雨
「だれ?」
黄珠は宿坊の外で気配を察して振り返る。そこには、気の弱そうな男が立っていた。見覚えはない。衣の色から従五品であることがわかる。
男はおずおず口を開いた。
「あなたはご存知じゃありませんか? 貴子さんは男ですか?」
「はあ?」
一体誰だろう、聞かれて答えるはずもないことを聞かれ、黄珠はぎょっとした。
「あなたは誰?」
「僕は検非の斑学文。貴子さんを人に言われて調べています」
「ふ……ふうん?」
「去年貴子さんは人を殺していますね。そしてその時使った剣が、ここにあります」
「剣? そういえば返っていないと言っていらしたけど」
「じゃ、じゃあやっぱりこの剣は……!」
「その剣がどうしたの?」
「この剣は三十年前に隣国から献上された品で、それから数年後にある人物に下賜されたものだったのです」
「それは?」
「前宰相・秀弓。その剣は乱とともに行方不明になっていた、彼の愛刀なのです」
「……!」
「なぜそれを彼女がもっているか、知りたいんですけどね」
「私は知らないわ」
「そうですか?」
「ええ」
「あなたはどちらのご出身ですか? なまりが少し」
「黒都です」
「黒都といえば亥虞修理のおさめる不落の城塞都市。そこから人が来るのは珍しいですな」
「ちょっと、急ぎますので」
胸が苦しい。黄珠は駆け出した。どこからか鳥の声がする。手を伸ばすと指先に白い鳥がとまる。
その足には文が括り付けられていた。
「それはなんだ?」
はっとして振り返る。先ほどの男かと思えば、黒猫をつれた別の男だ。
「亥虞修理の女なのか?」
「え」
「黙っていてやる。俺に今宵つきあえば、な」
「あなたは?」
丸い猫のような目が、印象的だ。すぐに黄珠は誰であるかわかった。
「富山さま」
「なぐさめてくれ」
富山はぽろぽろ涙をこぼした跡の残る頬を黄珠の髪に押し付けた。雨の匂いがした。