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落星物語  作者: 間々 ようこ
果て
39/42

拉致

 深山の洞穴を抜け、風に従って風上へと歩を進める。火薬を盗んだ大罪人だ、隣国にも逃れられない。この際、海を渡って別の国を目指そうか。そう思っても、時折正気に戻っては事情を飲み、すぐに狂気に飲まれて椿を探し求める星を、長い船旅に連れて行くのは無理なように思われた。きっと彼女はいよいよおかしくなってしまう。そんな気がした。

「いっそ愛を遂げてしまったらどうだ」

 ある晩、火を囲みながら龍が貴子にささやいた。

「女はどんどん変えられるぜ」

「馬鹿を言うな」

「だが、ほかにどうしたらいい? 体に教えてやれよ」

「下種め」

 この言葉で、龍は立ち上がった。

「下種はどっちだ。今まで何人の女をその気にして、抱いてこなかった? 恥をかかせるなよ、彼女にも」

「彼女はおれを愛していない!」

 信じられない、と龍が口の中でつぶやく。それからつばを吐くと、背を向けた。

「彼女に聞いてみるんだな。なぜ彼女が死なない道を選んだか。その理由がお前にあると、おれは踏んでいるがね」

 龍が別の木陰に移動して、腰をおろすのを貴子は見守った。

(抱けと言われて、急に抱けるものか)

 眠る星の横に寝そべって、貴子は彼女の頬に手を伸ばした。思った以上に柔らかい肌の感触に、どきりとする。

「さらわれて、あなたの幸せはなくなってしまった」

「あなたは王に愛され、子を産み、かつて言っていたように、国母になるはずだったのに」

 ズキッと胸が痛む。

 そうだ、この人はおれに皇后の地位と刻もの地位を——未来を奪われたのだ。この人の父が、かつておれから父と母を奪って、王子の地位からおれを遠ざけたように。

「おれが憎いですか」

 そっと口づける。

「憎いわ」

 口づけた唇がかすかに動いた。顔を覗き込むと、うっすらと星が薄目を開けた。

「でも、好きよ」

 星が唇を求めてくる。腕が絡み合う。

「いいのですか」

「バカな人」

 二人は初めて、一つになった。

 気配を感じた龍は木陰で、ほっとして眠った。



 朝目が覚めると、星の姿がなかった。二人の男は珍しく熟睡していたので、気づいた時には既に遅かった。どこかで女の悲鳴がした。それから三頭の馬の蹄の音。

「三将軍が来たんだ」

 二人は悲鳴の聞こえた方に急いだ。邪魔する枝を払いもせず、葉が肌を切って血を吹いてもいとわず走る。風になったかのようだった。ごおごおと耳の中で音がうなる。

 茂みを抜けると、岩場だった。すぐに貴子は肩にかけていた弓をとりだし、矢をつがえる。

「隠れても無駄だ!」

 白銀の鎚が岩を砕き、奥から赤金が飛び出して来た。後ろに黒鉄がまわってくる。龍が剣を抜く。

「敵を離してくれ。おれは距離が欲しい」

「一人で三人は無理だ」

「正面の猿だけでいい」

「わかった」

 龍はふっと吹き矢で赤金の目を狙った。

「何をしやがる」

 龍に気が一瞬向いた間に、貴子はさっと横に逃げて距離をとると、別の岩場に走り込んだ。

「あ、まて」

「おれが相手だ」

 龍が背中から赤金を狙う。

「うるさい」

 振り向き様に赤金が小刀で龍の首に斬りつける。それを剣で払いのける龍。

「やるな」

「ふふ」

 二人が向かい合っている間、貴子が弓を構える。狙いは赤金だ。矢を射る。だが、間に白銀が入って彼の楯にあたる。が、それが割れて白銀の眉間寸前にまで貫通する。

「く」

 白銀が楯を捨てる。

「なんて威力だ」

「火薬を仕込んである」

「そうかい」

 黒鉄も踊りだして来るので、それをよけて場所を変え、黒鉄を射つ。一瞬、旅をしていたときの笑顔や泣き顔が浮かんだ。

「若」

 矢に倒れるかと思いきや、「まだまだですな」と黒鉄がそれを槍で払いのける。

 奥では龍と赤金が戦っている。

 龍が倒れ込む。

 赤金が飛びかかる。

「まて!」

 黒鉄の横をすり抜けて、矢が赤金の背中に突き立つ。

「なに」

「赤金」

 動揺する黒鉄に、もう一撃。白銀に向けた時には、白銀は星を抱え上げて馬を走らせていた。

 だが途中で足を止め、叫んだ。

「この娘は狂人か? 助けたくないのか」

「助けられるのか!?」

「宮殿には秘薬があると聞く。だがそれが必要なのは、おぬしの方かも知れぬ」

「この熱をもたらす死病のことか」

「知っていたか。この娘はわたしが連れて行く。おぬしはその首を賭けてこられるがよい。その首を代価に、薬をこの娘に飲ませるがよい」

「そんなことをすれば、亥虞修理は王位継承権を持つ正妃を妻にし、自分が王となるだろう」

「知らぬ。すでに椿さまを手なずけて摂政を楽しんでおられる」

「白銀、なぜ助けてくれるのだ」

「まさか。さらばだ」

 白銀は星をつれて去っていった。貴子はぐったりとしていた。熱がずっと下がっていない。今の戦闘で精も根も尽き果てたようだった。倒れ込んで、貴子は吐瀉した。そしてそのまま、倒れ込んだ。

「考えるのは、あとだ。一瞬、休むのだ」

 意識が途絶えた。

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