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「ねえ、未来くんと別れてくれない?」


 こういう輩が存在するから、女の世界は恐ろしいと言われる。


「付き合ってないです」


 昼休み、忘れ物を取りに更衣室へ足を運ぶと、上級生三名に囲まれた冬守さんを発見した。明らかに空気はピリピリしているのに、冬守さんは欠片も怯えの色を浮かべない。いつも通りの無表情だ。ここへ来る前、未来くんが難しい顔でどこかへ歩いていくのを見た。冬守さんを探していたのかもしれない。


「嘘吐いてんじゃないわよ! 誰がどう見ても、未来くんの態度が違うじゃない!」

「そうですか?」

「そうよ! だったらあんたの正体は三択! 一・彼女、二・妹、三・実は男。さあ答えなさい!」


 私だったら三と答える。


「一番近いのは二です」

「でも血は繋がってないんでしょ?」

「はい」

「血の繋がってない妹とか! もっと質悪いわ!」


 冬守さんの口数が少ないのをいいことに、三人は徐々にヒートアップし、好き勝手な言葉を並べ立てる。ただ、自覚はないのだろうけど発言が何だかユニークだ。面白くて、私は出るに出られなくなってしまった。心の中で冬守さんに謝罪する。


「大体ねえ、あんたと未来くんじゃ一トンくらい釣り合わないのよ!」

「もうほんと月とミミズ……は、ちょっと言いすぎたかも」

「そうね、月とモグラがいいとこね」


 面白くとも悪口は悪口だ。冬守さんと立場が似ている身としては、彼女達の言葉に対して思うところがある。無言で聞いていた冬守さんは「はい」と一言した。


「いい表現ですね。凄いです」

「そ、そう?」

「じゃあ別れてよ」


 接続詞の使い方がおかしい。


「付き合ってないです」

「だからあ!」


 多分これ以上は水掛け論だ。いや、最初からそうだったけれど。このまま放置すると冬守さんは昼食の時間が遅くなり、未来くんは怒り、私は忘れ物が取れないと悪いことづくめ。

 ギャル系の上級生が三名。怖くないとは言えないが、私は歩を進めた。入口に向かって立っていた冬守さんが私に気付いて、考えの読めない瞳でじっと見つめてきた。


「冬守さん、何してるの?」


 呼べば、上級生は一斉にこちらを見た。


「誰? お友達?」

「あれだよ、染谷くんの彼女」

「あー。道理で美人だと」


 数歩歩いて、棚に置いてあったリップクリームを手に取る。


「私はこれを取りに来たんだけど」

「あんたには関係ないでしょ」

「そうよ。ただ話してるだけよ」


 私は冬守さんに話し掛けたのだから、彼女達こそ関係ない。それにただ話をしているだけなら、何もこんな、制汗剤の香りに満ちた場所でなくても。

 私は性格が悪い。自覚していて、それでも直そうとしないので、質も悪い。私が男だったらこんな女はノーセンキュー。


「まあ、そうかもしれないですね。じゃあ私は戻ります」


 にこりと笑って踵を返す。扉を開いて退室する間際、思い出したように私は振り返った。


「そうだ、冬守さん。未来くんが捜してたわよ。会ったら言っとくわね、ここにいたって」


 言い逃げ。

 更衣室横のトイレで待機していると、一分もしない内に三人は去っていった。何よあの女とか、染谷も趣味が悪いとか言いながら。彼女達よりはまだ私の方がましだと思うが。外見、頭脳、運動能力、愛想と要領の良さ、その他諸々。

 出てきた冬守さんが通り過ぎるのを待って、私は後ろから声を掛けた。


「春川さん?」

「ちょっとトイレに行ってたの。一緒に帰りましょ」

「うん」


 驚かせようとしたのだが、全然動じていない。まあ何となく予想はしていた。冬守さんが「!」を使うところが想像出来ない。


「ありがとう、春川さん」


 冬守さんは小さい。冬守さんの身長は百四十センチ後半で、私は百六十センチ前半。どうしても私を見上げる形になる。


「何が?」

「助けてくれたんだよね? 先輩から」

「あはは。あれくらいならお安い御用よ」


 正直に言おう。

 私は冬守さんの目があまり好きではない。形だとか、そういう一般的な部分の話ではなくて。何というのか。上手い表現が見付からないが、強いていうなら「呑み込まれそう」だと思う。渦巻き錯視を見ているかのような、妙な気分になる。


「冬守さん、やっぱり未来くんにちゃんと言った方がいいんじゃない? あなたのせいで私はこれだけ迷惑してるって」

「ううん、いい。去年よりは減ってるし。それに、綾香ちゃんにも悪いから」


 耐えるだけでは無意味に長引くだけだというのに。そうしてまで庇うのは、勿論自分ではないし、未来くんでもないように思う。意識的か無意識的かは分からないが、冬守さんが守ろうとしているのはきっと、あの上級生達のような存在だ。未来くんに心底嫌われると、残りの学生生活はつまらないものになる。実際にそうなった人を見たこともある。私の彼氏は明らかに未来くんに嫌われているのに、なぜかピンピンしている。今もサンドウィッチをおかずに親子丼を食べているのだろう。不思議だ。


