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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
28/42

「妖怪がでるんでさあ」

 里はずれにある民家に泊めてもらうことにした貴子たち一行は、その家の主が恐ろしげに言うのを聞いて、笑った。

「妖怪なんているもんでしょうか」

 貴子がそういうと、主は怒ったようだった。

「そんなこと言うなら、見てみればいいんだっちゃ! 毎晩裏の池に来て、何やらばたばた、奇声をあげて暴れ回るんだっちゃ。翌朝見ると池の水が減っているんだべ。人間の仕業じゃねえ」

「池の水が減る?」

 そんなことがあるものだろうかと、一行は顔を見合わせる。

「面白いではありませんか」

 白銀が白湯をすすりながら、ぽつりとつぶやく。

「妖怪を見に参りましょう。若の弓が通用するか、見に参るのです」

「おれの腕をみる、と?」

「さよう」

 ことりと器を置く。

「旅にも飽きておりました。どうせなら妖怪でも退治して、気を引き締めましょう」

「うむ、賛成でありますぞ、若」

「珀、刻。では、そうしよう」

 貴子がそういうと、主は口をあんぐりさせた。

「無茶だ」

「見てみろとおっしゃったではありませんか」

「んだけども」

「馳走になった。行って参る」

 主は三人を戸口まで見送ると、怖がってすぐに戸を閉め切った。家中が震えているようだった。

 それを置いて、三人は裏の池に足を運ぶ。

「なんてことはない。ただの池だぞ」

 手を伸ばして貴子が池の水に触れる。唯一変わることがあるとすれば、ここの水はとても澄んで、美しかった。

「きれいだな、月を孕んでいる」

 映り込む月はいっそう冷たく、輝いている。

「し、何か来る。茂みに隠れますぞ」

 黒鉄が貴子を引っ張って茂みに沈める。白銀も、そっと身を潜める。

 なにか歌が聞こえ始める。

「妖だ」

 じっと待っていると、あたりの白い花が一斉に咲き出す。花びらがこぼれはじめ、あたりは花吹雪で包まれる。

「これはいよいよ魔物かもしれない」

 やがて白い何かが現れ、水面に遊びだした。

「水に浮いている」

「ばかな」

 気がつくと、貴子は矢をつがえていた。よく狙いを定めて、指を離す。

 ヒュン、と音がして妖を貫く。

「何奴」

 妖が叫ぶ。その手には、射たはずの矢が握られていた。

「そこか!」

 ひとっ飛びで、妖が目の前に移動してくる。

「な、女!?」

 長い髪をなびかせ、女が隠し剣で襲ってくる。見たこともない構えである。さやの中で速度を上げているのか、抜き様に恐ろしい速さで切り掛かってくる。

「おれは下がる、珀!」

「わたしが相手だ」

 珀が間に割り込み、圧しながら守る。うしろから黒鉄が槍で対処する。その間に距離をとった貴子は、遠くから弓を射る。

「く、これでは決定力不足だ」

「赤金がいれば」

 すべてを払いのける妖に、皆が驚いていた。再び花吹雪が巻き上がる。あっと思っていると、妖がまた跳んで、貴子に斬りつけて来た。

 弓で思わず払うと、ツルが切れた。

「しまった」

 その時後ろから、槍が飛んできた。妖がさっと姿を消したために、槍は貴子の顔の横を抜けて後ろの木に深々と刺さった。

「まずい! 赤金! いないのかあ!」

 叫ぶと、「いるぜえ」との声がして、木の上から人が飛び降りて来た。ずうんと地面が揺れ、赤金が現れる。

「ここで昼寝してたらお前たちが来てさ——」

「嘘をつけ、ついて来ていただろう」

「白銀、お見通しだったのか?」

「まあいい、倒せ、ほら」

「倒すも何も、あれは——」

 妖が斬りつけに来るのを、赤金は獲物を脇に挟むと腕を掴んで、強引に投げた。相手が体勢を立て直す間に突進するや、重い拳を腹に一撃振り下ろす。

 だがそれをもよけると、妖は姿を消した。

 急に辺りが暗くなり、花の幻影が消える。

「なんだったのだろう」

 貴子が首を傾げていると、赤金が大声でつぶやく。

「女だよ」

「女?」

「それも、とびきりの別嬪さんのようです」

 見ると、美しい櫛が落ちている。

「上等な品だ。いずこかのお嬢様なのだろう」

 白銀は拾った櫛を貴子に渡す。

「探してみますか?」

「?」

「お嬢ちゃん、なんか、こんな時に言うのもなんだけどよお」

 赤金がむずむずした様子で言い放つ。

「女が恋しくなっちまった。どこかでしけこみましょうぜ」

 どっと一行が笑う。

「酒場で我慢してくれ。妓楼はちょっと、高いからね」

「若、妓楼に行ったことがおありなのですか」

「うん、いや、まあ……」

「お嬢ちゃんは男になっていたのか」

「いや、失敗したよ。酒を飲み過ぎたんだ」

「ああ」

 男たちはにやにやしている。

「やはり今日は、妓楼にしましょう」

「え?」

「お嬢ちゃんの筆おろしという訳か」

「嫌ですか、若」

 嫌かと聞かれて、うんとも嫌とも言えない男心。

「まあ、女を見れば気持ちも変わるだろう。いくぜっ」

 赤金はすっかり浮かれている。

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