妖
「妖怪がでるんでさあ」
里はずれにある民家に泊めてもらうことにした貴子たち一行は、その家の主が恐ろしげに言うのを聞いて、笑った。
「妖怪なんているもんでしょうか」
貴子がそういうと、主は怒ったようだった。
「そんなこと言うなら、見てみればいいんだっちゃ! 毎晩裏の池に来て、何やらばたばた、奇声をあげて暴れ回るんだっちゃ。翌朝見ると池の水が減っているんだべ。人間の仕業じゃねえ」
「池の水が減る?」
そんなことがあるものだろうかと、一行は顔を見合わせる。
「面白いではありませんか」
白銀が白湯をすすりながら、ぽつりとつぶやく。
「妖怪を見に参りましょう。若の弓が通用するか、見に参るのです」
「おれの腕をみる、と?」
「さよう」
ことりと器を置く。
「旅にも飽きておりました。どうせなら妖怪でも退治して、気を引き締めましょう」
「うむ、賛成でありますぞ、若」
「珀、刻。では、そうしよう」
貴子がそういうと、主は口をあんぐりさせた。
「無茶だ」
「見てみろとおっしゃったではありませんか」
「んだけども」
「馳走になった。行って参る」
主は三人を戸口まで見送ると、怖がってすぐに戸を閉め切った。家中が震えているようだった。
それを置いて、三人は裏の池に足を運ぶ。
「なんてことはない。ただの池だぞ」
手を伸ばして貴子が池の水に触れる。唯一変わることがあるとすれば、ここの水はとても澄んで、美しかった。
「きれいだな、月を孕んでいる」
映り込む月はいっそう冷たく、輝いている。
「し、何か来る。茂みに隠れますぞ」
黒鉄が貴子を引っ張って茂みに沈める。白銀も、そっと身を潜める。
なにか歌が聞こえ始める。
「妖だ」
じっと待っていると、あたりの白い花が一斉に咲き出す。花びらがこぼれはじめ、あたりは花吹雪で包まれる。
「これはいよいよ魔物かもしれない」
やがて白い何かが現れ、水面に遊びだした。
「水に浮いている」
「ばかな」
気がつくと、貴子は矢をつがえていた。よく狙いを定めて、指を離す。
ヒュン、と音がして妖を貫く。
「何奴」
妖が叫ぶ。その手には、射たはずの矢が握られていた。
「そこか!」
ひとっ飛びで、妖が目の前に移動してくる。
「な、女!?」
長い髪をなびかせ、女が隠し剣で襲ってくる。見たこともない構えである。さやの中で速度を上げているのか、抜き様に恐ろしい速さで切り掛かってくる。
「おれは下がる、珀!」
「わたしが相手だ」
珀が間に割り込み、圧しながら守る。うしろから黒鉄が槍で対処する。その間に距離をとった貴子は、遠くから弓を射る。
「く、これでは決定力不足だ」
「赤金がいれば」
すべてを払いのける妖に、皆が驚いていた。再び花吹雪が巻き上がる。あっと思っていると、妖がまた跳んで、貴子に斬りつけて来た。
弓で思わず払うと、ツルが切れた。
「しまった」
その時後ろから、槍が飛んできた。妖がさっと姿を消したために、槍は貴子の顔の横を抜けて後ろの木に深々と刺さった。
「まずい! 赤金! いないのかあ!」
叫ぶと、「いるぜえ」との声がして、木の上から人が飛び降りて来た。ずうんと地面が揺れ、赤金が現れる。
「ここで昼寝してたらお前たちが来てさ——」
「嘘をつけ、ついて来ていただろう」
「白銀、お見通しだったのか?」
「まあいい、倒せ、ほら」
「倒すも何も、あれは——」
妖が斬りつけに来るのを、赤金は獲物を脇に挟むと腕を掴んで、強引に投げた。相手が体勢を立て直す間に突進するや、重い拳を腹に一撃振り下ろす。
だがそれをもよけると、妖は姿を消した。
急に辺りが暗くなり、花の幻影が消える。
「なんだったのだろう」
貴子が首を傾げていると、赤金が大声でつぶやく。
「女だよ」
「女?」
「それも、とびきりの別嬪さんのようです」
見ると、美しい櫛が落ちている。
「上等な品だ。いずこかのお嬢様なのだろう」
白銀は拾った櫛を貴子に渡す。
「探してみますか?」
「?」
「お嬢ちゃん、なんか、こんな時に言うのもなんだけどよお」
赤金がむずむずした様子で言い放つ。
「女が恋しくなっちまった。どこかでしけこみましょうぜ」
どっと一行が笑う。
「酒場で我慢してくれ。妓楼はちょっと、高いからね」
「若、妓楼に行ったことがおありなのですか」
「うん、いや、まあ……」
「お嬢ちゃんは男になっていたのか」
「いや、失敗したよ。酒を飲み過ぎたんだ」
「ああ」
男たちはにやにやしている。
「やはり今日は、妓楼にしましょう」
「え?」
「お嬢ちゃんの筆おろしという訳か」
「嫌ですか、若」
嫌かと聞かれて、うんとも嫌とも言えない男心。
「まあ、女を見れば気持ちも変わるだろう。いくぜっ」
赤金はすっかり浮かれている。




