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彷徨えるピウス  作者: 迷小屋エンキド
怪物と少女
5/10

怪物と魔術師の少女 5

今回はエピローグ的な?だからかなり短い。

次回からは新章だよ!

 鈍く混濁した意識と共に、緩く曖昧な身体の感覚が全身に圧し掛かる何かの存在を伝えてくる。ザラザラした肌触りに、所々尖ったモノが突いてくる感触。どうやら瓦礫の下敷きになっているようだ。

 そこまで感じ取ると同時に、意識を失う直前の状況を何となく思い返されてきた。

 吹き荒ぶ爆炎、天井から迫りくる瓦礫の山、そんな状況でも物凄い冷めた表情で天井を見上げる元凶のたる魔術師の少女リセル。火に関してあまりいい思い出のない俺の中で、さらにトラウマになりそうな悪夢の数々。


 「……死ぬかと思ったのは久しぶりだな」


 圧し掛かった瓦礫を押し返して身体の周りから退かすと、射すような光が寝ぼけた目を刺激する。

 気絶している間に夜が明けたのか、森の木々から漏れ込む朝日がじんわりと身体に熱を与えてくれる。随分と寝ていたようだ。まったく、あいつらが来てから散々だな……。

 思わず着いた溜息は、あんな目にあっても朝日を拝むことができた自分の悪運の強さか、それとも人間と自分の絶望的な相性の悪さにか。


 「……んぅ……ぁっ」


 そんな時、足元から誰かの微かな声が聞こえてきた。視線を下げて確認すると、乱れた金髪の覆う顔から窺えるモゴモゴと動く瑞々しい唇に、当て木の添えられた右腕を庇うように胸の上で重ねて眠っている少女が居た。

 ……ああ、あの時咄嗟に覆い被さって瓦礫から守ったんだったな。この少女が簡単に死ぬとは思えないが、それでもあのままだと危なかったし。まったく、世話の焼ける奴だ。見渡せば、瓦礫から突き出す脚やら腕が何かを栽培しているように見えるので、帝国と呼ばれてた奴らも結局生き埋めになったらしい。前言撤回、恐ろしく手間のかかる女だ。


 「……早く森から追い出した方がいいな」


 そう思って、少女を抱きかかえようと手を伸ばした。少女に触れる直前、視界に移った自分の手に、強烈な違和感を覚えた。

 ゴツゴツしているものの弾力を感じるペールオレンジの肌、三本しかなかった指が五本になり、肩の部分に在った筈の二本の腕が消失していた。変化どころではない、まるで生物としての生態すら創りかえられたような変態。

 それにこの色、この形、見覚えがある。眠っている少女の手をゆっくりと手に取り、自分の空いている手と見比べる。多少の大きさや柔らかさは異なるが、同じ人間・・の手をしている。


 「……ッ!?」


 湧き上がる焦燥に抗えず、俺は少女の肩を揺すった。この度し難い不可解な事態を確かめるためには……いや、本当は何が起きているのかもう解っている。だが正直認めたくない。これ以上劇的な展開は勘弁願いたい。


 「ん~……何よぉも~……」


 目を擦りながら眠気から覚める様は子供っぽく見えるとかそんなことはどうでもいい。重要なのはこの少女に今の(・・)俺の姿を教えてもらうことだ。意識をはっきりさせる為に、俺はさらに抱き上げるように強く前後に揺さぶる。


 「ちょ、ちょっと!?なんなのよ!?」


 途中で腕を振り払われるが、俺は両肩をガッシリ掴んでもう一度顔を引き寄せる。少女の寝起きにも関わらずパッチリと空いた猫のように大きい碧眼が、幾度も開いては閉じられている。相当混乱しているようだがそれはこちらも同じだ。気を遣う余裕はないので、俺はそのまま少女に叫ぶように問いかける。


 「おい!俺は何だ!?」

 「は、はぁ?」

 「俺はどんな風に見える!?」

 「いや、あの、ちょ、ちょっと顔が近っ」

 「どうなんだ!?」

 「ど、どなたか存じ上げないけど、そ、そそそれなりに整ってるんじゃないかしら?」

 「本当か!?お前は俺が人間・・に見えるんだな!?」

 「ど、どう見てもお綺麗なご尊顔だと思います……というか、ち、近いってば……!」


 彼女は顔を背けながらも俺の言葉をはっきりと肯定した。間違いではない。間違いではなかったのだ。彼女の肩に置かれたこの手の形と色、それが示す今の自分の状態は。

 何かに反射した光が目に入った。手で遮りながら元を探すと、突き立てられた一本の長剣を発見する。

 無心にその剣に近付き、柄を掴んで思いっきり地面から引き抜く。

 重さ、リーチ、握りやすさ、硬度、装飾、どれをとっても見事としか言いようがない、伝説の剣。こうして握ると改めて実感する素晴らしさだ。


 「あなた……もしかしてピウスなの?」

 「……ああ、俺は混血種ピウスだ」

 「嘘でしょ……」

 「俺も、正直夢だと信じたいんだがな」


 試しに一振り、ヒョンと金属が大気を断ち切る音が心地良い。人間の身体には不便はないらしい。あるとすれば視界の低さに、慣れない二本・・の腕か。

 それにしても、こんな大剣鞘が無ければ持ち歩くのも一苦労だぞ。そう思っていると、暁の剣(アウローラ)は輝かしい瞬きと共に形を崩し、胸の中へと入り込んで行った。……異物が自分に入り込むなんて良い気分ではないが、盗難の心配はなさそうだ。むしろその方が良かったかもしれないな。


