怪物と夢見る神子 2
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――――とある書物に置ける《神話》への考察と《世界》の意思の関連性――――
『 遥か神話の時代、聖神暦を超えてさらに遡った我々の想像の及ばない世界が広がっていた頃。
《世界》はそこに在り、また《神》もそこに有った。どちらが先であり、どちらが後であるかは、我々が求めることの叶わぬ叡智だ。もはや過去は停滞し、永遠に変わることなく渦巻く混沌の中へと戻ってしまった。唯一私が知る事ができたのは、《世界》や《神》は今も我々を薄っぺらい現実という枠の外に潜み、こちらを視ているという事だけだ。もし私が彼等の真理の一端にでも触れれば、春に咲く道端の小さな花ですら、私に恐怖を与えるだろう。
何者も逃れられない、この世の者である限り決して赦されることのない《摂理》だ。弱者は強者を恐れ、強者は弱者を搾取する。我々は《世界》と《神》の足元に存在する、塵芥ほどの価値も無い矮小な一つの《人類》という群体だ。《人類》は《世界》の一部であり、《神》が夢想する分かたれた者。
最も若く、最も古く、最も叡智の溢れた時代。《人類》と《神》の神話があり、多くの嘆きと怨嗟、喜びと狂気が支配した時代。もはや名前すら忘却された《世界》と《神》の存在が、未だ《人類》を蝕んでいた時代。
何者かが一つの剣を創った。《人類》なのか《神》なのか、今や誰にも解らぬことだが、星の心臓と《世界》や《神》をも騙す《概念》で鍛えられたこの剣の銘を、我々は《暁の剣》と呼ぶ。
夜空の星が瞬く頃、その終焉を告げる者。または、未だ濃い暗闇のセカイを示す者。この剣を握ることのできた者は、《摂理》が保つ《均衡》を安定させるという結果に辿り着く。そう語り継がれる“実在する伝説”。
私にできることは推測だけ、真理も、叡智も、その何もかもが私の手の外にあるが、暁の剣を握った者として一つだけ言えることがある。
暁の剣は、《世界》と《神》を呪う剣だ。
“世界を救う勇者の剣”という評価は、ただ単に《均衡》を護った結果が我々の都合の良いものだったに過ぎない。だが神話の時代に置いて、暁の剣は正に異端の存在だったのだろう。
《世界》の定めたヒエラルキーを無視し、《神》の策謀すら素通りして、結果として《均衡》は保たれたままだ。いかなる意志や力や真理も、終えてみると暁の剣の名の通り。混沌の闇が明け、また光が始まる。
そうして少しずつ、少しずつ、《摂理》が変わった。あるいは、なるべくしてなったのか。
この世の全ては、大いなる根源が個を嫌うが故に分かたれたモノ。《世界》と《神》は変わらずそこに在り、そして《人類》は増え続けた。《世界》と《神》が持つ大いなる根源が、《人類》の中へと分かれ始めたのだ。大いなる根源を起源とするソレらが増え、多くに分かれるのは必然であった。
《世界》は肥大する《人類》を己の一部であるが故に許容し、《神》はいずれ自らの存在が《人類》へ分かれていくことを恐れた。
だが人よ、暁の剣は決して“救い”の為にあるのではない。
《世界》や《神》の神秘が過去の物になろうと、暁の剣は《均衡》を保ち続けるだろう。
この剣を創った者が、どのような想いを抱いていたのかは解らない。しかし、こうして自然の変化ではなく、作為による《均衡》を意図したのであれば、その意志はどれほど強烈なものであったのか。
心せよ。《人類》が《均衡》を犯した時、暁の剣は“救い”と“破滅”を招いた上で、結果的に《均衡》を保つだろう。
願わくば私のこの推論が、ただの稚拙な妄言に過ぎないことを祈ろう。
――――――ジェシカ・リスルスティン・モーリア・アンブッシュ』
「なぁ、リセル。何故かかなり注目されているように思うんだが」
「そりゃほとんど全裸だからね。ほら、あれよ、日常生活に降って現れたあからさまに怪しい不審者に対する視線でしょ」
「なるほど、俺は不審者か。じゃあお前も結構怪しいな、腕を吊ってる衣服がボロボロな女もあからさまに怪しいと思うぞ」
「私美少女だし」
「服装および薄汚れた感じで魅力半減だな……」
「ねーねー! 2人は恋人なの?」
「違うな」
「違うわね」
ようやく樹海を抜けて集落に辿り着いたは良いものの、そこでようやく気付いたのがピウスの素恰好が全裸に近いということだ。というか全裸だ。毎朝ふとした拍子に見えてしまうピウスの生理現象には不覚にもジッと見入ってしまった。大きかった。
その事実に気付いた私達はどうしたものかと相談していたところ、村に住んでいるらしい少女が自分の家に案内するとしつこく食い下がるので、結局折れて少女に案内して貰っている。
道中、周りの村人からバシバシ視線を浴びるのは隣の全裸人間モドキのせいだろう。私は悪くない。
