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彷徨えるピウス  作者: 迷小屋エンキド
怪物と少女
4/10

怪物と魔術師の少女 4

 「げっ」


 あらやだ、私としたことがはしたない。やり直し。


 「うげっ」


 これで良し。目の前から迫ってくるハンサムと言い難い男共の笑顔には妥当な評価だと思った。

 いや、だってあんなニヤニヤしてたら普通に気持ち悪い。それが三つも迫って来たら背筋がゾクゾクしてくる。怖気じゃなくて殺意で。そんな訳で笑顔には笑顔で、こちらもニンマリとした作り笑顔でお出迎えして差し上げる。


 「“猛き狂いは留まらぬ《Luft entspannt》”」


 片腕が使えないので戦闘力激減だが、培ってきた戦闘技術と魔術の威力をカバーする。

 最初の男が斜めに振り下ろしてきた剣を半歩前に出ながら右に避ける。ついでに体重を乗せている右足をメイスで討った。


 「“加衝《Auswirkung》”」


 同時に熱膨張による衝撃波が発生し、男の脚は浸透した衝撃によって筋肉線維を引き裂かれながら大腿骨に罅を入れられる。戦闘力は削いだものの、まだ意識がある内は抵抗してくるかもしれないので丁寧に腰を捻って後頭部を殴り付ける。叫ぶこともできずに、男は衝撃によって一度回転してから地面に倒れ伏した。まずは一人。


 「こ、この野郎!」

 「私は女よ」


 魔力抵抗のある魔戦具は厄介だが、流石に身体全てを覆う鎧を雑兵に与えるほどの余裕はないらしく、所々剥き出しの部分が見られた。面倒ではあるが、そこを無難に殴打して行けばそれ程脅威ではない。私の得意分野は白兵戦ではなくて殲滅制圧範囲攻撃なのだが。

 振り返ると背後からさらに一人斬りかかってくる。胴を狙った横薙ぎを、腰を前に折って伏せながら回避した。基本的に女で魔術師の私は非力で打ち合いに向かないので、基本的に相手の隙を狙ったカウンターを主体にしている。この場合は身体を起こしながら驚愕に歪んだマヌケ面の顎にメイスを突き出してやる。メイスの先端に押し込められている膨張した空気が接触によって解放された。


 「ぐぎゃっ!?」


 獲物その2は脳を派手に揺らして空中に浮き上がり、そのまま地面に背中から着地して白目剥きながら気絶した。これで後一人。しかしここで問題発生。無理に運動したせいか右腕に激痛が走った。ズキズキ痛んでいいたのがビシィッ!って感じに。

 思わず動きを止めてしまい、最後の一人が振り降ろした剣を仕方なくメイスで受け止める。


 「どうした!もう終わりか!」

 「がっ」


 帝国兵の前蹴りを腹部に喰らい、私の軽い身体は簡単に後ろへ飛ばされた。息が詰まり、激しい嘔吐感に咳き込みながら、何とか手放さなかったメイスを上げようとする。が、その途中で思いっきり腕を踏み躙られた。


 「くぅっ!」

 「捕まえたぜ、魔術師のお嬢ちゃん」


 聞き覚えのある声だと顔を上げると、そこにはチヂリ毛になった無精髭と少々火傷を負った顔。最後まで私を追いかけ回してくれた帝国兵だった。なんだ、こいつまだ生きてたのか。前に見た時よりもアクセントが強くワイルドになっていたので気付かなかった。


 「へへっ、どうだい嬢ちゃん。正直に吐いてくれれば俺が隊長に口利きしてやってもいいぜ?もちろん、散々傷ついた俺達の相手をしてくれるんならな」


 この男はまだ懲りずにこんな事を妄言を吐くのか、呆れを通り越していっそ感心してしまう学習能力の低さだった。いい加減諦めて欲しいのだが、もいでしまえば大人しくなるだろうか。


 「お断りね、何度言っても同じよ」

 「そうこなくっちゃ面白くねぇ」

 「づぁっ……!」


 メシリ……!と骨の軋む音がした。体重が掛けられ、一応引き締まっているものの線の細い腕が悲鳴を上げる。私はそれを堪えながら、この状況の打開策を模索する。唯一動かせる左腕は地面に貼り付けられているし、男はいつでも私を殺せる体勢にあるので下手には動けない。メイスの魔術はまだ消えてないが、今にも痛みで手を放してしまいそうだ。歯を食い縛って呻きながらも、頭の中で冷静に考え続ける。

 慌てるな、落ち付け、痛みの事は無視しろ、考えろ、この拘束から抜け出す術を、魔術は活きてる、まだ終わりじゃない、手を放すな、負けるな、負けてたまるか、地面に拘束、接触、発動条件、体勢、威力、魔術……!

