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落星物語  作者: 間々 ようこ
官府
17/42

別れ

「宮中行事?」

 病の床から抜けた貴子のもとに、明鈴がやって来た。

「毎年春亥の日に、薬草摘みを行うのです。男どもは狩りをして、薬草とともに獲物をその場で料理し、宴を夜通し開くのだそうです」

「入内してから間もなく八月。大きな宴が続いて、落ち着いたと思ったら、まあ」

 貴子が苦笑いする。

「それで、内宮官の私があなたに代わって後宮内の動きを決めてよいかと、伺いを立てにきたのです」

 なるほど、と貴子がうなずく。実質の上下決めであった。だが、それに異論はなかった。貴子は別に、出世が気になるわけではなかった。

 しかしこの後、憤慨した黄珠が祝の所に泣きついたので、上下決めでもめていると噂が立ってしまった。

 これによって女官たちの争いが始まったのである。

 とくに競争心の盛んな内宮官派の女官たちが意地悪をはじめたので、王党派と式女長派で結託し、内宮官派を追い出しにかかったのである。

 これを知った明鈴は、再び貴子のもとに来て頭を下げる予定となった。しかし彼女は現れると、「私たちは王の寵愛を得ているわけでもないのに、それで王の女という立場。同じではありませんか」と言い放った。

 驚いたのは貴子である。

 なにしろ黄珠も痛い目に何度か遭っているので、かわいそうに思っていたのである。かばう気持ちは怒りになっていなかったが、この一言で火がついた。

「なぜそんなことを言うのですか、あなたの部下が私の部下をいじめてますのに」

「じゃあ、いざこざを起こして王に一緒に罰を受けてもいいと言うのですか」

「ーーそうですか、わかりました」

 貴子はため息をついたが、したり顔で笑った。

「ならば、私たちは王の女。王にご処分を決めていただきましょう」

 明鈴は、ぐうの音も出ないようだった。

 二人は連れ立って星のもとを訪れた。取りなしを頼むためだったが、星は気分が悪いようだった。イライラしているようで、一言、「正殿にいくといいわ。わたくしはついていきません。ご自分たちでなんとかしなさい」と言うと、臥せってしまった。

 正殿にいくまでの間、二人は終始無言であったが、お付きの女官たちは口喧嘩をしていた。


 王は、暇を持て余していた。というのも、正殿は長いこと軍事会議が開かれ、若い王はすっかり飽きていたのである。

「ションルンは間もなく落ちるでしょう、王」

「良きに計らえ」

「はい」

 宰相の奏上も、適当である。そこに若く美しい女官が二人現れたのだから、王は色めき立った。

「こんな所に、一体どうしたのだ」

 すっと前に立ちはだかるのは富山だ。

「王にお伺いしたき儀がございます」

「明鈴と言ったな。言ってみよ」

「わたくしは内宮官として内宮を取り仕切っております。そしてこの者は式女長として、王妃の身の回りを取り仕切っているのです。わたくしがこの者に、命令することは何か間違いがございましょうや」

「ふーん、なるほど」

「形而上は下でございましょうが、王妃は後宮の頂点に立つお方。それに仕えるわたくしめが軽んじられてよいものでしょうか」

「ふむふむ」

 王は何か考えている振りをしたが、本当は何も考えていないことを貴子は見抜いていた。というのも、王の目はずっと自分に注がれていたのである。

「協力は出来ないの」

「立場がございますゆえ」

「では、生まれはどちらがよいのだ」

「わたくしは某国の姫でありましたが、その国はございません」

「わたしは、ただの薬師です」

「じゃあ、明鈴が上でいいのじゃないかな」

「上様、ひどいです」

 声を上げたのは宰相であった。

「ご自分の妻を面倒見る人間を、格下になさるのですか。それでは後宮にある王妃も、この者の格下ということになるのですぞ」

「あ、そうかあ」

 王は素っ頓狂な声を上げて、「後で考える。下がる」といって下がろうとした。

 この時、明鈴が声を上げた。

「王の女になりとうございます」

「なにをっ」

 宰相が驚き、富山がぎょっとする。

「この機会ですから申し上げます、女になりとうございます」

「このわたしのか」

「はい!」

 王は初めて明鈴をまじまじと見た。年上の、色女である。

「わかった。今宵寝所に来るがよい。使いをだす」

「ありがとうございます」

 明鈴がひれ伏す。その体は震えていた。


 下がる明鈴を、富山が待ち伏せしている。

「なにをしているんだよ、お前」

 通りかかった明鈴の腕を掴んで、富山は肩を揺らす。

「何をしているんだよ!」

「私はもとから王の女です。ただのお遊びだっただけですわ」

「お前という女は! 本当は龍を愛しているくせに!」

「なぜ」

「いつもお前は、式典の時龍を目で探しているからだ。俺は、ずっと見ていた」

「……あなた様は、まさかわたくしのこと」

「本気だよ。ずっと一緒にいたいと思っていた」

 ほろほろと富山が泣き出す。

「だがお前は王に身売りした。もう、引き返せない」

「私を引き止めることは、反逆ですもの」

「ああ」

「さよなら」

 明鈴は富山から体を離した。

「あきらめない」

 富山は一言発して、去った。


 この晩、明鈴は寝所に上がり、愛妾として以後過ごすことになる。

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