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落星物語  作者: 間々 ようこ
官府
23/42

訛り

 明鈴はどこに行ったのだ。

 そのことばかり富山は考えている。

 明鈴の遺体が消えたことを、彼はとても悲しんでいた。いや、一種喜んでいもいるかもしれない。

「まだどこかで生きているかもしれない」

 と思えたからだ。しかしそう思うとまた、何故自分のそばにいないのだという気持ちにも、なる。

 そもそもなぜ明鈴は女官を殺したりしたのだろう。自分に言えば、もみ消してやったのに。それを、龍のやつが余計なことをして。

 舌打ちをすると、ますます苦々しく思えた。

「そうとも、龍が悪いのだ。あの男が、俺の恋人を殺したのだ」

 責任転嫁だった。ややもすると、自分のしたことのために、彼女が発狂して人を殺したような気がしてくる。だからどうしても、悪役が必要だった。

「龍、畜生。だれか、龍を呼んで来い」

 どかどかと足音をさせて、富山は部屋の中をぐるぐる回る。イライラして、悲しくて、仕方がない。気が狂いそうだ、と富山は部屋の柱に頭を押し付けて自分を制止する。

「お呼びですか」

 まもなく龍が現れた。白刃一閃、富山は龍に切りつけた。

 それをひょいとかわす、龍。

 富山は悔しかったが、何事もなかったような振りをして刀を収めた。今は体面が大事だった。

「どうなさったんです」

 何事もない振りを装っているが、龍の目にも殺気がちらちら見えていた。龍と富山の間に火花が散る。

 富山は因縁をつけるタイミングをうかがっている。

 二人は部屋の中央に、向かい合って座った。

「何かご用だったのでしょう」

「明鈴は」

 思っていた異常に感情が高ぶっていたようで、富山は思っていることをぺらりと口にしてしまった。

「明鈴は、何故死んだと思う」

 言いながら、言葉が涙に崩れるのを富山は感じていたが、止まらなかった。ぐっと手のひらを握り締め、顔をそむける。

「……あなたのせいです」

「わたしが?」

 驚いた富山が、嫌悪をあらわにする。

「お前のせいだろう! お前が、女官殺しに目をつぶっていてくれればよかったのだ」

 龍はぐっと唇を噛んだ。

「勝手な方ですね、だから明鈴は死んだんだ」

「気安く呼ぶな、俺の妻になるはずの女だったんだぞ」

「じゃあ、体面を気にせず、助ければよかったじゃないですか。あなたなら、助けられたでしょう」

「……」

 愕然とした様子で、富山は龍を見つめ返した。

「そうだ、何故気づかなかったんだろう」

「あなたは馬鹿ですか」

「ああ、馬鹿だ」

 ポロリと涙をこぼすと、富山は龍に背を向けた。その背は小刻みに震えている。

「お前もあるのだな、ソジャン訛り」

「え?」

「明鈴にもあったのだ。母と同じ、ソジャンの訛りが」

「富山様、まさかあなた」

「本気だった。これは死ぬ前のあいつにも言ったことだった。お前にも言うことになろうとはな」

 龍は何か考えていたが、あきらめたようにうなだれた。

「この歌、知っているか?」

 富山が歌いだす。


  ホウオウカブトのつる草ニャ

  絡んで死にたいやつもいる

  花も盛りの小娘の

  ほほも染めたし コモモバナ

  お前と一緒になる頃は

  蓮の上にいるじゃろな


 か細い声であった。女の声のように、美しい。

 それを聞いて、龍はある声を思い出した。

 炎の中で聞いた、誰かの歌声である。彼はずっとそれを母だと思っていた。

 だが、もしかして違ったのか、と龍は思った。

「わたしがソジャンを攻撃したときに、だれかが歌っていたのだ。この声を頼りに近づくと、血まみれの夫人が倒れていた。ソジャンの夫人だった」

(母上……!?)

「そしてその歌を、近くで歌っている少年がいた。私はその少年を城外に逃がし、荷車で逃がしたことがある」

 龍は、えっと思って富山を見た。

「同じ年くらいの少年だった。とても他人事には思えなかった」

「まさか」

「まさか、お前がその少年なのか?」

「……」

「明鈴はお前の妹なんだな?」

「……」

 次の瞬間、富山の腹には剣が突き立っていた。自分で突き立てたのだ。

「何故そんなことをするんですか……!」

「なぜかわからない。話しているうちに、そうすべきだと思ったのだ」

「富山様、ああ!」

 血が恐ろしい勢いで流れ出る。

「明鈴に会いたいなあ……」

 にっこり笑い、富山は気を失った。血が出すぎたのだ。このままでは死んでしまうと龍は思ったが、もはや手がつけられなかった。

「富山様、おれは勘違いをしていました」

 なきがらにすがって、龍はうめく。

「勝手な方だが、本気だったんですね」

 そして。

「なぜ神は俺から大事なものを奪うのだ。なぜ」

 このとき悲鳴が上がった。茶を持ってきた女官だった。

「ひ、人殺しい」

 違うと言う間に人が集まる気配がした。龍は舌打ちをした。

 何故こうなるんだ。

 せっかく科挙に受かって恋をして、妹が見つかって、それなのに。

「カンファンは、所詮居場所でないということなのか」

 龍は、屋敷の外まで逃げると(まるで城が落ちた日のようだ)と思った。

 そして、そのまま行方をくらませたのである。

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