 「……それで?あなたはこれからどうする気のなの?」

 「さてな……さっぱりだ」


 依然として背後から話しかけてくる彼女の声に、乱れた精神を整えるついでに答えを返した。このままでは拙いというのは解るのだが、この世界の常識や知識に関して学が無い俺ではどうすればいいのか見当が付かない。怪物人生の不便さがここに来ても脚を引っ張った。

 途方に暮れてそう言ったものの、この森で培った経験や知識があればそうそう遅れを取ることはない。今後の身の振り方についてゆっくり考える時間はあるだろう。そう思っていたのでそこまで悲観的ではなかったのだが、彼女の見解はどうやら違うようだ。俺の隣に立って、顔を若干赤らめてこちらをチラチラと見ながらも厳しい表情で話しかけてきた。


 「帝国はあなたの事を戦略兵器か何かとして利用する気よ。そこで瓦礫に埋まっている奴らの証言があれば、あなたが奴隷以下の扱いを受けることになるのは確実じゃないかしら?対外的にどう表明するかどうかはともかくね」


 長い話は久しぶりだから、彼女の言葉を聞き流さないようにするだけでも苦労したが、元々人間としての半生の知識が、彼女の話の内容を何とか理解してくれた。

 彼女の言っていることは嘘じゃないだろう。曲りなりにも俺はれっきとした怪物だ、そんな奴が伝説の剣を持った勇者だと誰が信じるのだ。帝国とやらがどんな所かは知らないが、まだ瓦礫に埋まっている奴らについていっても碌な事が無さそうだ。しかし、現時点では彼女も彼等と同じ域を出ない。


 「まぁ、アシメストア(うち)に来てもあなたが元々混血種ハーフってことは伏せなきゃならないでしょうね。魔物に関しての差別はそこまで強くないけど、調教師テイマー以外で魔物と友好的な人種って中々少ないのよ」

 「……結構ざっくばらんだな。いいのか、お前の目的は暁の剣(これ)なんだろう?」

 「何の意味があって暁の剣(アウローラ)があなたを選んだが知らないけど、そ、そんな姿になってる以上、あなたが適格者であることは疑いようがないわ。できれば引き込みたいけど、このまま利用しなくてもあなたは私達の利益になる」

 「……どういうことだ?」

 「言ったでしょう?それを抜いた以上あなたが勇者なの。どんな運命みちのりだろうと、どんな宿命じょうきょうだろうと、その剣はあなたを勇者として縛り付ける。他何者がどんな思惑を廻らせようと、あなたは必ず世界を救うの。そういうモノなのよ」

 「…………そう、か」


 眼を瞑って、何かもぶちまけてやりたい衝動に駆られた。ふざけるな、そう叫んでしまいたかった。あれだけ貶めて置いて、何もかも奪い去ってい置いて、これ以上俺に何を求めるんだ。尊厳も、権利も、母親さえ奪って置きながら、人間を救えと?そう葛藤しそうになった。だが、眼を開いた時、内なる平和が俺の中にあった。

 傷跡なんてモノはどうでもいいんだ。過去が不幸で、どうしようもないくらい酷いモノだったとしても、それで全てが決まるわけじゃない。

 大切なのは、自分が何者であるか決めるのは、今だ。

 思えば30年ちょっと、この森で暮らしてきたが、長い休暇だったのだと思える。今、この時が、俺が新しく“俺”になる時だ。

 変わってしまった今の“俺”は、この話を聞いてどうしたいのか?


 「……それを探してみるのも、いいかもしれないな」

 「なに?」

 「いや、何でもない。それよりもリセル・ラングストン、君の国は君みたいな奴は多いのか?」

 「突然なによ、……まぁ、普通じゃない?程良く平和で、程良く動乱に満ち溢れてるけど?」

 「そうか、なら道案内を頼む」

 「はっ?」


 俺の言葉を聞いて呆けた顔をするリセルに、久方ぶりに自分がどれだけワクワクしているのか知って苦笑してしまう。それ以上は何も言わず、彼女の視線に首を傾けるだけで応える。

 俺のしぐさから何か読み取ったのか、リセルは可笑しそうな顔をして微笑んだ。やはり、彼女の笑顔は可愛いというより綺麗だと思う。


 「私の話の半分も解ってないって顔してたわよ、あなた?」

 「そこら辺は追々頼む。何せ、村を追われてからはこの森で隠遁生活だったんだ」

 「理解してるだけマシよ、読み書きは?」

 「あー……簡単な文章だけなら」

 「えっ、できるの?」

 「幼い時に母から習ったきりでうろ覚えだが……」

 「混血種ハーフにしては上出来よ!……まぁ、今はとりあえず」


 瓦礫に埋まった荷物を回収するのに伴って軽口を叩いていたが、彼女が突然こちらから眼を逸らして動きを止めた。訝しんでいると、やがて彼女は顔を背けたまま何かの布を取りだし差し出してきた。


 「……寝巻だけど、無いよりマシでしょう」


 そこでようやく、自分が全裸であることに気付いたのだった。

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