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落星物語  作者: 間々 ようこ
旅程
3/42

追っ手

 都はずれの山間一円に広がる大邸宅。仮宮と呼ばれるものが雲間に姿を見せたのは、そこから十里ほど離れた丘に登ったときだった。雨が上がった雲間に、虹を従えて現れたその屋敷の影は、これから行く所を極楽にも地獄にも思わせた。

 近くの村にさしかかったとき、馬上にあった何人かが剣を抜いた。龍平昌はぴたりと馬を止めたが、またゆっくりと歩き出す。

 明鈴はおびえているのか、震えている。貴子がその肩を抱くと、明鈴は荒い息でささやいた。

「あの人たち、血の匂いがする」

「そうだろうな。亥虞修理の屋敷にいたやつらだ」

「わかるわ」

「しい、だまれ」

 龍は二人を手で制する。彼は笑っていたが、緊張が走っていた。切れ長の目に、強い光が見え隠れする。殺気である。張り付いた笑顔がなおさら不気味であった。

 衣の青が、彼の顔色を青く染める。目だけが赤くぎらついている。

「おれが行く。ここで待っていろ」

 馬の蹄が河原の石をはじいて、かつかつ、こつこつと乾いた音を立てる。

 からん、ととんできた石が貴子のつま先を打つ。その石に一瞥もくれずに貴子は龍を見守る。

「あいつがしくじったら、すべて終わりだ。おれは王を討てない」

「しっ、祈って。龍さまに何も起きませんように」

 手をあわせて明鈴は必死に祈っている様子だった。

「亥虞さまの追っ手ですか」

「お前は王の手先だったのだな。グン・プトンの商人だなどと、嘘をついて」

「反乱軍に国の宝は渡せません」

「王の子を産むかもしれない女人だものな」

 吐き捨てるように、黒い甲冑をまとい、無精ひげを伸ばした男が言う。

「王は、我らの主である亥さまの城を、何度も焼いた。かつて王に弓引いた方をお守りしたことを、今でも許さない狭量な王めが」

 赤色の鎧をつけた長髪の男が口ごもる。

「とにかく、だ。その女人たちを預かろう」

 低い声で白の衣を着た男が言い放つ。

「あなたがたは黒鉄、赤金、白銀の三将軍ですね。亥虞さまは本気ですな」

 いうやいわずや、龍は剣を抜き放ち、馬を駆けさせた。

「馬鹿な奴だ。三将軍がなぜ将軍と言われるか教えてやろう」

「中央を責めれば両端が包み込み、端を責めれば横を責められる。一人で勝てるはずがないのだ」

「馬鹿はそっちだ」

 龍が叫ぶ。

「貴子!」

「わかっている!」

 短刀をもって、貴子が飛び込んできていた。

「まさか!」

「でも二人ぐらい」

 その時、川原石がばかばか飛んで来はじめた。

「龍さま! お助けします!」

「明鈴、馬を狙え!」

 龍が声を上げる。

「馬で蹴散らせ」

「だめだ、貴子さまが飛び乗って来ていて!」

「蹴落とせ」

「亥虞さまに怒られる」

「俺に任せろ」

 黒鉄が槍を振り回す。槍纓が赤くごうと揺れる。血の匂いが染み付いているらしく、気分が悪くなる。ひと振りするたびに頭がふらついた。

「千人の血を吸った槍だ、ただの槍ではない」

 責め立てられた龍は体を反らして叫ぶ。

「魔槍などあるものか! 世の中には金と女と権力しかないんだよ!」

「じゃあ、味わうがいい」

 いよいよ窮地の龍を、黒鉄の槍が追いつめる。それを横から二人の将軍が挟み込もうとする。後ろは木である。

 その時貴子は赤金の後ろから龍を引きずり倒して落馬させると、短刀を赤金に突き付けた。

「さすぞ!」

 場の空気が凍り付く。だが、黒鉄の槍は地面に転がる龍を捕らえていた。

「あ、まて!」

 槍が龍を貫こうとしたときだ。ひゅっと空気を裂く音がした時、急に槍がひるんだ。

「目が! 目が!」

 黒鉄が目を抑えて呻いた。

 見ると、龍が筒を手に笑っている。

「何をしたんだ」

「吹き矢さ」

「く、撤退だ」

「目がいてえよう、くそう」

 赤金と黒鉄が去っていく中、白銀は足を止めて、まじまじと貴子を見つめる。

 その顔は、なぜか懐かしそうであった。

「あなたのご両親に、お会いしてみたいものです」

「亡くなりました」

「そうでしょうな。あなたの後ろに、立っておられます」

「え?」

 貴子が振り返る。龍と目が合って、貴子は首を傾げる。

「あのう」

 言おうと振り返った時には、白銀は去っていた。

「助かった」

「なんてアヌケな奴らだ」

 龍はカラカラ笑って、明鈴を見つめた。

「よく助けてくれたな」

「え」

「二度は言わん。いくぞ」

 そっけなく勝手に言うことだけ言って、龍は馬を進める。からころと石がころがり、小さい石が明鈴の足元にとんだ。

「あいつ、明鈴のこと」

 ほのかに梅の香りがする。明鈴は石を拾って顔を赤らめた。

「なんて男らしいんでしょう」

「そうかい?」

 明鈴はとことこと龍のあとをついていく。もう足はいいようだが、まだ走れない。

 龍が少し、馬の歩を緩める。

「ふうん」

 貴子は二人の距離に変化が出たことに、気づくのだった。

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