姿
薬草摘みの朝は、桃色に木々が揺れ、華やかに、そしてさわやかに晴れている。
「美しいですな」
人々は各自朝から昼前までにかけて仮宮に移り、選ばれた女たちは車に乗せられて野原に運ばれた。
ただ一人の女だけは、馬に括り付けられて運ばれたが。
その女は、女官を殺したとして、河原での斬首が決まっている。
運ばれていく彼女の顔面は真っ白で、首を切るために邪魔となる髪の毛を、すっかり短く切られていた。白い衣は、薄汚れていた。
貴子はそれを見ることが、許されていなかった。星からの言いつけであったが、元の親友がつらい目に遭っているのを見せたくないからであると、貴子は解釈していた。
気が気ではない様子の貴子の側に、龍が久しぶりに寄って来た。
「俺に任せろ」
それだけ言うと、龍は目でうなずいて、去っていた。
「なんだろう」
龍の目は、少々赤くなっていた。夕べ寝ていないのかもしれないが、なにか思いつめた雰囲気もあった。
野原には陣が張られており、貴子は王妃を休ませると、すこし暇をもらって探索をはじめた。
もちろん、龍を捕まえるためである。
「いい女だな」「ばか、あれで式女長だぞ」「え」
そんな会話が至る所でされていたばかりか、明らかなる誘惑も何回か受けたが、貴子は素知らぬふうで去る。
(今日は、羽目を外しにきたのか)
見ると、きゃあきゃあと騒がしい箇所があった。長身長髪。
「あ」
「あ!」
お互いに顔を合わせ、二人はお互いに名前を呼んだ。
「貴子!」
「白銀!」
そうか、亥虞修理も朝臣ではあるのか、一応。
「逃げないでください」
白銀がまわりの女たちを押しのけて、貴子のもとにやってくる。
「来てください。このままではまずいのです」
「え?」
「ちょっと、ちょっとこちらへ」
「?」
連れて行かれた先は、亥虞修理の陣だった。
「一体、なんなんです。妻になんてなりませんよ」
「そうじゃございません」
「黄珠!」
見ると、黄珠が亥虞修理の肩をもんでいる。
「わたし、亥虞さまの妻ですの」
「黄珠!?」
驚いて声を上げるのを、赤金がやって来て、何かを投げこんだ。
「うるせえ、これでも着ていやがれ」
「男物の着物?」
「はやく。その形ではお前さん、女帝の子だと言ってまわるような物だ。楽章はもう完全に、そうだと思っている!」
「ええ?」
「立場が危ういんだ。黄珠から、いろいろと聞いている」
「密偵だったの?」
「はい」
黄珠はこともなげにうなずく。
「なぜ、わたしが女帝の子だと知っているのですか、あなたも——楽章も」
亥虞修理は一振りの刀を取り出した。
「これはわたしが、秀弓さまよりいただいた剣。そしてあなた様は、この姿に見覚えがあるはず」
「あ、小刀に似ている」
「対なのです」
ほうっとため息をついて、貴子は見たことのない父を思った。
「この刀があまりに立派なので素性が知れてしまったのです」
貴子をじっと見つめながら、亥虞修理が語る。
「女官が今日殺されます。あなたも、それと同じ目に遭うでしょう」
「——どういうことだ?」
「黄珠が聞いた話に寄れば、あなたのことを嗅ぎ回っている男がいて、あなたは男じゃないかと疑われています。いえ、実際そうなのですけれど、これがばれたら斬首どころではないでしょう」
「なぜ知っている?」
さすがの貴子も身構える。うっかりしていたが、なぜ彼らは自分のことを詳しく知っているのだろう。
「わたしは秀弓さまの最期を看取った武将です。あなたのお母様を薬師のもとに連れて行き、子を取り上げさせたのも、このわたしです。あなたが男か女かも知っていましたし、あなたを屋敷に呼んだのも、妻にしようとしたのではなかったのです」
「どういうわけだ?」
「続きはまたお話いたします、とにかく、早く男の格好になってくださいませ」
だが、それでは王妃の元に戻れなくなる。
困るではないか。
貴子は熟考した。熟考しているうちに、狩りがはじまったらしく馬に乗った男たちがかけていく音が聞こえはじめた。女たちがきゃあきゃあ声をかけている。
いいなあ、と貴子は思った。
いいなあ、自分が男なら、もっと動き回れるのにな。
男の姿なら、星さまにも求愛出来るのに
「そうだ、星さまは」
その時、本陣に動きがあった。
「処刑をするぞ」
「北の河原にひっそりと連れて行け」
その声を聞いたとき、貴子はあっと思った。
「馬に乗って連れていく」
「では、着替えていきなさい」
「お手伝いしますわ」
黄珠が貴子の服を脱がす。いくら男とわかっていても女の服を脱がすのには抵抗があるらしく、亥虞修理も白銀も、そっぽを向く。
「このお姿とも、最後になりますかしら」
「……そうかもわからんな」
貴子はつぶやいた。明鈴を救うためには、機動性の高い男の格好にならなければいけない。星のことも諦めたわけではない。
「ついでにひと暴れして、皇王の首も刈りたいくらいだが、馬が持つまい」
かかっと笑うと、男の姿になった貴子は馬にひらりと飛び乗った。
「明鈴を、助けるぞ」




