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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
36/42

微熱

 雨期が過ぎた。貴子は将軍として、軍勢を率いることを亥虞修理に頼まれた。位をもらっているからには、貴子は亥虞修理の臣下であった。しかし亥虞修理はいつまでも低姿勢であった。

「都を陥落させられますかな?」

「できます」

 貴子は頷いた。宰相はヒャグンに手を出しており、都は手薄。そのうえ、制圧したばかりのションルンにも兵を置いていた。

「都は川の近くです。増水させて、都を水攻めにいたします。高い城壁を、大砲で崩して中まで浸水させ、確実に戦意と戦力をそぎます。カンファンは高台にありますので、おそらく最後まで残りますが」

 ぐっと弓弦を握って、貴子がにやりと笑う。

「わたしの長弓で皇王をしとめましょう」

 ぞっとする笑みだった。貴子はこのごろ、何か吹っ切れたようだった。欲望を隠さないというか、残酷にも思えることを言うときが、たまにあった。

「なぜ変わったのか」

 ——は、誰にもわからないようだった。いや、赤金だけはわかっていた。

「あいつはな、男になったんだ。女を捨てたんだよ」

 まことのように言うが、真相は彼も知らない。ただ言えることは、前よりも親しみにくくなった、ということだった。

「貴子さん」

「なんだ」

 長い廊下を歩く貴子に、陽子が声をかける。

「わたしも戦に行きます」

「龍はいいのか」

「昌もいきます」

「勝手にしろ」

「はい」

 立ち止まる陽子を残して、貴子は足音をかつかつたてて歩き去る。

「どうしたのかしら」

 陽子も、困惑気味だ。


「いてえ」

 貴子は部屋の戸を閉めると、足首を抑えて倒れ込んだ。

 いつぞや、女官に噛まれた古傷が痛むのだ。

 靴を脱いでみると、たしかに腫れている。

 貴子は大の字になって寝転ぶと、額に手を当てた。じわりと生暖かい。微熱があるのだ。

「もうずっと、こうだ」

 貴子の脳裏に、死の病ではという不安がよぎる。

「おれと関係を持った女も、きっと死ぬ」

 つぶやいて、黄珠を思い出す。

「結局、何もできなかった」

 乾いた笑いがあふれてくる。あの雨の日、彼は熱に怖じ気づいて、何も果たせなかったのだった。

「おれ、死ぬのかなあ」

 つぶやき、目を閉じる。深く息を吸って、吐いてをくりかえしているうちに、とろとろ眠りにつきかけた。その最後の意識が残っている時、耳元で「貴子」と誰かが呼ぶ声がした。

 はっと目を覚ますも、体が動かない。息も苦しい。少し混乱したが、なんとか頭だけ動かせることに気づいた。

「貴子」

 そこには、星が立っていた。

「星さま!」

「わたしをカンファンに迎えにきて。待っています。お願い」

 すすり泣きながら立ち消えた幻像に、追いすがろうとして金縛りが解けた。

「星さま!」

(おれ、もうあなたを手に入れることを、諦めなければならない体なんです)

(それでも、待っていてくださるのですか)

(……)

 ほろほろ涙が出てくる。

「そうだ、諦めちゃいけないんだ。なんとしても、皇王を倒して星さまを!」

 熱がいくらか引いたようだった。

「準備ができ次第、出立する!」

 部屋を飛び出し、貴子は高らかに叫んだ。

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