潜入
「追えー!」「くせ者だ、追えー!」
貴子は女の格好で、追われていた。場所は王宮内である。
なんとか王宮内に龍の恋人の振りをして入りこんだものの、すぐに男だとばれてしまった。
そりゃそうだようなあ、おれも十七だもの。
とほほと、こうなるまでそれに気づかなかった自分にあきれかえる。とにかく、何が何でも火薬の製造法を見つけ出さねば。
そこへ、白い影が閃光とともに現れる。
「わあ」
追っ手が目つぶしにあって足止めになる。
「旦那さま、こっちです!」
みると、陽子である。白い動きやすそうな衣をまとい、格闘武器を手にして目の前に立っていた。
「逃がして差し上げます。さあ、こちらへ」
「おまえ?」
「わたしは王の隠密。この王宮は、庭ですわ」
「何だって」
「なんでこんなことをなさったんですか!」
二人は走りながら問答を繰り返す。
「ある人を手に入れるためだ」
その答えに、陽子がちらりと貴子を見る。
「女性ですか」
「……うん」
陽子は何か考えているようだった。
「あたし、あなたと未来を生きたかった」
「え」
「あたしなら、あなたの暗い顔を笑わせられるって、思ったんだけど」
墓地を抜けて、草原にでる。
「さあ、ここから道をまっすぐに行くとわたしに実家です。行ってください」
「お前もいくのだろう?」
「追っ手をまきます」
「陽子?」
陽子がにっこり笑って貴子に手を振る。
「またあとで」
陽子は死ぬ気なのだと、このとき貴子は気づかなかった。
「またあとで」
てをあげて、貴子は挨拶すると、背を向けて走り出した。
陽子は見届けると、墓地を駆け出した。
やがて、貴子は草原を抜けて、小さな民家にたどり着いた。
「おう、若! 女装ですかい?」
「まあな」
弾む息で、貴子は辺りを見回す。壁には武器がいっぱいだ。そして机の前には、黒く丸い何かの塊。触ろうとしたとたん、怒声が飛んできた。
「馬鹿野郎、死にたいのか! それは炸裂弾だ!」
「えっ」
何だそれはと思いながらも、怒声に驚いて手を引っ込める。
「よう、親方! 酒が切れているぜ」
「朱さん、飲み過ぎだ」
「そうはいったって、女がいなけりゃつまらない。酒が進むんだよ」
「女ならいるじゃないか」
「二階にだろ? 龍と仲良くしている女は、女じゃない」
「ははは」
親方と呼ばれた男は、貴子の肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。
「陽子から話は聞いている。火薬が欲しいんだろ?」
「いえ、火薬の作り方が知りたいんです」
「火薬は怖いぞ。凄まじい力をもたらしてくれる。その誘惑に負けないなら、教えてやろう」
「まけません。おれが欲しいのは、力じゃない。ある人が欲しいんです」
「わかった、あとで工房に来るといい。とりあえず、着替えを用意するから着替えなさい」
なぜこの人は火薬の作り方を知っているのだろうと思ったが、壁の武器と陽子が隠密であることを考えると、何となくわかるような気がした。
「ありがとうございます」
貴子は深々と頭を下げた。




