小刀
その晩宰相は宮殿で盛大に宴を開いていた。実の娘が正式に王妃になったのだから、これほどめでたいことはない。
にぎやかな晩は過ぎて、宰相は酔いつぶれた人々を側において、満足げに杯を傾ける。千鳥足で外に出てみると、満月である。
「今のわしは満ち足りておる。怖れ一つもないはずだ」
その時、庭で何かが光った。なんだろうかと見ると、小刀をもてあそぶ男がいた。刀に満月の冷たい光が反射していたのだった。
「めでたい日に刀で遊ぶ奴があるか、馬鹿者め」
のしのしと太った体で男に近づき、小刀を奪う。男は「あ」と言って、ひれ伏した。
「申し訳ございません。この刀は愛刀でございまして、王妃さま誕生に喜んだあまりいたずらしてしまったのであります」
「愛刀? こんなつまらない刀で」
言いかけて、宰相はその刀に見覚えがある、と思った。
「これはお前の刀か?」
「ええ、そうです」
「このような立派な刀をなぜお前がもっているのだ。衣の色から見て従五品だろう」
「ひえー」
男はのけぞった。そしてぼろぼろと涙をこぼすと、拝みだしたではないか。
「じつは事件に使われた刀を横から拝借したのです」
「なんだと」
「ひえええええ」
すっかり宰相は酔いが醒めていた。
「この小刀には見覚えがある。だがどこで、誰のであったかが思い出せない。お前はこれを調べよ」
「宮中の女官のものでございました」
「ばかもの、そういう意味ではない。誰のゆかりかを調べよというのだ」
「は、はい……」
「必ず調べ上げよ。そうでなければ罰する。牢屋入りだ!」
「は、はい!」
男が身を投げ出して礼をする。
「名はなんと言う?」
「斑学文です」
「そうか、よろしく頼んだぞ」
宰相は再び月を見上げた。雲がかかって辺りが暗くなる。
嫌な予感がした。
この小刀は、じつに精巧だった。生半可ではない。
じっとにらんでいるうちに、秀弓の顔が浮かんでは消えた。
秀弓……!
地方出身の田舎者。女帝をたぶらかし、軽んじて権力を欲しいままにし、国政を牛耳った男。女帝の夫だった先々帝に取り入り、その亡き後を託された男。
美男子で、洗練されて、本当に虫唾が走る思いだ。
<なぜその男なのですか>
<秀弓は、お前にないものをもっている>
<なぜですか。なぜですか、——女帝!>
十年あまり前のことが、ありありとよみがえって来る。
「秀弓の縁者は、皆消したのだ」
宰相が、月を瞳に映し込んで、つぶやいた。