それにしても、何がそんなに珍しいのか、ガキンチョは私達の周りをチョロチョロ動き回りながらこちらを見上げてくる。
質問に関しても突拍子もない事を聞いてくるあたり、年相応以上に好奇心が強いようだ。
「……? 恋人じゃないの?」
「ああ」
「そうよ」
「でも仲良さそうなのに」
その言葉に私は隣の人間モドキを見上げる。
「…………」
「…………」
人間モドキと視線がかち合うが、込み上げてくるのは甘酸っぱい羞恥心ではなく、互いをどう評価していいのか良く解らない、微妙な戸惑いだけだった。
「ほら! 見つめ合うおとことおんなは恋人だって、本に書いてあったもん!」
我事のように喜びの声を上げる少女の言葉に、そういえば自分も昔はそんな本を読み耽った記憶があることを思い出した。
ふむ、確かにこいつと一緒に居て気まずい事はあっても嫌な感じはしない。
容姿も元の姿を考慮しなければ悪くないし、その態度は私のキツい性格を受け止める懐の深い部分もある。
知識教養に関しては後でじっくり調教してやるとして、無知な田舎者を一から私好みに育て上げることもできなくもない。
そう考えると……悪くないかもしれない。
母上も言っていた、『女は理想の男を自ら育て上げてこそ一人前である』と。
面白いことを思い付いた私は、もう一度ピウスを見上げる。
再度交わる視線が、さっきとは違ってくすぐったい気まずさを感じているところ、ピウスがボソリと口を開いた。
「……ないな」
渾身のローキックを脛に叩きこんでやった。
★
既に俺の脛の耐久度は無視できないレベルまで減退していた。やはり人間の身体は柔だ。
昔は怪物なんて碌な事がないと自己嫌悪したものだが、今となっては恵まれた身体だったと都合良く思えたりもするので不思議なものだ。
恋人関係を否定したのだから、それらしい発言を控えて正直な感想を話したのに何がいけなかったのだろう。
それにしても、子供というものはこんなに無邪気に笑うものだったか?
俺とリセルの周りをチョロチョロと動き回る少女を横目で追いながら、自分の記憶の中に子供というものの印象と比べてみる。
思い返してみても、残酷なまでに純粋で、興奮を制御できないが故の悪意のない残忍さ、他者をいたぶる時の容赦の無さ、どれも好意的な解釈の難しいものばかりだ。
怪物に向ける扱いとしては妥当なものなんだろうと今だからこそ思えるが、昔はよく泣きながら帰って母に慰めてもらったことが多かったように思う。
だが俺を見上げて照れ臭そうに笑う少女からは、そんな印象はまるで受けなかった。
相場は解らんが村と呼ばれるコミュニティの中ではそれなりに立派な少女の家に着いた時の、家の者に必死に食い下がる少女の表情に関しても同じことが言えた。
こんなに無邪気で無償の好意を寄せられたのは、母以外では初めての経験だった。
ああ、子供とは環境に強く影響される存在なのだな、と子供時代の事を思い出した年寄りみたいな感傷に浸ってしまう。
持ってきた食料も水も底を尽きて何もないが、心が満たされているだけで自分は十分与えてもらった。これ以上迷惑をかけては忍びないので、ここは失礼の無いように、少女の好意を苦慮した上で丁重に辞退しよう。
「迷惑なら俺達は野宿するが……」
「はぁ!?」
「えーッ!?そんなの駄目だよ!2人のお話とか聞かせて貰いたいのに!」
何故か隣の少女からも抗議の声が上がったような気がしたが、別に気にすることでもないので考慮から外して何とか小さい方の少女の説得を試みる。
「俺は丈夫だ、大抵の事では死なない」
「ちょっと、私はどうなるのよ」
こちらを見上げて睨みつけてくるリセルの言葉に俺は疑問を覚えて口を開いた。
「お前は図太い」
「……“満ちた流れの源よ《Feuchtigkeit in der Atmosphare》”」
思わず仰け反ってしまいそうな笑みを浮かべながらメイスを引き抜き呪文を詠唱し始めたリセルに、俺はまたも自分の失策を悟る。
「“閉じろ《Einfrieren》”」
「モガッ?!」
鼻の穴と口が凍り付き、鼻の奥から激痛が響いてきた。
呼吸手段を封じられたものの、2回目とあって驚きからの復帰は早い。素早く1回目と同じ方法で対処する。
凍りついた口と鼻の呼吸器官を、俺は自分で顔面を思いっきり殴打して氷を砕くことで正常に戻した。多少痛みを伴うが問題無い、精々頭がグラつく程度だ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は拳を顔面に叩きつける。
「フングッ!!」
鼻の奥に詰まっていた物が砕けたような感触が伝わってくると同時に、文字通り頭が揺れて視界と音が不明瞭になった。
しかし肺を満たすように送り込まれる空気が、自分の行動がうまくいったことを教えてくれた。
それにしても、前に殴った時よりもかなり痛かった。人間の身体だと痛みを感じやすいのだろうか?
