疾風
夜になると、彼女はどこかへ出かけていった。あとを白銀につけさせると、白銀はめずらしく「巻かれた」と悔しそうに戻って来た。
「夕べの池の所にまで行ったら、消えてしまわれた。わたしが思いますに、彼女は忍びでは」
「忍び?」
「さよう。だからすぐに、消えたり、現れたりするのでしょう。そして裏情報に通じている」
「だが、あんな小娘が」
「おそらく妖は彼女でしょう」
「え!」
貴子が驚いている横で、赤金と黒鉄は団子をほおばっている。
「お、密入りの団子ですな! うまい! うまいのう」
急に黒鉄が泣き出す。本当にせわしない連中である。
「どうしたんだ、黒鉄」
「お優しい言葉、かたじけのうございます。拙者、少々娘を思い出してございます」
「ほう」
「娘は幼くして亡くなり申した。大好きな密入り団子を、のどにつかえましてな」
「余程慌てていたのだな」
「我が家は下級軍人で貧乏でした。拙者が戦に勝つたびに甘いものを買って帰っておりましたが、喜んだ娘は幼いためにむしゃぶりついて、のどに」
おいおい泣くので、黒鉄の顔は真っ赤だ。
「まあ、おちつけ。お前がいっぱい食べていいから」
「赤金、ありがとう」
鼻をかむと、黒鉄はむしゃむしゃと食べだした。
「あいつは時々、ああなるんだ。甘いものを食べさせると元気になる」
「若! 妖を討たねば男にはなれませんなあ!」
食べ終わった黒鉄が、立ち上がって叫ぶ。
「あの小娘が妖なら、手込めにしてしまえば勝ちじゃないか」
この赤金の発言に、貴子は腹を立てた。仮にも女の格好をしていただけあり、今の発言はいただけなかった。
「あの子が可愛いそうじゃないか、物みたいに、あんまりだ」
「お嬢ちゃん、あまいね」
赤金がチッチと舌をならす。
「あの娘を手に入れれば、情報が手に入るんですよ。一応は統率者なのだから、それくらいの度胸とずる賢さがあってなんぼですっての」
「そんなつもりはない。お前がそんなつもりでいるとは思わなかった。だから酒飲みは嫌なのだ」
「あ! お嬢ちゃん、言いましたね? じゃあ、お嬢ちゃんだけでなんとかしているって言うんですかい? 妖だってしとめられないお嬢ちゃんに、言われたかないっすよ」
「やめろ、赤金」
「白銀」
見にくい言い争いに白銀が仲裁に入る。
「わたしが話題にしたのがいけなかったのです。ここはあの娘のことは忘れて、また地道に足を使って調べましょう」
「なあに? そんなことしなくっていいのに!」
え、と振り返ると、貴子の後ろで陽子が頬杖をついている。
「あたし、あなたたちの味方だよ。ほら、これ」
差し出されて受け取ると、通商許可証だった。
「だってあたし、旦那さまの妻ですもの。これくらいはいたしますわ」
「誰が妻だって?」
「言い交わした仲です」
「まてまて」
「仕事もやめて来ました」
貴子はあぜんとしていた。
「おれに、妻が出来ている」
「おめでとうございます、若!」
「なんだよ、出来てやがるじゃないか、お嬢ちゃん」
「風のごとくですな」
とにもかくにも、許可証を手に入れた一行であった。




