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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
29/42

陽子

「それはほんとうか」

 赤金が絶望に似た声を上げる。

「おうよ、昔は国外の小さな集落に、いくつか妓楼もあったんだがよ、それを目当てに国外脱出するバカが多かったから取り潰されたんだ」

 にぎやかな酒場でも通るほどの大声で、赤金は泣き出した。

「お、おんな、おんながあ」

「よせ、はずかしい」

「白銀、お前は寂しくないのか。国をでてもう何ヶ月だ?」

 はあ、と白銀がため息をつく。

「宿に移ろう。すっかり彼は酔っているようです」

 うん、と三人はうなずいて、赤金をつれて酒場をでようとするが、赤金がだだをこねて動かない。

「酒だけが俺の恋人になっちまったんだ、好きなだけ堪能させろお」

 えんえん泣くので、酔っぱらいたちがおもしろがって集まって来た。

「宿をお探しかい!」

 そこに、キレのある声がかけられた。朗らかで、でもしゃきっとしたその声は、まるで初夏の太陽のようだった。

 貴子が振り返ると、萌える若葉のような健やかな若い女性が立っていた。彼女はつやつやとした髪を顎の横で斜めに切りそろえ、真っ白な白目に映える黒目をきらきらさせている。

「あたし、いい宿を知っているよ」

「では頼む」

 黒鉄が心付けを小さな財布から出して、案内を頼む。女性はにこっと笑って、「ではでは、こちらです!」とぴんと右手を上げ、くるりと廻ってみせた。身軽な動きで、小リスのようだ。

「その酔っぱらいに飲ませる水はただにさせてもらいますね!」

「あ、ありがとう」

 明るさに気圧されて、貴子は疲れて来た。

「お客さん、名前は?」

「ん」

「あたし、陽子。よろしくね」

「おれは海だ」

 とっさにでた名前は、秀弓の名の一部だった。

 陽子はじっと貴子を見つめる。じーっと、穴でも開けるかのように。

「それ、偽名でしょ」

「え」

「やっだ、ほんとうに? あはは、ごめんね、遊んでみただけなんだけど」

 ムウ、とうなっているうちに、宿に着いた。すぐに二階の部屋に赤金を連れて行き、寝かしつける。白銀は日記を書いて、規則正しく就寝。黒鉄は裏庭で武術の鍛錬をすると言って、出て行った。

 さて、寝ようかと貴子が布団をかぶると、扉が開いた。

「もう鍛錬は、終わったのかい?」

「夜食をお持ちしました」

 黒鉄ではないようだ。起き上がると、陽子だった。

「頼んでないのに」

「心づくしです。お酒を飲んでらっしゃるの、ほかの三方だけのようでしたから」

「おれのために、わざわざ?」

 こくりと陽子がうなずく。

「来てくださったから」

「宿にちょうど困っていたんだ、声をかけてもらったときは渡りに舟だったよ」

「よかった!」

 陽子が口元を緩める。実に愛らしい口元だった。思わず見入っていると、その唇が何事かつぶやいた。

<だ・い・て>

 驚いて、貴子は陽子の目をまじまじ見つめた。

「あたしはこの宿で、そういうことをしている女です。どうぞ、ご遠慮なく」

「それは」

 困った、と思っていると赤金が起きだした。

「あ、女だ」

 これはまずい、襲いかかるかもしれないと思った貴子は、とっさに叫んでしまった。

「これは、おれの女だ!」

 はっと気づくと、白銀もむくりと起きだして、生暖かい目でこちらを見ていた。

「若」「お嬢ちゃん」

「海さま!」

 三人の声が飛びかかってくる。

「なんでもない、おれはちょっと出かける」

 貴子は宿を飛び出した。

「おや、若。若も汗を流されますか」

「いや、黒鉄。いまは、いい」

 泣きそうになりながら街道にでる。

「どこ行くんですか、旦那さま」

 振り返ると、陽子がいた。

「おまえ!?」

「あたし、尾行が得意なんです」

 陽子は目をきらきらさせている。

「こまったなあ」

「何でもお役に立ちますよ!」

「……本当に?」

「はい、旦那さま」

「おれは旦那では」

 いいながら、ふと思いつく。

「火薬職人の家を探しているんだけど」

「ああ、それはだめです」

「ほらな」

「いえ、違います、知っているんですけど、答えられないんです」

「そうかそうか、じゃあ、この国に入るための旅商許可書を手に入れる方法は、どうだ」

「闇で売買している人を知っています」

「本当!?」

「でも、教えてあげません」

 すねたように言うので、これは何かねだっているのだと貴子は直感する。

「どうしてほしい」

 陽子が目をしばたかす。

「好きって言ってください」

 頭がくらくらする貴子だったが、ついに口にしてしまう。

「ああ、好きだ、好きだ。だから、教えろ」

「わかった!」

 二人は宿に向かって歩き出した。

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