。

 金髪の男は、ふらりと前に出た。のんびりとしたその歩調に、思わず周囲の貴族が道を空ける。

 が、最後の一歩を、だん、と強く踏みこんだ。石造りの床に(うずくま)る二人のハウスメイドは、ほぼ顔の前で発した音に、びく、と身を震わせる。

「二度とおれの前に(つら)見せんな、って言っておいた筈だよな、ぁあ?」

 威圧的に、上から覗きこむ。蝋燭の灯りが遮られ、黒々とした影が二人の上に落ちた。

「カラダで(たぶら)かしでもしなきゃ殺しもできねぇゴミが、こともあろうに二人がかりで子供相手か? ああ、おれを殺せてもなけりゃ子供も成功してねぇな。しかもあっさり捕まるとか、本気で訊きたいんだが、恥ずかしくねぇのか? てめぇらで後始末もできねぇ辺り、お前らの組織もたかが知れるってもんだ」

「……イグニシアの、下層民が……!」

 憎悪に満ちた視線も、吐き捨てるような声も、クセロは気に障った様子もない。

「それがどうした」

 室内にいる貴族たちの空気が変わる。

 もう色々と諦めたのか、グランは表情一つ変えようとはしない。

「高貴な血筋だとか、ご立派な育ちだとか、そんなもんは竜王の前では屑だ。おれは確かに貧民街で生まれ育った。生き延びるために汚ぇことは幾らでもした。けどな、地竜王はこのおれを必要としたんだ。妬ましいのは判るが、文句があるなら竜王に言いな」

 オーリがその言葉に苦笑している。

「誰も妬ましくなど!」

「へぇ。竜王の巫子を殺しにきたりするもんだから、少なくとも妬まれてるか憎まれてるかだと思ったんだが?」

 ひょい、と背を反らせ、背後に視線を向ける。戸惑ったように、モノマキア伯爵は口を開いた。

「その……、その二人は、グラロス殿を殺すように貴方がたから命じられたと言っていたのですが」

 しかし、今のクセロとのやり取りを見て、そのまま納得できるものではない。

 茶色い髪の娘が、しまった、というような顔をした。高みから見下ろして、クセロが唇だけで莫迦が、と呟く。

 貴族たちが口々に囁き交わしている。

 巫子の無実を信じている者、犯人の自供を信じている者、その双方の思いがクセロの言葉で揺らぐ者、様々である。

 その姿を、じっとグランが見詰めている。記憶に残すように。

 そんな状況の中、扉が軋む音が室内に響いた。



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