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落星物語  作者: 間々 ようこ
官府
20/42

 龍は宮殿の寝所で、眠れないでいた。血に染まって立ち尽くす明鈴のことが、頭から離れなかった。

(あの姿、どこかで見ているのだ)

 赤い血。炎のような赤い血。炎。

 頭の中がモヤモヤしだして、めまいがし、吐き気がした。

 ろうそくがちりちりと音を上げる。

(炎)

 じっとろうそくを見つめ、手を炎にかざす。

「あつ」

 手を引っ込めたとき、全身をゾワッとした何かが駆け巡り、古いやけどの跡がじんじんと熱くなった。

(そうだ、俺はなぜやけどをしたのだろう? ある日気づくと、おれは親父の屋敷に寝かされていた。人に頼まれたのだと親父は言っていた。誰に? どこから運ばれて来たんだ)

 龍ははっとする。

(母さん!)

 炎の中に赤い血をまとっていた、あの女性。

 夢にでて来る女性は、母さんだ。

 そしてその顔は、まるで——

「明鈴!」

 明鈴に、そっくりだったのである。

 急にすべてのことが理解出来た。

 十年前、ソジャンが攻略された。十五年前の秀氏の乱で、ソジャンが秀弓の味方をしたために、ずっとカンファンと交戦状態にあったのだ。

 最初は和議が結ばれようとしたが、宰相楽章がソジャンの使者を斬り捨てたため、話は頓挫。最終決戦が行われ、ソジャンは火攻めにあい、滅亡した。

 夜になり、火もまだ消えぬ頃、妹を連れて城外にでて、ふたたび火に飛び込んだ。

 妹は、「お兄ちゃん、待って」とずっと泣いていたのに、自分は母を探しに城内へ戻ったのだ。

 そして倒れていた所を、ある若者に助けられた。若者は名も告げずに、荷車に乗せて自分をグン・プトンに逃がしてくれたのだった。

「ああ、明鈴! お前は俺の妹だったのか!」

 先ほどの姿が思い起こされ、龍は頭をかきむしった。

「なぜ見逃さなかったのだ。なぜ、すぐに役人を呼んでしまったのだ」

 悔やまれた彼は、死罪の決まっている妹に、一つだけしてやれることを思いついた。

 おそらくただの死罪では済むまい。

 後宮の女を殺すことは、「王の女」を殺すことであり、「王の子を宿すかもしれない女」を殺したことになる。つまり、大罪なのだ。

「明鈴」

 龍は明鈴に最初に誓ったことを思い出した。

「俺が守る。大切にする」

 心を決めた龍は、「明日必ず、救ってやるぞ」とむせび泣いた。 

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