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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
31/42

 宿をでて、城門をくぐる。通行許可証は偽物だとばれなかった。やはり闇商を陽子が知っていてくれて、助かったのである。

「ね、あたし役に立つでしょ?」

 貴子に馴れ馴れしく腕をからませ、陽子はすっかりご機嫌だ。

「それで、どこなのだ。火薬職人の家は」

「教えられません」

 すっと陽子が離れる。

「どうしても火薬職人に会いたければ、王宮に行くのですね」

 腰に手を当てて、「まあ無理でしょうけど」と陽子が言ったときだった。

 大道芸人が十羽の白い鳥をぱっと手元から放した。そしてそれを次々に、何かで落とした。羽が落ち、鳥がどさどさ落ちてくる。

「ちょっと、なんてことするのよ」

 陽子が怒って芸人に文句を付ける。髭もじゃの芸人は、おもむろに鳥を拾って陽子の前に差し出した。

「五ルビンだ。とりたての鳥だぞ」

「い、いらないわ」

「そうか」

 芸人は無表情に続けた。

「そうそう、この鳥に打ち込んだ場所は麻酔のツボだ。しばらくすれば生き返る」

「ツボ? 鍼でも打ち込んだと言うの?」

 陽子の問いに、にやりと芸人が笑う。ぬっと筒を取り出して、「吹き矢だ」と誇る。

「吹き矢?」

 興味がなくて遠巻きにしていた貴子が、思わず芸人の目をのぞき見る。

 切れ長の美しい瞳。その目に、慈愛の色が浮かんだ。

「やあ、貴子じゃないか」

「龍! 龍平昌じゃないか!」

「龍だって?」

 黒鉄が口を挟む。

「おぬしの吹いた矢で、わしの目はつぶれてしまった。覚えているか」

「仮宮の近くで戦ったときですね」

「恨んではおらん。安心しろ」

 黒鉄が表情を緩める。手を差し出されて、なんとなく握った龍を、激痛が襲った。凄まじい力で黒鉄が握りしめて来たのだ。

「ははは、驚いたろう! ちょっとした仕返しじゃ」

「……」

 龍は苦笑いするほかなかった。

 ばさばさばさと、鳥が一斉に飛び立つ。

「目覚めたらしい」

「逃げてしまうわ」

「貴族の邸宅で飼われていた鳥だ。羽が切られていてうまく飛べない。すぐ戻ってくる」

「買ったの?」

「うん」

 龍が頷く。

「窓辺に置かれたかごが何とも悲しげでな。——後宮を思い出させられるのだ」

 後宮という響きの中に、明鈴や自分との悲喜が窺い知れた。

「ところで、お前たちはなぜここに」

「教えてあげるけど、ちょっとここを離れようか」

 よこに馬車が止まって、邪魔そうにしていた。往来を邪魔していたようだ。

「じゃあ、あたしの実家に呼んであげる」

「挨拶しろというの?」

「できれば」

「却下」

「大丈夫、お持て成しはいたします」

「しかし」


 結局、陽子の実家に足を向けたのは、赤金たち三将軍と陽子だけで、貴子と龍は酒場に足を止めた。

 龍は色の黒い顔をひげで覆わせていて、杯を傾けるとひげが濡れていた。

「なぜ、ひげを伸ばしたんだい?」

 話題もないので水を向けると、龍はひげを触りながら杯を置いた。

「違う人間になりたくて」

 何をバカなと笑おうと思ったが、龍は本気のようだった。貴子の胸が痛む。

 明鈴の面影がよぎった。

「それで、なれたのか?」

「ははは」

 悲しげに龍が笑う。

「変わっていないらしい。あたらしく好きになった女がいるが、なんだかお前に似ているんだ」

「へえ、どこの女だい?」

 興に乗って、貴子が訊ねる。

 がばっと龍が身を乗り出す。

「誰にも言わないなら、見せてやる」

「見せる? すぐ近くなのか?」

 うんと龍が頷く。

「ちょっと来い」


 二人は街の有力者の屋敷前に立った。裏手にいくと、土塀に破れ穴がある。そこに龍は顔を当てると、貴子を引っ張ってそこに誘った。

「いつもこんなことをしているの」

「おれも寂しくてな。あ、ほら、きた」

 見ると、確かに女の頃の貴子に似ている。女性は手に鳥を乗せている。その鳥がさえずると、龍のつれた鳥たちも歌いだした。

 女性がにっこりと微笑む。

「龍さんですね。この前鳥を連れて行かれた——」

「ええ、そうです。鳥もあなたが寂しいかと思って、また来てしまいました」

「まあ!」

 ホホホ、と笑った割りに女性は元気がない。

「どうしたのですか」

「龍さん、わたし、もうお会い出来ないのです」

「え!」

 龍があわてて土塀をのぼって、乗り越える。

「ああ、いけません、龍さま。わたし、王宮に上がることになったのです」

「王宮ですって!」

 龍が絶句する。

「あんな所、やめた方がいい」

「ご存知ですの?」

「いえ、いやあ」

 言葉を濁しつつ、龍は涙を流しはじめた。久しぶりにこの女だと思えばこれである。貴子が思うに、彼は情けなくなってしまったようだった。

「いかないでください」

 足元にすがりつかん勢いで懇願する。

 たしかに、情けない。

「おれはあなたのことが」

「龍さん!」

 女性もついに泣き出した。

「逃げましょう」

「龍さん!」

 言い出した龍は、本気だった。女性が困惑しつつも、心引かれているようだった。

「おれが代わりをしてやろうか」

 貴子が声を上げる。

「ちょうど、王宮に用があったのだ」

 

 ついにこの晩、龍は女性をさらい、陽子の実家へと身を隠したのだった。

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