秘密
ひそひそと女たちが今日もうわさ話を楽しそうにしている。場所は厨房近くの井戸である。
「本当なの? 貴子さまに死の呪いがかかっているって」
「あなたは王党女官だからご存じないのね。じつは仮宮にいた時にね」
「足を罪人に噛まれたの!?」
「最近よく熱をだされて、長引くこともあるから心配なのです」
「まあ……」
「今日も休んでいらっしゃるわ」
「黄珠、あなた女官でした?」
「ええ」
黄珠は水を張ったたらいをもって立ち上がる。式女長である貴子がしょっちゅう熱をだすので、助ける役目の女官が探されていた所、楽士の仕事に飽きていた黄珠が移籍を希望したのだった。
というのは、建前であったが。
茶色い髪をつややかに結い上げた彼女は、回廊を歩いていてもよく目立った。女官の誰もがその場をどいて彼女を通したが、ただ一党、内宮官に仕える女官たちはそうでなかった。内宮官とはすなわち、後宮内を取り仕切る女・明鈴である。
明鈴と貴子のどちらが偉いのか、よく女官たちは気にして噂しあったが、どちらも偉いのだろうとたいていの女官は流した。
しかし内宮派女官は、どうも闘争心があって面倒な性格であった。
「あら、黄珠」
「あ、祝さま」
皇王の叔母・祝とその女官が向こうからやって来るので、黄珠は深々と頭を下げた。この力関係は、間違えようもない。
「また貴子が熱をだしていると聞き、蓮茶をもって来たのじゃ」
「ありがとうございます」
「顔が見たい。参ってもよいか」
「はい、もちろんでございます」
式女長の官室の脇を抜けて、目の前に池のある個室に黄珠が案内する。
扉を開けると、貴子が臥せっていた。
「何を眠っているのです、それではお体の弱かった姉上を思い出して、胸が痛くなります」
声を詰まらせて、祝が貴子の枕元に座る。
「欲しいものはございませんか。蓮茶をもって来ましたよ」
「かたじけないです」
「いいのです。私はそなたが可愛いのだ。姉上に生き写しで」
「祝さま」
「姉上は戦火のおり、勇ましくも秀弓を追っていかれました。——愛していたから」
「え?」
何を語りだすのだろうと、貴子は面食らって言葉をのんだ。
「そして宮殿に戻ることはなかった」
祝はじっと貴子を見つめる。
「どこかで生きているかもしれないとずっと思っておりました。どこかで、秀弓殿の子を宿して」
「祝さま」
「もちろんそんなことはあるまい。ただ、思うのだ。もう一度会いたいと」
「でも、秀弓は」
「人は彼女を利用していたと言いますが、彼女はそこまで馬鹿ではなかったと私は信じています。あなたがだから、誰の子でも、わたしは驚きませんよ」
「!?」
「さいきん検非の男があなたを嗅ぎ回っています。お気をつけなさい」
この人は、何か感づいているのだと黄珠は思った。黄珠はだいたいの事情を理解していた。
というのも、彼女には秘密があった。ある人物が、彼女にその事情を教えていたのである。
「では、私は帰ります。戸締まりに気をつけて」
さっと立ち上がった祝のあとを、女官が付き従う。祝たちが出て行ったあと、貴子がばたりと体を横たえる。
「気づかれているんだろうか」
「なにがです?」
「いや、なんでもないよ」
黄珠はため息をついて、自分の気持ちをごまかす。貴子がまだ自分に隠すという事実が悲しかった。
彼のそばに近づくと、布団をかけなおす。
「私知っています」
「なにを」
「貴子さまが男だってこと」
「ふん」
貴子は黄珠の手を引いて、布団の中に引きずり込む。
「……おまえが、星さまならいいのになあ」
二人は抱き合い、布団のこもった熱気にあてられたように口づけしあった。
「〜なら、いいのになあ」
「何だ、黄珠? 人の顔をじろじろ見て」
「え、あら!?」
黄珠はきょろきょろと辺りを見回し、顔を赤らめた。
「布団をかけ直してから、様子がおかしかったが。どうしたの?」
「何でもないのです」
とぼけるのに黄珠は一生懸命だった。