 痛みに耐えて目を見開き、奮える手首を少しずつ動かしながら、私はメイスの先端を地面に“接触”させる。


 「なにぃ!?」


 衝撃が開放され、私の腕が強力な反動で地面から浮き上がった。体重を乗せて腕を抑えつけていた脚が一緒に跳ね飛ばされ、帝国兵は突然の事態に大きくバランスを崩す。この隙は絶対に逃さない。折れた右腕を支えにして立ち上がる。鋭く頭を焦がす痛みを怒りに変え、私はメイスを体勢を整え始めた無精髭に放り投げた。


 「舐めるな!」


 接触による衝撃を十分に理解した無精髭は難なくメイスを弾く。だが私は大きく右脚を引いた状態で、男の返し刃が来る前には飛び上がる様に振り抜いていた。男の着る鎧には当然男性器を保護するために鎖帷子があるのだが、これだけの勢いを付けて蹴りつければ普通に痛い。女の私には解らない感覚だが、どんな屈強な戦士も一撃で崩れ落ちるのだから相当痛いのだろう。固い鉄の内側に、何かがグニョリと潰れる感触が伝わってくる。


 「はゥンッ!?」


 何とも名状しがたい愉快な表情になって脂汗を流し、無精髭は剣を取り落として股間を抑え蹲った。気絶しない辺り腐っても正規兵と言ったところか。それならば、今度こそ気絶して頂こう。

 着地と同時に軸足を右に変え、腰を回転させてタメを作る。捩じられた筋肉が弓のようにしなり、解放を待ち望んで唸りを上げた。左脚が地面を放れ、反動によってコンパクトに全身を回転させる。その瞬間に伸びた脚を、鎌の様に素早く振り下ろした。


 「ゴガッ」


 側頭部を蹴り飛ばされた無精髭は、短い悲鳴を漏らして地面へと倒れ伏した。随分と手間がかかってしまったが、実質無傷で3人を無力化、手負いにしては上出来ではないだろうか?

 痛む節々を引きずりながらメイスを拾い上げる。さて、まだ軽く20人は残っている。どう対処したものか、この状態だとかなり骨が折れそうだ。本当に折れてるけど。

 そんなくだらないことを考えていると、今まで気付かなかった甲高い女性のような悲鳴が響いているのに気付いた。


 「ひぎゃぁあああああああああああああ!!?」

 「やめてぇえええええええええええええ!?!」


 そちらへ視線を向けて視ると、そこには物凄い速さで混血種ハーフに放り投げられる帝国兵達が居た。

 その四本腕に捕らえた帝国兵達を一定の高さまで放り上げ、落ちてきたところを別の腕が受け止めてまた空高くへと放り投げる。これだけなら曲芸師などの一団で観たことはあるのだが、軽々と弄ばれているのが人間となると趣が違った。しかも合間に新たな獲物を捕らえてはどんどんシュールな曲芸へと追加していく。呆然と曲芸を眺めている指揮官以外の兵が見当たらないので、おそらく部隊全員が空へと昇っているだろう。


 「反省したか?反省したなら後10分したらやめてやろう」

 「もうらめぇええええええええ!!なかみでちゃうのぉおおおおおおおおおおおお!!」

 「しましたぁああああああ!!はんせいしましたからぁああああああああああああ!!」


 …………なんというか、もの凄い憐れだった。強制的に死に直面させるよりもトラウマになりそうな拷問を受けた帝国兵達に少しばかり同情してしまった。


 「うむ、もう二度とこの森を荒らすなよ」


 混血種ハーフは帝国兵達の叫びに満足したのか、帝国兵達を一人一人素早く足から地面へと下していく。ご丁寧に横一列に整列させていくのには何か意味があるのだろうか?

