帰投
「火薬はな、筒に硫黄と硝石をいれて、雲母、赤鉄鉱を混ぜて。それで」
その晩親方は貴子にすべて教えてくれた。貴子はそれを紙に記述しおえると、丁寧に礼をした。
「礼には及ばん。娘の最後の頼みだ」
「最後の?」
「娘はもう帰ってこない。つまり、そういうことだ」
「え」
驚いた貴子は、まんじりともせずに親方を見つめ返した。
「百姓の家の裏の池で、旦那と戦ったことがあると言っていた。一目惚れだそうだ」
「妖!」
「あの池は鍛錬でよく使っていたようだ。気合いのな」
貴子は言葉もでない。
「まあ、今話しても詮無いことだ。さあ、帰国なさった方がいい」
「?」
「草原を何人かの足音がします。刺客でしょう」
「お嬢ちゃん」
「若」
「貴子さま」
三人も、控えている。それから龍と、恋人の衣女も。
「いま去っていただければ、こちらも助かるんですよ」
机の下で親方が武器を持つ。戦うことになるかもしれないと、暗示しているようだった。
「さあ、裏から出て。山を抜ければ都の外です。そこからは、もうお分かりですね」
「うん」
一同は物々しくなって来た外の物音を振り切るように、飛び出した。
「帰ろう」
「わたくし、国から出たくありません」
「え」
衣女が困ったことを言い出す。
「やっぱり王宮に入りたいと思って」
「わかったよ、置いていくから」
「なんてことを言うんだ、赤金」
「だって、その方がいいじゃないか。たぶん敵の足止めになるよ」
「うう」
「わたくし、龍さまにもう魅力を感じませんのよ」
「衣女〜〜!」
「だから、わたくし残ります。行ってくださいまし」
衣女は優しく微笑むと、振り返らずに来た道を歩き出す。
「彼女は多分、お前のことを」
本気だったのだろうと言いかけて、貴子は反対のことを言った。
「遊びだったのだ、あきらめろ」
彼女はきっと、足止めを買って出たのだろう。
「うう」
男たちは山道を急ぐ。走りながら、ずっと龍は泣いていた。
三ヶ月かけて来た道を、二月でたどって彼らは黒都に戻った。衣は汚れて所々汚れている。しかしみな、いい顔をしていた。
火薬の製造法を持ち帰ったのだから。
宮殿は大騒ぎだった。女たちが一面に花を撒いて、あたりは仮宮のようにいい香りだ。酒がいっぱいずつ振る舞われ、人々はほろ酔い。西洋風の噴水からは、酒があふれた。
「よくやってくれた、諸君」
亥虞修理が一同を誉め立てる。
「貴子殿には、将軍の位を授けよう。お嫌ですかな?」
「いえ、ありがたく思います」
「それから龍君は、客としてもてなさせてもらおう」
「はい」
会見が終わると宴がはじまった。浮かない顔の貴子の前には手つかずの料理が増えていく。
「たべろよ、お嬢ちゃん」
「そんなきぶんじゃ」
「踊り子が来るって言うのに。女だぞ、女」
「そんな気分では」
「あれ? 若、あの踊り子に見覚えがある気がするんですが」
顔を上げると、覚えのある顔があった。
黒髪を顎の横で斜めに切りそろえた、その人は。
「陽子!」
「旦那さま!」
貴子の胸に陽子が飛び込む。二人は頬を寄せて喜びあう。
「死んだと思っていた」
「閃光弾で目をくらまして逃げちゃった」
「よかった」
「旦那さま! 会いたかった!」
ここまで喜んでおきながら、貴子ははっとした。
星さま。
その心の変化を、陽子はすぐに察し、身を離した。
「ばか!」
そして、どこかに走っていってしまった。
貴子自身、自分の気持ちがよくわからなくなって来ていた。




