秀弓
「隣国で火薬が開発されたのはご存知ですか、若」
黒鉄が刀を表で研ぎつつ、横で弓の手入れをする貴子に話しかける。貴子はたくましい肩をあらわに、弓のしなりを確かめる。
「うん、知っているよ」
それをほれぼれと黒鉄は見つめる。
「お顔立ちが女帝に似ていらっしゃるとはいえ、やはり秀弓さまのご子息だけあられる。いい肩をしておいでだ」
「父は弓の名手だったのか」
「さよう、秀弓というのは先々帝がお名付けになった名で、元は埜海芳と言う名前で、従四位の武官でいらした。……少々長くなりますが、お話いたしましょうか。
二十五年ほど前、秀弓さまは二十四歳でエリート街道をたどりはじめたばかりの若者でした。
当時の王は何秦皇王と呼ばれていました。皇后は後の和秦皇王で、シン皇王のお母様です。
何秦皇王には当時愛妾がいて、妙貴妃という女には男の子がおり、まだ子どものなかった和秦さまを見下した言動をしていました。
そしてついに皇后が懐妊なさると、貴妃は毒を盛ろうとしたのでございます。
どうしたかと申しますと、隣国からの使者をもてなす宴で、一人使者を増やしたのです。毒を献上させ、しかも「隣国からの懐妊なされたお妃さまへの贈り物でございます。どうぞお召し上がりくださいませ」と言わせたのです。
しかし独学で武術のために医学を修めていた秀弓はこれを見とがめ、半首離れた所から、毒物を弓で射抜いて食すのを止めたのです。
ここから和秦さまの覚えめでたく、何秦さまより剣を頂戴するに至ったのでございます。
それこそが、あなた様のお持ちだった短刀と、亥虞修理さまのお持ちだった剣でございます。
和秦さまはその後お子を死産なさり、何秦さまから冷遇されました。その間貴妃は恩赦を受け釈放されるも、密かにご寵愛を受け続けていたそうです。和秦さまのお気持ちを察してともに苦しんだ秀弓さま。
次第にお二人の気持ちが近づき、噂に寄れば男女の関係になったとも言いますが、お二人はずっと黙っていました。
元々才能のある若者であった秀弓さま。なぜか日ごとに弱る王に違和感を感じられました。
そして、ついに気づいてのです。貴妃が王に毒を盛っていたことに。それを助けていたのはカンファンの女官だということにも、気づきました。
秀弓さまは、勢力の一掃をしました。粛正につぐ粛正。
気づけばご自分が最高権力者。
恨みを買ったのも当然です。
楽章が秀弓さまに翻意があるとして弱った王に奏上、既にぼけていた王は秀弓追討を指示しました。
間もなく王は崩御、王座に皇后であった和秦さまが就かれ、騒ぎは治まるかと思われました。
しかし楽章は、秀弓さまが和秦さまに不貞を働いたとして朝議にかけたのです。これを止めれば和秦さまも不義密通を認めたと追放されてしまいます。
和秦さまには何秦さまとの、手元に生まれたばかりのシンさまがいらした。可愛かったでしょうね、王位を上げたいと行ってしばらく耐えていらした。
貴妃の子が、幼いながらに男児として存在していたからです。
——しかし和秦さまは、悩んで、ついに王宮にシンさまを残して秀弓さまのもとに走られました。子どもよりも、何秦さまよりも、秀弓を選んだのです。
そして幾度も戦が起きました。王である彼女が就いているのですから、秀弓が官軍、楽章が賊軍だったはずでした。
しかし楽章は、貴妃の子どもを王位に据えると宣言。あわてた和秦さまは王宮に戻り、一歳の我が子に譲位、そしてふたたび戦地に身を戻らされた。そしてそのまま、秀弓さまの死の知らせを聞いて、自害。亥虞修理さまがこれを看取ったのでございます。そして、彼女と一緒に行動していた彼だけが知っていた秘密。
それは、王宮に戻る前に秀弓さまの子を産んでいたという事実。薬師に拾わせ、年頃になれば迎えにいくと小刀を残して。それが——」
「おれ、か」
貴子はぼうっと空など見てみたが、何の感情もわかなかった。
「それで、妙貴妃の息子はどうなったのかな」
「生きておいででしたが、先頃なくなられました。祝さまの夫君でありました」
「なるほど」
感慨深い振りをして、貴子はうなずく。
「ところで火薬が出来たって?」
二人は軍事の指導者であった。




