表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落星物語  作者: 間々 ようこ
官府
16/42

秘密

 ひそひそと女たちが今日もうわさ話を楽しそうにしている。場所は厨房近くの井戸である。

「本当なの? 貴子さまに死の呪いがかかっているって」

「あなたは王党女官だからご存じないのね。じつは仮宮にいた時にね」

「足を罪人に噛まれたの!?」

「最近よく熱をだされて、長引くこともあるから心配なのです」

「まあ……」

「今日も休んでいらっしゃるわ」

「黄珠、あなた女官でした?」

「ええ」

 黄珠は水を張ったたらいをもって立ち上がる。式女長である貴子がしょっちゅう熱をだすので、助ける役目の女官が探されていた所、楽士の仕事に飽きていた黄珠が移籍を希望したのだった。

 というのは、建前であったが。

 茶色い髪をつややかに結い上げた彼女は、回廊を歩いていてもよく目立った。女官の誰もがその場をどいて彼女を通したが、ただ一党、内宮官に仕える女官たちはそうでなかった。内宮官とはすなわち、後宮内を取り仕切る女・明鈴である。

 明鈴と貴子のどちらが偉いのか、よく女官たちは気にして噂しあったが、どちらも偉いのだろうとたいていの女官は流した。

 しかし内宮派女官は、どうも闘争心があって面倒な性格であった。

「あら、黄珠」

「あ、祝さま」

 皇王の叔母・祝とその女官が向こうからやって来るので、黄珠は深々と頭を下げた。この力関係は、間違えようもない。

「また貴子が熱をだしていると聞き、蓮茶をもって来たのじゃ」

「ありがとうございます」

「顔が見たい。参ってもよいか」

「はい、もちろんでございます」

 式女長の官室の脇を抜けて、目の前に池のある個室に黄珠が案内する。

 扉を開けると、貴子が臥せっていた。

「何を眠っているのです、それではお体の弱かった姉上を思い出して、胸が痛くなります」

 声を詰まらせて、祝が貴子の枕元に座る。

「欲しいものはございませんか。蓮茶をもって来ましたよ」

「かたじけないです」

「いいのです。私はそなたが可愛いのだ。姉上に生き写しで」

「祝さま」

「姉上は戦火のおり、勇ましくも秀弓を追っていかれました。——愛していたから」

「え?」

 何を語りだすのだろうと、貴子は面食らって言葉をのんだ。

「そして宮殿に戻ることはなかった」

 祝はじっと貴子を見つめる。

「どこかで生きているかもしれないとずっと思っておりました。どこかで、秀弓殿の子を宿して」

「祝さま」

「もちろんそんなことはあるまい。ただ、思うのだ。もう一度会いたいと」

「でも、秀弓は」

「人は彼女を利用していたと言いますが、彼女はそこまで馬鹿ではなかったと私は信じています。あなたがだから、誰の子でも、わたしは驚きませんよ」

「!?」

「さいきん検非の男があなたを嗅ぎ回っています。お気をつけなさい」

 この人は、何か感づいているのだと黄珠は思った。黄珠はだいたいの事情を理解していた。

 というのも、彼女には秘密があった。ある人物が、彼女にその事情を教えていたのである。

「では、私は帰ります。戸締まりに気をつけて」

 さっと立ち上がった祝のあとを、女官が付き従う。祝たちが出て行ったあと、貴子がばたりと体を横たえる。

「気づかれているんだろうか」

「なにがです?」

「いや、なんでもないよ」

 黄珠はため息をついて、自分の気持ちをごまかす。貴子がまだ自分に隠すという事実が悲しかった。

 彼のそばに近づくと、布団をかけなおす。

「私知っています」

「なにを」

「貴子さまが男だってこと」

「ふん」

 貴子は黄珠の手を引いて、布団の中に引きずり込む。

「……おまえが、星さまならいいのになあ」

 二人は抱き合い、布団のこもった熱気にあてられたように口づけしあった。

「〜なら、いいのになあ」

「何だ、黄珠? 人の顔をじろじろ見て」

「え、あら!?」

 黄珠はきょろきょろと辺りを見回し、顔を赤らめた。

「布団をかけ直してから、様子がおかしかったが。どうしたの?」

「何でもないのです」

 とぼけるのに黄珠は一生懸命だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