「付き合ってるのよね? そのくらいは遠慮なく言っていいと思うんだけど」

「いや、付き合ってないのです」

「は!?」


 思わず立ち止まって冬守さんを見る。大声を上げたせいで、少し注目を集めてしまった。昼休みで、あまり人がいなかったのは幸いだ。取り繕うように笑って、私達は再び足を動かし始める。


「え……嘘でしょ? 嘘よね?」

「本当だけど」

「いや、いや……え? え、だって……ええ? じゃあ何? 全部ただの噂?」

「うん」

「ええー……。でも冬守さん、全然否定しないじゃない」


 そういえば肯定もしていないけれど。


「聞かれたら違うって言ってるよ」

「えーっと……冬守さんは未来くんのこと、好き? というか、付き合いたいと思う?」

「友達。告白されたら付き合うけど、そんなことされないと思う。月とモグラだから」

「気に入ったのね、それ……」


 うわあ、と内心呟いた。誰がどう見ても、未来くんは絶対に冬守さんが好きだ。上級生の言った通り、態度が違う。冬護と冬守さんへの態度を比べると、もはや口調すら違う。冬守さんの脳内では一体何がどうなっているのだろう。不快に受け取られない程度に突いてみようと思ったが、残念。見つかってしまった。


「咲!」


 未来くんはちょうど教室から出てきたところだった。恐らく冬守さんを捜して、見付からなかったので教室で待機していたのだろう。そして今一度捜しに行こうと教室を出た。


「冬守さん、私の名前使っていいわよ」


 こっそりと耳打ちすると、同じく小声でお礼を言われた。どこに行っていたか尋ねられても、頭のいい冬守さんなら上手く誤魔化せるだろう。


「トイレに行ってくるわね」


 冬守さんは不思議そうな顔をしたのが不思議だった。トイレに足を踏み入れてから思い出す。先程待機していた時、トイレに行っていたと説明したのだった。極度の頻尿だと思われたらどうしようか。どうしようもない。

 用を足して手を洗う。リップクリームを塗っていると、鏡の私と目が合った。見た目は綺麗だ。女子にしては背が高いし、日本人にしては手足が長い。去年は一学年のミスに選ばれた。外見は内面を表さない。私も冬護も。


『春川って大人っぽいよな』

『よく言われるわ』

『小人には興味ないって感じ』


 言葉に何か意味が込められているのが分かって、じっと冬護の目を見た。一年の五月頃。冬護は含みを持たせ、いたずらっぽく笑った。

『俺のこと、防波堤に使わない?』


『あら、恩着せがましいのね。「防波堤がほしいです」の間違いでしょ?』

『春川様、Sの片鱗がチラリズムだよ……。まあそんな感じ。詳しく言えば波消しブロックかな』


 そして約一年。随分と入れ込んでしまったものだ。仕方がない。冬護は本当に珍しい人だから。周りの男なんて、頭がいいわけでも、特別顔がいいわけでも、性格が面白いわけでもない。性別上の理由から、ほぼ必然的に私より運動能力が優れているだけだ。そんな人を、どうやって異性として好きになればいいのか分からない。私のことを好きだと言いながら、私のことをお淑やかと称した日にはもう。あなたの長所を挙げてみて、と酷いことを言いそうになる。


「おー、春川。うんこ?」


 まあこれはこれで、私を男扱いしすぎだとは思うけれど。トイレから出ると、ちょうど左方から冬護が歩いてきた。


「想像に任せるわ。手伝いお疲れ様」

「いやほんと、山田先生俺使いすぎ……。多分同じこと考えたと思うんだけど、隣の先生から飴貰った。はい、どうぞ」


 軽く投げられたそれを咄嗟に受け取る。無骨な包装のど飴などではなく、可愛いキャラクターの絵が描かれていて。これを渡したのが女の先生だったら、なんて想像して、つい笑ってしまった。この飴玉、普通に考えてそうだろう。


「そのキャラ好きだっけ?」

「普通ね。ありがとう。さ、行きましょ」

「はいどー」


 こんなはずじゃなかったのに。

 その他大勢からの私への恋愛感情を纏めて、冬護に植え付けることが出来たら。私ばかりが冬護を好きで、それはとても不安だ。陳腐な表現だが、私達と冬守さん達を足して二で割ったら、その関係は私に都合がよさそうだ。


『昨日さ、冬守と喋ったんだけど』


 今朝、何とはなしに、けれど開口一番に言われた。


『やっぱ面白いな』


 冬護は多分、私よりも冬守さんに興味がある。冬守さんは少し変わっているけれど、素直でいい子なのは知っている。嫉妬なんて下らないもので、私は他人を嫌いにはなりたくない。


「冬護」

「ん?」

「ほんとはね。好きよ、冬護。このキャラクター」

「マジ? そりゃよかった」


 私の気持ちなど知らず、冬護は能天気に笑った。冬護の笑みは陽の光のようで、私はその顔が一番、

 ああ、本当にこんなはずじゃなかったのに。


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