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月のいた夜

作者: 叶島翔

月のない夜、暗い道で、うさぎさんに出会った。

知らない道を歩いていくときの、かわいいお店や、しゃれた表札、いかめしい樹を見つけたときの、あるいは見つけるかもしれないという、どきどきする感じは、恋のそれとよく似ている。そこでわたしは、マリーゴールド通りから細い路地へ、月のない夜の、得体の知れない明るさをたよりに、歩いていきました。十メートルほど歩いたところでしょうか、はじめましてこんばんはうさぎさん。今日は月の仕事もお休みですか。いいえナイストゥーミーチューお嬢さん、ぼくはもう月には戻れません、ひかることはもうできません、はずかしくて、暗いところに隠れてしまおうかと思っていたところです。なんとまあ!それは大変!うさぎさん、うさぎさん、せっかくだからこの暗い道を照らしてもらおうかとも思えたのに、そんな身勝手なことをついぞ二秒でも思ったわたしと、この先にご一緒しませんか。それはそれは、お嬢さん、お嬢さんのご期待にそえなくてほんとうにもう、申し訳ないのですが、こんなぼくでよければご一緒しましょう。うさぎさんの手をとって五十分、歩き続けた、そのむこうはなかなか見えない。うさぎさんの手には汗がじんじんと滲んできて、ああ緊張しているんだなあと思って、よっつの足音とつめたい水の手だけをたよりに、歩いた。得体の知れない明るさは、たよりなくて、やっぱりうさぎさんが光れたらいいのにとつよく思った。しんどいですかお嬢さん。いえいえ、まったく、といえば嘘になりますが。中途半端なこの明るさが、わたしの目にはつらいです。しかし、うさぎさんが光れないのなら仕方がありません、これをたよりにするしかないのですね。ほんとうにほんとうに、面目ない。光がなければ、ぼくはぼくたるそれを無くしたも同じです。それでも歩いてくれるお嬢さんと、こうして出会えたことで、隠れてしまって誰からも忘れ去られることが、防止されています、お嬢さん、すこしひとやすみしましょう、喉が渇きました。そういうと、うさぎさんの眼から、水が流れてきて、ふたりでそれを半分こして飲んだ。あしもとには水溜まりができて、そこにわたしと、うさぎさんと、得体の知れない光が映っていた。この光はなんだろう、だんだんつよくなっている、気がする、黄色い光だった、イエロースター、うさぎさんはそれをイエロースターと呼んだ。まさか!この地球に月いがいにも衛星があったなんて!おどろきをかくしきれない、顔をしていたら、にっこりとほほえんだ、うさぎさん、その刹那、得体の知れない光が、ぐんとつよくなって、光らないうさぎさんは、雪のような身体の白さをはねかえした。わたしは、あ、光った、と思った。光らない、光れないうさぎさんの、光れない光、つめたい、自ら発しない光に、どきどきを感じて、いよいよ体温が上がってきた。この先に、お嬢さんの行きたいところがあるのでしょう。あるのかはわからないけれど、それがなにかもわからないけれど、うさぎさんが、そう言うのだったら、そうなのかもしれません、ぜひ、お付き合いくださいませ。ええ、ぜひとも、ここで会ったも何かの縁、行けるところまで行こうではありませんか!ちからづよく立ち上がったうさぎさんは、わたしの手をにぎり、走り出した、あわててしまって、足がもつれそうになり、なにかを落とした気がした、体温は上がり続け、得体の知れない光はいよいよ輝きを増した。ああ光っている、光っているの、うさぎさん、あなたは光っているの。暗い道はだんだんとその白い素肌を見せて、いよいよ白さを増して、イエロースターは見えなくなった。うさぎさん、光っています。いいえ、それはあなたが光っているのです。うさぎさんが見えなくなる、眩しすぎて、光のむこうに消えていく、うさぎさん。あるのは、握った手のひら、よっつの足音だけ、体温が、どきどきが、熱となって、地面も、壁も、空も、うさぎさんも、すべてについて伝わっていく。うさぎさん、あなたが見えない。それはつらいです。こわい、わたしこわい。わたしは一体なんなのですか、うさぎさん。お嬢さん、いいえ、ほたるさん、あなたは太陽です、かつて、わたしとともに、この星のまわりを回っていた、ほたるさん。ああ!なんてことなの、わたしが太陽だったなんて!ごらんなさい、あなたのその手を、その腕を、そのつま先を。また、あの頃に、帰りましょう。思い出せないけれど、なにか、懐かしい気持ちがします。でもわたし、いま、こわい。うさぎさん、が、見えない。うさぎさん、あなたはいま、どこにいますか。お嬢さん、安心してください、ぼくはここに居ます。なにもかも見えなくなった、光のなかで、右の手のひらが、つよくつよく、握られた。

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