揺れる頭を抑えようと顔を覆うと、掌が粘液のようなものに触れる。手を離してみると、そこには貼りついた赤黒い液体がべっとりと付着していた。
それが血なのだと気付いた時には、不明瞭だった俺の意識はプッツリと途切れた。
★
お兄ちゃんが自分をなぐってたおれてしまったので、私たちはあわてて看病するためにお屋敷の中にお兄ちゃんを連れ込んだ。
お姉ちゃんはとてもうろたえていて、お兄ちゃんの名前を弱々しく呼びながら隣で座り込んでいた。
ミーシャがお医者さんを呼んでくれたので、お兄ちゃんとお姉ちゃんはすぐに怪我を治してもらったみたい。
その頃にはお姉ちゃんは落ち着いていたけど、なんだか怒ったような眼でお兄ちゃんを睨んでいた。
うーん、お兄ちゃんが自分で自分をなぐったのはよくわからないけど、なんでお姉ちゃんは怒ってるんだろう?
「お姉ちゃん、なんで怒ってるの?」
「……ちょっと悪いことしたかなって、そう思っただけ」
「あやまらないの?」
「あんたは余計なことに首突っ込まないの」
やっぱり怒ったような顔でお姉ちゃんは言うので、私はお姉ちゃんの喜ぶことをしてあげたくなった。
ミーシャや村のみんなも、私がお手伝いすると笑顔になってくれるし、お姉ちゃんは片腕だけじゃふべんそうだ。お手伝いできることはたくさんある。
いい考えだと思ったので、私はお姉ちゃんの服を引っ張って言った。
「お姉ちゃん、お風呂入ろうよ。私が手伝うから!」
そう言った私を見るお姉ちゃんの顔は少し驚いているようだった。
「……そうね、少しは気持ちも落ち着くかも」
ちょっとだけ困ったように笑ったお姉ちゃんがとても綺麗で、私は自分でもよく解らないくらい無性に嬉しくなった。やっぱり、お手伝い作戦は正解だったみたいだ。
お姉ちゃんの手を引いて、ミーシャと一緒にお屋敷のお風呂場へと連れていく。
「手伝います」
「大丈夫よ、自分の事はできるだけ自分でやりたいの。それよりこっちの腕を濡れないようにしたいんだけど?」
「……確か革の生地があったと思います、取って来ます」
「よろしくね」
なんだかお姉ちゃんとミーシャの様子は、お姫様とそのお手伝いさんみたいだった。
私は疑問に思って服を脱ぎ始めたお姉ちゃんに聞いてみた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん~何かしら?」
「お姉ちゃんはお姫様なの?」
「まぁ、私もそれなりに偉い地位に居るわね。魔王軍が北上して来なきゃ、私がこんな仕事する必要もなかったんだけど……」
いけないことを聞いてしまったのか、お姉ちゃんは自分の服をかなり強く握りしめている。
顔もなんだか怒ってるのに楽しそうに笑っててなんだかこわい。なんだか私がお屋敷を抜け出して帰って来た時のミーシャの顔と似てる気がする……。よくわからないけど、まおーぐんの人はお姉ちゃんにすっごく怒られるんだろうなー……。
服を脱いだ私とお姉ちゃんは、早速お湯の入っているお風呂に浸かった。
「ふー……やっぱりお風呂って最っ高……!」
「そうだねー……」
少し熱めのお湯が気持ちいいので、私とお姉ちゃんの顔はふんにゃりとしていた。
この気持ち良さなら、お姉ちゃんも機嫌良く何か話してくれないかな?
そう思った私は、一番聞いてみたかったことをなるべくゆったりと口にした。
「おねーちゃーん、聞いてもいいー……?」
「んー……?」
「あのねー……」
「んー……」
「神子様って、どういう意味?」
キリが良いんで今回は文字数少なめ、本編もちょっと設定詰めて見直し中。さーて他にもやりたいことあるでこの章も巻いてきますよー。