 地面へと降り立った帝国兵達は、白目を剥いた青白い顔でとてもじゃないが意識があるようには思えない。その予想が正しかったようで、やがて次々とバタバタ倒れていった。命に別状がないというのに、何故か背筋が冷たくなるのが抑えられない。何かを忘れている気がした。


 「さて、次はお前達の番だ」


 怪物が視線を向けた。恐怖に顔を引き攣らせた指揮官と…………たぶん私に。

 ああ、そういえばそんなことを言っていたような気がする。忘れていたけど。


 「な、舐めるなぁ!?き、貴様のような薄汚い魔物風情にやられるほど、わ、私は――――」


 指揮官の目の前に木剣が轟音と共に突き刺さった。混血種ハーフが跳んだのだ、20スンセは離れた場所から一瞬にして。その時には突き刺された四本の木剣に挟まれて指揮官は逃げ場を失っていた。抵抗することすら許さない迅速にして容赦のない合理性を持ちながら、混血種ハーフの相手取った兵士達は誰一人として死んでいないという矛盾。

 本来戦うということは奪い、殺すことだ。この森を管理していると宣った混血種ハーフが、そのことを理解していないはずがない。しかし混血種からは覇気や怒り以外に、殺意などの攻撃的な感情を感じない。こいつほどの力の持ち主が、己の力を驕らないというのははっきり言って気持ち悪いぐらい異常だ。

 私たちは魔物を恐れる。自らが脆弱な存在であるのだと思い知らされ、感情や想いを一方的に奪い去って行く強奪者たる怪物を恐れる。そして怪物足る魔物は、須らく己の力に対して傲慢で荘厳だ。搾取する対象である人間からの屈辱を決して許さない。彼等にとって人間とは、路盤の石であり無意識に刈り取られる虫同然の存在でしかない。戯れに、気紛れに、暇つぶしに、遊戯に、意図せずに、殺す。彼等にとっての人間とはそうでなければならない。

 だけど目の前のこいつは違う。強者としての自覚と相応の力を持ちながら、他者の命を奪うという姿勢を今まで一切見せていないのだ。ただの気紛れか、それとも何かを意図してか。どちらにせよ、この混血種ハーフは何かが違う。魔物としての領域を踏み外している。それが成せるのは宣言のたびに出てくる母とやらの存在のせいか。


 「そこに居ろ、後でまとめて森から放り出してやる」


 指揮官を拘束した混血種ハーフはグルリとこちらへ振り向いた。


 「……ッ!」


 息を呑んだ。

 背後の炎による光が、怪物の影を大きく映し出した。人に近い形をしているが、明らかにあり得ない四本腕の影に加え、仮面の隙間から視える眼が陰で見なくなった顔からでも爛々と輝いていた。その迫力のある姿をした怪物が、一歩、また一歩とにじり寄る。獣が飛びかかる前に、己の射程距離へと脚を伸ばすように。そのゆっくりとした時間が、堪らなくプレッシャーを感じさせられた。殺られる、そう実感せずには要られなかった。

 それでも、頭だけは冷静だ。押し潰されそうな心の重圧も、腕が焼け落ちそうになる激痛も、苦労に苦労を重ねて求め続けた暁の剣(・・・)すら考慮から追い出して、この状況を打破する方法を模索する。

 …………………………………………………………んん?


 「安心しろ、奴らとは別の場所に」

 「ちょ、うるさい黙ってて!!」

 「ッ!?」


 話しかけて来た怪物を黙らせると、私は視界の端に映ったここ一カ月かけて探し求めたっぽいモノに視線を向けた。


 「…………えー」


 あった。それもポツーンとさっき調べ終えたはずの祭壇に。

 怪物の存在を完全に無視して祭壇に近づくと、そこには無駄な装飾は無いがかなりの業で創られた事の解る輝きを放つ剣が突き刺さっていた。私はそれを非常に微妙な表情で見つめる。素直に喜べないというか、いつの間に湧きやがったんだこの剣はとか、今までの前振りは一体何だったんだとか、いろいろぶちまけてやりたいことはある。だがそれより優先されるのは暁の剣(アウローラ)と思われるこの剣を回収することだ。正直この場で叩き折ってやりたい気分だが。

 剣の前でどうしようかと佇んでいると、近寄って来た怪物がポツリと声を漏らした。


 「それが、暁の剣(アウローラ)か……?」

 「たぶんね」

 「まさか本当だったとは…………」

 「あなたここの管理者でしょ?知らなかったの?」

 「管理者と言っても生態系の調整役みたいなものだ。ここの歴史を司っている訳ではないからな」

 「なるほどね、考えてみれば魔物がそんなことする義理も無いしね」


 私の言葉に少しだけ顔を顰めた怪物だったが、先程までの戦う意思までは見せていない。どうやら私と同じように目の前の状況に対する優先順位が入れ替わったらしい。この隙は有効活用させて頂こう。

