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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
33/42

帰投

「火薬はな、筒に硫黄と硝石をいれて、雲母、赤鉄鉱を混ぜて。それで」

 その晩親方は貴子にすべて教えてくれた。貴子はそれを紙に記述しおえると、丁寧に礼をした。

「礼には及ばん。娘の最後の頼みだ」

「最後の?」

「娘はもう帰ってこない。つまり、そういうことだ」

「え」

 驚いた貴子は、まんじりともせずに親方を見つめ返した。

「百姓の家の裏の池で、旦那と戦ったことがあると言っていた。一目惚れだそうだ」

「妖!」

「あの池は鍛錬でよく使っていたようだ。気合いのな」

 貴子は言葉もでない。

「まあ、今話しても詮無いことだ。さあ、帰国なさった方がいい」

「?」

「草原を何人かの足音がします。刺客でしょう」

「お嬢ちゃん」

「若」

「貴子さま」

 三人も、控えている。それから龍と、恋人の衣女きじょも。

「いま去っていただければ、こちらも助かるんですよ」

 机の下で親方が武器を持つ。戦うことになるかもしれないと、暗示しているようだった。

「さあ、裏から出て。山を抜ければ都の外です。そこからは、もうお分かりですね」

「うん」

 一同は物々しくなって来た外の物音を振り切るように、飛び出した。

「帰ろう」

「わたくし、国から出たくありません」

「え」

 衣女が困ったことを言い出す。

「やっぱり王宮に入りたいと思って」

「わかったよ、置いていくから」

「なんてことを言うんだ、赤金」

「だって、その方がいいじゃないか。たぶん敵の足止めになるよ」

「うう」

「わたくし、龍さまにもう魅力を感じませんのよ」

「衣女〜〜!」

「だから、わたくし残ります。行ってくださいまし」

 衣女は優しく微笑むと、振り返らずに来た道を歩き出す。

「彼女は多分、お前のことを」

 本気だったのだろうと言いかけて、貴子は反対のことを言った。

「遊びだったのだ、あきらめろ」

 彼女はきっと、足止めを買って出たのだろう。

「うう」

 男たちは山道を急ぐ。走りながら、ずっと龍は泣いていた。

 三ヶ月かけて来た道を、二月でたどって彼らは黒都に戻った。衣は汚れて所々汚れている。しかしみな、いい顔をしていた。

 火薬の製造法を持ち帰ったのだから。


 宮殿は大騒ぎだった。女たちが一面に花を撒いて、あたりは仮宮のようにいい香りだ。酒がいっぱいずつ振る舞われ、人々はほろ酔い。西洋風の噴水からは、酒があふれた。

「よくやってくれた、諸君」

 亥虞修理が一同を誉め立てる。

「貴子殿には、将軍の位を授けよう。お嫌ですかな?」

「いえ、ありがたく思います」

「それから龍君は、客としてもてなさせてもらおう」

「はい」

 会見が終わると宴がはじまった。浮かない顔の貴子の前には手つかずの料理が増えていく。

「たべろよ、お嬢ちゃん」

「そんなきぶんじゃ」

「踊り子が来るって言うのに。女だぞ、女」

「そんな気分では」

「あれ? 若、あの踊り子に見覚えがある気がするんですが」

 顔を上げると、覚えのある顔があった。

 黒髪を顎の横で斜めに切りそろえた、その人は。

「陽子!」

「旦那さま!」

 貴子の胸に陽子が飛び込む。二人は頬を寄せて喜びあう。

「死んだと思っていた」

「閃光弾で目をくらまして逃げちゃった」

「よかった」

「旦那さま! 会いたかった!」

 ここまで喜んでおきながら、貴子ははっとした。

 星さま。

 その心の変化を、陽子はすぐに察し、身を離した。

「ばか!」

 そして、どこかに走っていってしまった。

 貴子自身、自分の気持ちがよくわからなくなって来ていた。

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