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落星物語  作者: 間々 ようこ
旅程
2/42

告白

「わたしは水を汲んでくるから、明鈴は龍さんを起こして差し上げて」

 龍平の衣をかけて眠っている明鈴の肩を揺すって、貴子は桶をもって水音のする方へ歩いていく。からん、からんと音が遠ざかっていく。明鈴は薄目を開けて首をもたげ、横に眠る龍平の腕を、そっとなでる。

「龍さま」

 遠慮がちなその呼びかけに、龍は過敏に反応した。彼は目を覚ますなり懐の小刀に手を伸ばした。

「何奴」

 叫ぶのと同時に、彼は膨らんだ殺気をふっとおさめた。目が覚め、目の前にいるのが敵ではないと判断したらしい。切れ長の目を自嘲にゆがめ、彼は刀をおさめた。

「驚いたろう」

「いえ、父も兄もそうでした」

 にっこり笑って言う明鈴の気持ちのうちを、龍は感じたの感じないのか、すっと目をそらし、「あのソジャンの城塞都市が陥落した日、お前はいくつだったんだ」と前髪をいじった。

「七つでした」

「あれから九年? もっとか?」

「十年です」

 視線を感じ、うつむいていた明鈴は顔を上げた。すいっと龍が顔を背ける。見つめられていたのだろうか、と明鈴は顔を赤らめる。指先をあわせたり離したりしながら、長い睫毛をしばたかせて上目遣いで龍を見るが、龍は「貴子は」と馬の方へと離れていく。

「ちょっと水を飲ませてくる」

「あの、貴子がそのうちに水をもって来ます」

「いいんだ。歩かせてやらねば」

 あまりに優しいまなざしで馬を見るので、明鈴は止める言葉を飲み込んだ。貴子の側になんて、本当は行ってほしくなかったのに。

 沢の方に歩いていく龍と、引き上げてくる貴子の声が聞こえてくる。

「おはようございます」

「よう」

「ずいぶんゆっくりですね、明鈴が優しいのかな」

「ふん、まあ……そうだな」

 明鈴は気がつくと、二人と反対の道を歩き出していた。ぽきり、ぽきりと枝を折りながら道を進む。貴子に自分のことを話してほしくなかった。まして龍平と、自分の話をしてほしくない。何か、重たいものが胸に支えていた。

「何よ、ちょっと美人だからって」

 明鈴は思う。

 あの黒曜石のような瞳が自分にあれば、自分だってもっときれいだったろう。

 あのバラ色の頬のようなら、自分だってもっと。

 自分だって、もっと、もっと、もっと。

 考えているうちに、彼女はぬかるみに足を滑らせた。

「きゃあ」

 尻餅をついたとき、彼女の足に激痛が走った。

「なによ、これ」

 立とうとしても、立ち上がれない。

「嘘、挫いたのかしら」

 どうして自分はこうなのだ。あの、城が陥落した日も、自分は足を挫かせた。姉が自分をおぶっていたが、捕まりそうになり明鈴を納屋に隠して、かばったために殺された。助けてくれたのは龍に似た二番目の兄だったが、彼もまた城の外まで明鈴をかばって逃がしてくれたが、その後姉の遺体を探しに火の海に飛び込んで、戻らなかった。

「ただ、ちょっとすねただけだったのに、神様はそれもお許しにならないの?」

 そのとき、ガサガサと木の葉が揺れた。野犬かもしれない。おびえる明鈴の手を、誰かが引っ張った。

 次の瞬間、横っ面が張られた。

「明鈴!」

 目の前には、泣き顔の貴子の顔があった。腕には木の枝で出来た傷がいっぱいついていた。

「ばか、ここらは危ないのに一人で! 大事な友達なのに!」

 え、と明鈴は口ごもった。

「ともだち?」

「そう、ちがう?」

「ちがうわ、だって」

 だって、とつぶやいて、明鈴は首を横に振った。

「ともだちになりたい」

「何言っているの?」

 貴子の言葉に、明鈴はたじろぐ。

「え?」

「何言っているの、もう友達よ」

 貴子は明鈴の気持ちを聞きながら、おぶってもと来た道をたどる。

「そうか、お兄さんに似ているのか。それじゃ、惚れるのも仕方ないなあ」

「でも龍さんは貴子が好き見たい」

「失恋さ、俺に惚れても意味がない」

「おれ?」

「ん? ああ、いや、もうすぐ王にお仕えする身分だし」

「そうね、でも俺って?」

「ははは」

 貴子は明鈴の手をつかんで、そっと自分の胸元に導いた。明鈴が手を引っ込めようとするので、半ば強引である。

「あれ」

「ないでしょ」

「ない」

「胸がない」

「そ」

 貴子は舌をだして笑う。

「俺、男なんだよね」

「嘘でしょう!?」

 貴子はカラカラ笑う。

「俺、王の後宮に上がって、王の寝首をかく予定なんだ。だから、女の振りをしている」

「ずっと?」

「詳しく知る必要ないよ。君に危険が及ぶ」

「でも」

「大丈夫さ。へまをする気はないのだ。君さえ黙っていてくれれば」

 さて、と言って貴子が河原の大きな岩の上に明鈴をおろす。そしてさっと衣を裂くと、水に浸して明鈴の足に巻く。

「でも、それじゃあ龍さんに迷惑が」

「ふん、そうかい? 帝国の内吏なんか知らないよ」

「だ、だめよ!」

 明鈴は血相を変える。

「明鈴を泣かせたくは、ないな」

「そうよ、泣かさないで」

「じゃあ」

 明鈴の上に、貴子がのしかかる。

「俺と一緒になればいいんだ」

「ばか! 最低!」

 ばしばし叩く明鈴を押さえつけ、貴子は無理矢理口づけする振りをする。

「君はソジャンの姫君だ。大事にするよ。俺の父もソジャン出身なのだ」

「でも」

「ソジャンを再興させたくないか?」

「でも」

「おーい、探したぞ」

 そこへ、龍がやってくる。貴子はまた優しく笑うと、「よく考えておいて」と低くつぶやき、体を離した。

 明鈴は震えていた。

<ソジャンが再興出来るかもしれない>

<でも龍さんが>

<ソジャン>

 悩む彼女は、例えようもなく美しく見え、貴子はそれを眺めながら三日ほど過ごすに至った。貴子はなぜか、意地悪であった。


 一行が都への道を再び辿りはじめたのは、四日目の朝だった。

 明鈴は貴子におぶられながら耳元でつぶやいた。

「龍さんには、利用させてもらいましょう」

「いいの?」

「そのかわり、王の寝首をかくのを三年待って頂戴。わたしは寵愛を受けて、必ず力をもってみせます。私が、龍さんを守ります」

「わかった」

 何も知らない龍平は、馬上で書を読んでいる。

 どこからか笛の音がする。都が近いのだ。

 道中雪は溶け、梅の花が咲いている。いつしか春になろうとしていた。

「さあ、ここが仮宮だ」

 二人の前に、大きな屋敷がそびえていた。

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