 回収した後どうやって撤収するかを考えながら、ただ突き刺さっているように見える剣を注意深く観察していく。怪物も私の様子を見て不用意に触れようとはせずに、大人しく数スンセ離れた場所からこちらを眺めていた。相変わらず魔物の癖に妙に気の効く奴だ。

 ……観た限りでは何の変哲も無く突き刺さっているように思えるのだが、そこは伝説、何か仕掛けがあったとしてもおかしくは無い。暁の剣(アウローラ)の適格者には、史実から視てもどういう基準で現れるのか良く解っていない。人種、性別、出身地、身分、人柄、全てがバラバラだ。どのような理由で現れてもおかしくはないとしたら、この場に居るどの人物にも適格者になる可能性がある。

 ちらっ、と後ろで喚き散らしている指揮官を端で見やる。…………ない、絶対にない。私の純潔を賭けてもいい。気絶している帝国兵共は…………たぶんないんじゃないかしら?というか帝国側に居た場合は強制連行しないと行けなくなるので勘弁してほしい。ジェディエラも居ないのに荷物が増えるのは非常に面倒くさかった。

 だとしたら……私か?

 …………まぁ、それはそれで良いかもしれない。一時のテンションは身を滅ぼすと母上が言っていたが、散々追い求めた剣で散々追い回してくれた帝国のアホ共を一掃するのも実にそそられる未来予想図だ。もしそうだとしても、確かめてみなければ何も解らない訳だし。


 「ちょっと混血種ハーフ、何が起こるか解らないから下がってなさい」

 「……できれば名前で呼んでほしいのだがな」

 「私があなたを名前で呼ぶ義理ないじゃない。あなたもお前としか言ってないし」

 「……失礼した、リセル・ラングストン」

 「別に呼べって言ってる訳じゃないわよ……」

 「む、それはすまん……」


 私の軽口に真面目に返答する混血種ハーフ……ピウスの態度と先程の姿のギャップに少し笑えてしまった。こいつは全然魔物らしくない、魔物として生きていない。だけど、こいつにとってはそれが自然体なんだろう。ちゃんと強者として振舞えるのに、どうしてこうなると途端に情けなくなるのか、まるで人との接し方を知らない内気な子供みたいだ。……ちょっと可愛いかも。頭の隅でそんなことを思いながら、私は少し緊張しながら剣へと手を伸ばした。

 見事な、そして無駄のないシンプルな紋様と1.6スンセ程の刃渡りの一般的より少し長いサイズのグレートソードだ。芯の柔らかい300年前までの剣とは違い、鋼鉄で鍛えられているのが色の輝き具合で良く解った。そもそもそんな基準で造られているかどうかすら不明だが、少なくとも現代の技術での再現は難しいだろうと思考する。そしてようやく柄の部分を握ろうと手が、手が…………手が?

 何度か同じことを繰り返すが、目の前にあるはずの剣に対して、霞を掴むように手が擦り抜けてしまう。予想外の事態に動揺するが、落ち着いて考えると心当たりのある現象が頭を掠めた。


 「これって……もしかして“存在座標多重現象コンプルド・ミラージュ”……!?」


 大抵の事態には慌てず冷静に対処してきたが、流石にここまで高次元な魔術を目の当たりにすると驚愕を隠すことができない。

 私の言葉に疑問を持ったのか、今まで黙って見守っていた怪物が話しかけてくる。


 「なんだその、コンプルド・ミラージュとやらは」

 「……要は合わせ鏡よ。この剣は確かに在るけど、この次元には無い。この神殿と同次元の空間が重なる様にいくつも存在していて、この剣もそんな数ある空間のどれかに存在しているモノが視えているだけに過ぎない」

 「よく解らんが、幻影みたいなものか」


 怪物の問いかけに対して、自分でも確認を取るようにそう呟いた。目の前の現象は、私にとってもそれだけ不可解なものだった。幻影なんて生易しいモノじゃない、理屈や魔術の概要なら散々学院で詰め込んだから知っているが、とてもじゃないが人間の魔力や技術で再現できるような魔術とは思えなかった。根本の理念からして、私が理解できる代物じゃない。私は優秀な魔術師ではあるが天才キチガイではないのだ。とにかく何がいいたかと言うと、こんな訳が解らないモノを行使してまで守ってるこの剣はやはり……暁の剣(アウローラ)で間違いない。ついでに私が適格者じゃないということは、帝国か……それとも……。


