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落星物語  作者: 間々 ようこ
黒都
27/42

 山を越えることは、貴子にとって難しいことではなかった。元々山に住んでいたし、「百山の美姫」と険しく美しい山の化身のごとき異名をもっていた。山登りで鍛えた美しい足。少し日焼けした肌。しなやかな肉体が彼の武器であったが、今や彼の肩は弓を使う者の腕だった。強弓を使う彼は、目も肩もよく、遠くの獲物までも射抜ける。それが彼の今の武器であった。もちろん短弓も射て、二弓をつねに持ち歩いている。

 黒鉄は槍の名手であった。落ちる木の葉三枚を一撃で突けるというほどの技の持ち主である。彼の持つ槍は千人の血を吸い、魔槍となっていた。槍は黒光りし、それが動く時はごうと音がし、黒い風のようであった。そしてその時には決まって、三人の首が落ちた。彼は人格者で、常に書を読みふける努力家。年長なので三将軍を束ねる役割を担う。黒鉄のあだ名は黒風迅雷。また、名を刻蕃コク・バン

 白銀は鎚の達人だ。大きな白いたてを持ち、その影から繰り出す鎚は重く、誰の侵入も許さない。そして味方を守る壁になっている。たては時に武器になり、その圧す力は計り知れない。白銀はその固さから白岩の名で知られている。もちろん本名は別にあり、珀壁はく・へきである。

 赤金は格闘派だが、気の使い手で一撃で敵を倒す。その戦バカぶりには敵も驚く。朱閤しゅ・ごうというのが本名。獅子奮迅の戦いで、長いひげを風にたなびかせる所から「赤獅子」の名がついている。豪気で陽気。

 さて、この三人は夏の山をのぼると、隣国に入った。

 隣国・エンは武の国だ。それらしく国境には長い防壁が築かれ、多くの兵が守っている。その壁をたどりながら、多くの商人たちと出会い、話しては別れた。

 これにはもちろん訳があり、情報を集めているのだ。

「なにかわかったかい、お嬢ちゃん」

「うん、どうやら王宮の中で火薬がつくられているらしい。職人を呼んでの事業らしいから、職人を捜すといいんじゃないかと」

「職人はどこにいるんだよ?」

「たぶん王宮の近くに集められているはずだ」

「まずは都を目指せばいいってことだな」

 赤金が一番張り切っているようだった。

 彼は亥虞修理に依頼されたということが誇らしい様子だった。

「朱は気がいいからな」

「それは遠回しに、単純って言っているんだろう?」

 憤慨して赤金が地団駄を踏む。

「バカにしやがって!」

 もっていた棒で薮を叩いて突き回す。突然、がさっと薮から何かがでて来た。

「うわあ」

 エン兵であった。

「用を済ませていれば、人のことをツンツン、ツンツンと」

「あ、ごめんなさい」

 貴子が頭をぺこぺこ下げるが、兵はお冠だった。

「みれば商人ではなさそうだな。どこへ行くのだ。目的は」

「武術を極めるために旅をしています」

「証明書はあるのか」

「はい」

 差し出すと、兵はちらりと見ると、目の前でびりびりに破いて風にとばしたではないか。ふん、と鼻息を荒げて、気分が済んだのか去ろうとする。

「まて、このお!」

 赤金がつかみかかろうとするが、残の二将軍が抑える。

「何か用か」

「いいえ、なんでも」

 貴子が辞儀をして兵を見送る。兵はそのまま、行ってしまった。

「どうして殺さないんだ! お嬢ちゃん、あれがなければ城内に入れないんだぞ」

「殺せば騒ぎになって、入るどころではない」

「そうだぞ、なんて軽薄なことをしたんだ」

「まあまあ、そう怒られるな。わざとやったことではないのだから」

「馬鹿野郎、おれ様をかばったりなんか、するな!」

「赤金」

「わかりましたよ、おれがなんとかしますよ。なんとかすればいいんでしょう」

 ぷいと一向に背を向けて、赤金は歩き出した。貴子はしらけ気味である。黒鉄はあきれ顔、白銀は、気の毒そうに赤金を見送っている。

「期待しないで待ってるよ」

 声を遠くからかけたが、赤金はすっかりすねて、どこかへ行ってしまった。

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