訛り
明鈴はどこに行ったのだ。
そのことばかり富山は考えている。
明鈴の遺体が消えたことを、彼はとても悲しんでいた。いや、一種喜んでいもいるかもしれない。
「まだどこかで生きているかもしれない」
と思えたからだ。しかしそう思うとまた、何故自分のそばにいないのだという気持ちにも、なる。
そもそもなぜ明鈴は女官を殺したりしたのだろう。自分に言えば、もみ消してやったのに。それを、龍のやつが余計なことをして。
舌打ちをすると、ますます苦々しく思えた。
「そうとも、龍が悪いのだ。あの男が、俺の恋人を殺したのだ」
責任転嫁だった。ややもすると、自分のしたことのために、彼女が発狂して人を殺したような気がしてくる。だからどうしても、悪役が必要だった。
「龍、畜生。だれか、龍を呼んで来い」
どかどかと足音をさせて、富山は部屋の中をぐるぐる回る。イライラして、悲しくて、仕方がない。気が狂いそうだ、と富山は部屋の柱に頭を押し付けて自分を制止する。
「お呼びですか」
まもなく龍が現れた。白刃一閃、富山は龍に切りつけた。
それをひょいとかわす、龍。
富山は悔しかったが、何事もなかったような振りをして刀を収めた。今は体面が大事だった。
「どうなさったんです」
何事もない振りを装っているが、龍の目にも殺気がちらちら見えていた。龍と富山の間に火花が散る。
富山は因縁をつけるタイミングをうかがっている。
二人は部屋の中央に、向かい合って座った。
「何かご用だったのでしょう」
「明鈴は」
思っていた異常に感情が高ぶっていたようで、富山は思っていることをぺらりと口にしてしまった。
「明鈴は、何故死んだと思う」
言いながら、言葉が涙に崩れるのを富山は感じていたが、止まらなかった。ぐっと手のひらを握り締め、顔をそむける。
「……あなたのせいです」
「わたしが?」
驚いた富山が、嫌悪をあらわにする。
「お前のせいだろう! お前が、女官殺しに目をつぶっていてくれればよかったのだ」
龍はぐっと唇を噛んだ。
「勝手な方ですね、だから明鈴は死んだんだ」
「気安く呼ぶな、俺の妻になるはずの女だったんだぞ」
「じゃあ、体面を気にせず、助ければよかったじゃないですか。あなたなら、助けられたでしょう」
「……」
愕然とした様子で、富山は龍を見つめ返した。
「そうだ、何故気づかなかったんだろう」
「あなたは馬鹿ですか」
「ああ、馬鹿だ」
ポロリと涙をこぼすと、富山は龍に背を向けた。その背は小刻みに震えている。
「お前もあるのだな、ソジャン訛り」
「え?」
「明鈴にもあったのだ。母と同じ、ソジャンの訛りが」
「富山様、まさかあなた」
「本気だった。これは死ぬ前のあいつにも言ったことだった。お前にも言うことになろうとはな」
龍は何か考えていたが、あきらめたようにうなだれた。
「この歌、知っているか?」
富山が歌いだす。
ホウオウカブトのつる草ニャ
絡んで死にたいやつもいる
花も盛りの小娘の
ほほも染めたし コモモバナ
お前と一緒になる頃は
蓮の上にいるじゃろな
か細い声であった。女の声のように、美しい。
それを聞いて、龍はある声を思い出した。
炎の中で聞いた、誰かの歌声である。彼はずっとそれを母だと思っていた。
だが、もしかして違ったのか、と龍は思った。
「わたしがソジャンを攻撃したときに、だれかが歌っていたのだ。この声を頼りに近づくと、血まみれの夫人が倒れていた。ソジャンの夫人だった」
(母上……!?)
「そしてその歌を、近くで歌っている少年がいた。私はその少年を城外に逃がし、荷車で逃がしたことがある」
龍は、えっと思って富山を見た。
「同じ年くらいの少年だった。とても他人事には思えなかった」
「まさか」
「まさか、お前がその少年なのか?」
「……」
「明鈴はお前の妹なんだな?」
「……」
次の瞬間、富山の腹には剣が突き立っていた。自分で突き立てたのだ。
「何故そんなことをするんですか……!」
「なぜかわからない。話しているうちに、そうすべきだと思ったのだ」
「富山様、ああ!」
血が恐ろしい勢いで流れ出る。
「明鈴に会いたいなあ……」
にっこり笑い、富山は気を失った。血が出すぎたのだ。このままでは死んでしまうと龍は思ったが、もはや手がつけられなかった。
「富山様、おれは勘違いをしていました」
なきがらにすがって、龍はうめく。
「勝手な方だが、本気だったんですね」
そして。
「なぜ神は俺から大事なものを奪うのだ。なぜ」
このとき悲鳴が上がった。茶を持ってきた女官だった。
「ひ、人殺しい」
違うと言う間に人が集まる気配がした。龍は舌打ちをした。
何故こうなるんだ。
せっかく科挙に受かって恋をして、妹が見つかって、それなのに。
「カンファンは、所詮居場所でないということなのか」
龍は、屋敷の外まで逃げると(まるで城が落ちた日のようだ)と思った。
そして、そのまま行方をくらませたのである。