 「…………」

 「な、なんだ?」

 「ねぇ、ピウスだっけ?ちょっとそこの剣抜いてみてくれない」

 「はっ?」

 「いいから抜いて」


 私の要求に怪訝な表情をする(仮面で視えないが眼を細めた)ピウスだったが、特に何も言うことも無く暁の剣(アウローラ)|(仮)に手をかけた。

 あっさりと、大き過ぎる掌に柄が納まった。


 「これでいいのか?」


 何の抵抗も無く引き抜かれた剣を摘まんで私の目の前に差し出しながらそう言うピウスに、自分でも解らないが猛烈に腹が立ったので無言で脛を蹴り上げた。


 「ッ!?」

 「……はぁ~、これまた予想外なところに納まったわね」

 「い、一体何なんだ……」

 「まぁ、いいわ。それを抜いちゃった以上、私もあなたも選択権は無くなっちゃったわけだし、腹を括るしかないわね」

 「だから、一体何の話をしているんだ……?」


 私から少し遠ざかりながらそういうピウス。案外察しが悪いわね。お伽話程度じゃ情報も全然伝わってないから仕方が無いかしら?

 私としてもかなり頭の痛い話だが、実際目の前には伝説の剣を摘まんでこちらを引き気味に眺めている混血種ハーフが居る。特に変わった様子はないが、私には知覚できない預かり知らぬことなのだろう。


 「……これはお前が探していたものなのだろう?俺が持っていていいのか?」

 「いいのよ、あなたが勇者ってことになるんだろうし」

 「……は?」

 「だからー、それが暁の剣(アウローラ)だとすれば、抜いてしまったあなたが適格者でありこの世界を救う勇者なのよ」

 「はぁ!?」

 「ありえんッ!!」


 私の断言した主張に仰け反って剣を取り落とすピウスに、後ろで悲鳴のように叫んで脂汗を掻く指揮官。どちらとも降って湧いた事実に驚きを隠せないようだ。

 私もどちらかと言えば遺憾だが、起きてしまった事実は覆しようがないので諦めるしかない。混血種ピウスを故国へ連れて行ったら大騒動だろうが。


 「待て、仮にそれが本当だとしても俺はここから離れられないぞ」

 「己ぇ!暁の剣(アウローラ)は我が偉大なるベスマン帝国に最初に現れたのだぞ!正統な適格者の不確定は仕方がないとしても、管理と所有に関しては我々に委ねるべき聖剣!貴様のような薄汚い魔物が手に触れて良いものではない!」

 「管理者としての役割もある、俺が言うのもなんだが怪物が勇者なんて聞いたことが無いぞ」

 「初めて暁の剣(アウローラ)が現れたとされる聖神暦184年から続く我が帝国こそが唯一絶対の勇者を所有することができる強国!小娘ごときが御しきれるものではないのだぞ!」

 「抵抗が無駄らしいのは何となく解るんだが、せめてもう少し詳しい事情をだな……」

 「この拘束を早く外せぇ!この卑しい下級氏族共めが!このような仕打ちをして唯で済む思っているのか!?」


 …………面倒ね。


 「どうしたんだ?」

 「聞いているのか貴様ぁ!?」

 「黙りなさい」

 『ッ!?』


 ただでさえ腕の痛みや暁の剣(アウローラ)関連でささくれ立っている神経が、耳障りな騒ぎ声で非常に不愉快だ。

 節約していた魔術をここでちょっとくらい派手に使っても問題無いだろう。


 「“灰塵となり燃え散るこの身は《Mit einem leichten Brennen》、決して情を失わず《Sincerity verschwindet nicht》。道逝く者に灯火を《Beleuchten die pro》、明かりの眺めを比べからず《Point-Licht im Fenster》”」

 「お、おい?」


 炎によって乾燥された空気中には、遺跡の外壁が崩れた時の埃や灰になった木材が大量に漂っている。

 熱せられた空気は天井に集まり、隙間から冷えた建物外へ流れ出ているはずだ。つまり天井付近に火属性の魔術を撃ち込めば、埃などによって燃焼速度の爆発的な加熱によってそれこそこの遺跡ごと吹き飛ぶ程度の爆破が可能になる。

 よく言われるのだが、私はキレると常識的で、かなり冷静に、ぶっ飛ぶらしい。自分への被害とかそういうものを度外視して建物を吹き飛ばそうとするくらい過激に。


 「ま、待て!いったん深呼吸でもして落ちつ―――――――!」

 「“終末の篝火《Fegefeuer der End》”」


 雨の降る暗い黄昏時、湿った森の一部が一気に干上がるほどの爆炎が、崩壊した遺跡から噴き出した。

女の人の可愛いの基準が解りません!

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