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落星物語  作者: 間々 ようこ
官府
19/42

茂み

 悲しい匂いの雨が二晩続き、その間に都の外の河はずいぶん増水した。狩りは仮宮近くなので、河の内側である。なんとか出来そうだと判断した富山は、その翌日・春亥の日に薬草摘みを行うと宣言した。

 宰相と王は、今回若い執政者の富山にすべてを任せていた。二十代半ばの色男に、そろそろ妻帯させたいと考えていた宰相は、今回彼に行事を成功させ、褒美として女を王に下賜させたいと考えていた。富山には、まだその話はしていない。

「中君、女官たちへの伝達は済んでいるのだろうね。明日出かける時に化粧していたりしたら、困るからね」

 宰相がそわそわと口にする。

「内府長と行き来しております」

「で、あろうな」

 ほっとしたように宰相が黙りこくる。

 この時、なにか思いつめた様子であると、宰相はわが息子の表情を見て感づいた。

「どうした、中君。顔色が悪いが」

 王も気づいて声をかける。

 悩んで潤んだ目を、富山は王に向けた。

「わたくしめがこの企画に成功しましたらば、お願いしたき儀がございます!」

 珍しく強い語調である。中君は、それから続けた。

「褒美の話はまだはようございますが、よろしいでしょうか」

「続けよ」

 王は身を乗り出して、話を聞く。

「女子が欲しいのです」

「でかした!」

 宰相が思わず叫ぶ。

「ほう、女子か」

 カラカラ王は笑って、「いいだろう」と答えた。


 その夜、富山は宮殿の執政室にいた。窓がこつこつと叩かれ、でると一人の女官が立っていた。

「おまえは?」

「内宮官さまがお呼びです」

 あとをついていくと、少し木の枝が繁り、人目につかない場所にやって来た。

 嬉々としてあとをついていった富山を待っていたのは、平手だった。

 驚いた富山は、おもわず熱くしびれる頬に手を当てて、呆然とした。

「どういうわけですの?」

「明鈴」

 会えた喜びに涙をこぼすと、彼は明鈴を抱きしめようとした。しかし明鈴がそれを避ける。

「あれからひと月。私は皇王様の寵愛を得たのです。それを、あなたさまはまた引き離そうというのですか」

「昼間の申し出のことか」

「そうですとも!」

「確かに申し出たさ。俺はお前を、愛しているんだから」

「愛しているなら、離してください!」

「俺は——」

 富山は一生懸命胸の内を話した。

 早くに母と引き離されて寂しかったこと。そのせいか女のぬくもりに飢えていること。明鈴の匂いが母の匂いに似ていること。

「私は、あなたの母じゃないわ」

 そう言い放って去ろうとする明鈴を、「なんて情のない女だ」と富山はののしった。

 それから明鈴の腕を無理矢理掴むと、抱き寄せた。暴れて騒ぐので唇を押し当てて彼女の口を塞ぐ。

「愛しているんだ」

 身の危険を感じた明鈴は、走り出した。しかし、足が痛い。うまく走れない。

 何度もひどく挫いたからだった。

「やめて、おねがい」

 その行為を強いられた明鈴は必死にあがいた。衣は乱れ、髪は解けた。

「やめて!」

 貫かれた時、彼女は我を失って硬直した。

 富山の荒い息が、彼女の上にかぶさる。

 果てたあと、富山は身繕いをして、言い捨てた。

「俺もお前も密通をしたのだ。言われたくなければ、言うことを聞くのだな」

 ゆっくりと身を起こしながら、明鈴は「どうってことない」とつぶやいた。

「どうってことないわ。黙っていればいいのよ。そう、だまっていれば」

 このとき、彼女の目に、富山をつれてこさせた女官の影が映った。

「見ていたの?」

 明鈴の髪の先にも殺気があふれる。女官が後ずさる。

「見ていたのね」

 明鈴の手には、いつの間にかかんざしが握られていた。

「こっちへいらっしゃい」

 呼ぶと、おずおずと女官がやってくる。

「あのう、わたし、黙っていますから」

 女官の言葉に明鈴の目がかっと見開かされる。明鈴は迷わず、かんざしを振り下ろした。

「ぎゃっ」と声が上げたのを最後に、女官は動かなくなった。

 衣を赤く染めた彼女は、気配を感じて振り返った。

 そこには、龍が立っていたのである。

「どうして、そんなことをしたんだ。その形はなんだ」

「龍さま!」

 からんと、かんざしが手から滑り落ち、明鈴は膝をついた。

「役人を呼ぶ。投獄だ」

 龍の目には、憐憫が見え隠れしていた。

「いやよ、いやあ!」


「王の女が人殺ししたって?」

「明日狩猟先で処刑されるらしい」

「なぜそんなことをしたのかねえ」

 検非の役人たちが噂する中、貴子は検非の牢屋に足を運んだ。

 下着姿で明鈴は縛られ、泣き叫んでいた。

「明鈴、どうしてこんな」

「どうして? 聞かないで!」

「あなたは順風満帆だったのに」

「富山が」

「え」

「富山が私を……! 私をだめにしたのは、あの人なのよ」

「富山さまはあなたのことを愛していたのに」

「貴子」

 牢の格子に顔を押し付け、明鈴は叫んだ。

「愛なんて、すぐに憎しみに変わるわよ!」

 貴子は訳が分からないまま、牢をあとにした。

(なんとかして、助けなければ)

 胸に決意を抱いて。

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