怪物と夢見る神子 3
スランプェ……。
ようやっと切りの良いとこまで書けました。それでも今までの半分ですが……。
調子早く戻らないかな……。
「ぐぬぅ……」
ムクリと起き上がると、自分が広い部屋のベッドに寝ていることに気付いた。
「ここは、あの屋敷か……」
鼻の奥がツンとする。触って確かめてみると、鼻骨が折れて若干曲っていた。
そこでようやく、自分の醜態を思い出し、今度は別の意味で顔を歪めた。
仕方なしに辺りを見回すと、机の上に羽ペンがあるのに気付いた。ちょうどいい長さだったので、拝借して鼻の奥まで差し込む。
折れて曲った部分を探すためにゴリゴリと羽ペンを押しあてた。
そして折れた場所まで辿り着くと、羽ペンを支えにして一気に折れた部分を真っ直ぐに矯正する。
「ゥッ!」
鈍い音が鳴り、一瞬だけ呻き声を上げるが、俺はゆっくりと羽ペンを引き抜いた。
既に血が固まっていたので、出てきたのは大きな血の塊くらいだった。
少しだけ息の通りも良くなり、俺は一度だけ鼻を鳴らすともう一度部屋の中を見渡した。
結構広い、よく解らん装飾が細々と施されている。ベランダに続く窓からは月明かりが射しこんでいた。俺の記憶の中ではあの少女が案内した屋敷しか思い当たらない。
どうやらリセルの魔術を砕くのと同時に気絶してしまったようだ。不覚。
リセルもあの少女も見当たらない。探しに行こうにも勝手に動き回るのは先方が快く思うまい。
そうなるとできることが大分限られてくるな。
所作無さ気に羽ペンを弄っていると、ドアが音を立ててゆっくりと開いた。
「ッ!!」
咄嗟にドアに影に身を顰めた。息を殺し、何者かが完全に部屋に入ってドアを閉めるのを見計らって、後ろ手に関節を極めて拘束する。
「あっ!?」
「動くな」
耳元で強めに呟くと、拘束した人物は身体を強張らせて押し黙った。
「…………」
「…………」
緊張した空気が部屋全体を包み込み、俺はようやくいつもの癖でとりあえず拘束してみたがこれは非常にまずいのではないか? ということに気付いた。
咄嗟のことだったので拘束した後のことなどまるで考慮しておらず、俺は目の前の人物と共に冷や汗流しながら押し黙るしかないのであった。
どうする? この人物は体格からしてリセルではない。あいつはパワフルな割にそんなに大きくはないからな。だとすればこの屋敷の住人だろうが、これでは完全に俺が犯罪者だ。しかも申し訳程度に腰に巻いていた布も寝ている間に取り払われおり全裸だ。最悪変質者の汚名、いや、リセルに知れれば死刑かもしれない。何にしろこのままではまずい。早くこの状況を解決しなければ……!
とりあえずこの人物が誰か確認する。
「何者だ」
「ッ!」
俺は緊張からか後ろ手に拘束した手を強く握り、自分でも引いてしまうくらいドスの効いた声をしているのが解った。
案の定、拘束した人物がゴクリと息を飲む。
(やってしまった―――――――!)
強い警戒心が伝わってくる。解決どころか事態はさらに混迷を極めた。
長い怪物人生でのぼっち期間がまさかここまでコミュニケーションを難しくしていたとは夢にも思わなかった。
リセルとうまくいっていたのは彼女自身の正確によるらしい。結構明け透けな言動が多く、こちらに対して取り繕うことをしなかったのでやりやすかったのもあるだろう。
実際は他の人との会話はこんなにも難しいものだった。
「……私はこのお屋敷にお仕えする給仕です。介抱してからしばらく経ったので、様子を見に参りました」
頭の中が完全に混乱してうろたえていると拘束した人物からの返答があった。やはりこの屋敷の住人だったようだ。この声の高さからしておそらく女性。女性にしては結構背が高い、胸元に頭が来るから約170スール程か。
……ここまでしても暴れないあたり相当肝が据わっているな。これなら拘束を解いても冷静に話を聞いてくれるかもしれない。
「すまなかった」
「……いえ」
俺は謝辞を述べゆっくりと拘束を解き距離をとった。
一旦離れてみると、その腰のくびれや長いスカートからして改めて女性であるのが解った。強く握ってしまったせいか、彼女は握られた手を少し摩っていた。
そのことについても謝っておこうかと思ったが、俺は気まずさからどう話しかけていいのかまるで解らない。
「あの、ピウス・ピスティ様でよろしかったですか?」
「む、ああ……」
「リセル・ラングストン様より目が覚めたら部屋に来るように、と伝えられているのですが」
「そうか……」
「はい」
「…………」
「…………」
会話続かねー! と、内心膝と手を床に着いて自分のコミュ力に絶望した。
リセルの呼び出しについては、状況把握のためにちょうどいい。リセルの居る部屋が解らないのが問題なのだ。当然、この屋敷の間取りを把握している目の前の彼女に案内を頼むことになる。
しかし絶望的なまでに自分の口は動かず、どうにもこうにもお願いすることも出来ない。
先程の失礼過ぎる所業に加え、彼女のこちらを観察するような視線が益々会話する勇気を削いでいく。
(ああ、あいつと会話が成り立っていたのは、あいつの押しが強かったからか)
ここ数日で結構ボッチな自分への自信がついていたが、それは全くの勘違いだったらしい。
結論、相手が問い掛けて来て、なおかつどうしても受け答えなければならない場合でしか喋ることができない。
(ん? なんかいじめっ子といじめられっ子の関係のような……あながち間違いではないか)
自己嫌悪がドツボに嵌り、俺の思考は完全に負のスパイラルに陥った。
そんな俺を不審に思ったのか、給仕の女性が話しかけてきた。
「あの、ピスティ様……」
「……なん、でしょうか?」
なんだ、と素で答えそうになって慌てて丁寧語に直した。
これ以上相手側の心証を落としたくない。既に手遅れかもしれないが。
幸い彼女は先程までの事を気にした様子もなく続けて話しかけてきた。
「案内、しましょうか?」
(――――――思いっきり気を使われた!)
こちら側の意図は丸見えだったようで、物凄く恥ずかしくなった。
せっかくの申し出を無得にはできず、俺は顔面が発火しているのを自覚しながら、頭を下げて言った。
「……よろしく、お願いします」
「はい」
フッ、と目の前の女性に微笑まれ、俺は窓を突き破って逃げ出したくなるのを必死に我慢していた。