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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
30/42

疾風

 夜になると、彼女はどこかへ出かけていった。あとを白銀につけさせると、白銀はめずらしく「巻かれた」と悔しそうに戻って来た。

「夕べの池の所にまで行ったら、消えてしまわれた。わたしが思いますに、彼女は忍びでは」

「忍び?」

「さよう。だからすぐに、消えたり、現れたりするのでしょう。そして裏情報に通じている」

「だが、あんな小娘が」

「おそらく妖は彼女でしょう」

「え!」

 貴子が驚いている横で、赤金と黒鉄は団子をほおばっている。

「お、密入りの団子ですな! うまい! うまいのう」

 急に黒鉄が泣き出す。本当にせわしない連中である。

「どうしたんだ、黒鉄」

「お優しい言葉、かたじけのうございます。拙者、少々娘を思い出してございます」

「ほう」

「娘は幼くして亡くなり申した。大好きな密入り団子を、のどにつかえましてな」

「余程慌てていたのだな」

「我が家は下級軍人で貧乏でした。拙者が戦に勝つたびに甘いものを買って帰っておりましたが、喜んだ娘は幼いためにむしゃぶりついて、のどに」

 おいおい泣くので、黒鉄の顔は真っ赤だ。

「まあ、おちつけ。お前がいっぱい食べていいから」

「赤金、ありがとう」

 鼻をかむと、黒鉄はむしゃむしゃと食べだした。

「あいつは時々、ああなるんだ。甘いものを食べさせると元気になる」

「若! 妖を討たねば男にはなれませんなあ!」

 食べ終わった黒鉄が、立ち上がって叫ぶ。

「あの小娘が妖なら、手込めにしてしまえば勝ちじゃないか」

 この赤金の発言に、貴子は腹を立てた。仮にも女の格好をしていただけあり、今の発言はいただけなかった。

「あの子が可愛いそうじゃないか、物みたいに、あんまりだ」

「お嬢ちゃん、あまいね」

 赤金がチッチと舌をならす。

「あの娘を手に入れれば、情報が手に入るんですよ。一応は統率者なのだから、それくらいの度胸とずる賢さがあってなんぼですっての」

「そんなつもりはない。お前がそんなつもりでいるとは思わなかった。だから酒飲みは嫌なのだ」

「あ! お嬢ちゃん、言いましたね? じゃあ、お嬢ちゃんだけでなんとかしているって言うんですかい? 妖だってしとめられないお嬢ちゃんに、言われたかないっすよ」

「やめろ、赤金」

「白銀」

 見にくい言い争いに白銀が仲裁に入る。

「わたしが話題にしたのがいけなかったのです。ここはあの娘のことは忘れて、また地道に足を使って調べましょう」

「なあに? そんなことしなくっていいのに!」

 え、と振り返ると、貴子の後ろで陽子が頬杖をついている。

「あたし、あなたたちの味方だよ。ほら、これ」

 差し出されて受け取ると、通商許可証だった。

「だってあたし、旦那さまの妻ですもの。これくらいはいたしますわ」

「誰が妻だって?」

「言い交わした仲です」

「まてまて」

「仕事もやめて来ました」

 貴子はあぜんとしていた。

「おれに、妻が出来ている」

「おめでとうございます、若!」

「なんだよ、出来てやがるじゃないか、お嬢ちゃん」

「風のごとくですな」

 とにもかくにも、許可証を手に入れた一行であった。

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