後輩と水着を買いに行くだけのお話
「せんぱい、付き合ってくださいっ!」
ぼくこと、夢半桑栄の人生に、『恋愛』という要素が介在したことはこれまで一度もなかった。
しかしある日、ひょんなことがきっかけで、ぼくは彼女と関わりを持ってしまった。
それだけのことで、ぼくの人生はまったく違う方向に傾いてしまったのだ。
彼女――住島蓬城の渾身のお願いを聞いて、ぼくは――
「………………ふぇ、ふぇぁい」
そんな、情けない声でしか返答をすることができなかった。
そして翌日。ぼくと住島は、ショッピングモールに足を運んでいた。
「わたしの買い物に付き合わせちゃって、申し訳ないです。あとで、なんか奢りますよ」
「……そんなの、いいよ。女の子の荷物を持つのは、男の義務なんだから」
口ではそう言いながらも、内心では少し疑問に思っていた。服に、アクセサリーに、ぬいぐるみに……、今日買いに来たのは水着だったはずなのに、いったいどうしてこんなに荷物が増えてしまったのだろうか。
女の子の買い物って、とても面倒くさい。まあでも、面倒くさいことが嫌いなわけではないので、ぼくとしてはどちらでもよかった。そしてそれよりも、もっと重大なことがある。
まず、今日買いに来たのは水着だ。いきなり仲よしグループで海水浴をする予定が入った(ぼくも勝手にメンバーに入れられていた)ため、泳ぐのに興味がなくスク水以外の水着に身を包んだことがないぼくたちのような人間は、必ず恥をかいてしまう。だから、なんとかみんなに見られても恥ずかしくない水着を手に入れる必要があった。
そのために集まったのが今日のぼくたちだ――といっても、実際のところぼくに恥という感情はあまり備わっていない。海で恥をかこうが水をかこうがなにも変わらないと思っているのがぼくなので、今回新しい水着を買うのは住島だけだ。
そして、水着を買うなら――するだろ。
試着するだろ。
ぼくのような童貞は、女子の水着姿を見るだけでも少しワクワクしてしまう。もしかしたらそれは、童貞に限った話じゃあないのかもしれないけど…………。とにかく、ぼくはきっと今日、住島の水着姿を見ることになる。感想なんか求められたら、ぼくは清少納言になってしまうかもしれない。刺激が、あまりにも強すぎる。
もしくは、試着室でエッチなハプニングとか…………? キャーッ!
「………………どうしたんですか? 荷物、やっぱり重い?」
「いや、なんでもないよ。大丈夫」
服が想像以上に重すぎて、腕の感覚がなくなりそうなことを大丈夫と呼ばない場合においても、ぼくは『大丈夫』と言うしかない。なぜなら、ぼくが男だから。ジェンダーなんちゃらとかなんちゃらとかは関係なく、これはプライドの問題だ。
好きな子の前でくらい、男としての矜持を守らなければ。
少し心配そうにぼくを見つめる住島だが、元凶はきみなんだぜ(他責思考)。
「なら、いいんですけど…………」
頭の中でアダルトな妄想をしながらでないと、この重量はキツい。ぬいぐるみだってそれなりに邪魔だし、アクセサリーくらいは自分でも持てるだろう。そう思うなら直接言えよと思うかもしれないが、なんでもない大丈夫と平気アピールをした直後にそんなことを言えば、即殺で『ダサいヤツ』のレッテルを貼られてしまうことは想像に容易い。
ちなみに、アダルトな妄想うんぬんは嘘だ。まあ、どんな現実逃避の手法をもってしても重量制限はオーバーしてしまうので、たとえ本当であってもとくに状況が好転したりはしない。悪くもならないし。
そんなこんなでぼくたちは、目的地に到着した。出店の、水着専門店――ここえ、ぼくはどんな光景を目の当たりにするのだろう。楽しみすぎてよだれが止まらないなんてことはないが、一応いつ鼻血が出てもいいようにハンカチを用意してきた。
問題は、持っている荷物が多すぎて両手が塞がっているので、そのハンカチを取り出すことができないことだ。
「せんぱいは、どんなのが好きですか?」
「え?」
ピンチに陥っていたぼくに、さらなるピンチを与えてくれる住島。これは、なんだ? どう答えればいい?
「………………えっと」
「スクール水着とかですか?」
「ぼく、そんなに変態っぽいかな」
好きな水着はなんだという問いにスク水という答を返すような人間は、もれなく変態だという偏見。だが、偏見だろうがなんだろうがきっと事実だ。ちなみにぼくは、あんまり。昔、みんなの前でそのスク水(女子用)を着させられたことがあるから。ただでさえ当時のぼくは性とかを意識し始めちゃってる年頃だったので、この出来事はトラウマとしてぼくの心に大きな傷を残している。
「…………好きなのは、なんかふりふりしてるやつかなあ」
好きな子にスク水好きの変態だとは思われたくないし、女子とそういう会話(別にエッチな会話じゃないけどね)を続けるのもなんだか気まずかったので、とりあえずは正直に答えることにした。
「ビキニでもワンピースでも、なにもない素朴よりはふりふりしてる素朴なやつのほうが好き」
「ふりふり………………え、もしかしてフリルのこと言ってます?」
「あ、多分それだ」
正直言って、服にはあまり関心がない。それに、フリルってなんだかレディースの象徴みたいな感じがするから、メンズしか着ないぼくとはあまり縁がないんだよね。ただでさえファッションについてよく知らないのに。
「ふむ、なるほど…………。じゃあ、ドエロい水着じゃなくていいんですね?」
「………………」
ドエロい水着にしてくれと言ったら、住島はドン引きするだろうか。どんな反応をするのかは見てみたいが、それでドン引かれて関係が切れたらさすがのぼくでもそれはもう号泣してしまうので、正直にはならなかった。
「…………………………………………別に、いいよ」
「めちゃくちゃ間が空きましたね。素直になればいいのに」
素直になれば住島のドエロい水着姿が見れるのか?
数分葛藤したが、結局ぼくは素直にならなかった。ぼくは紳士なので、そういうのは我慢するのだ。
「好きなの買いなよ」
「せんぱいのチョイスで買いたいんです」
なるほど、これは困った。
女子の水着を選んだことなんて、これまでの人生において一度もない。どうすればいいのか、勝手がまったく分からないのだ。変にチキってダサいのを選ぶ羽目になるか、堂々とドエロい水着を選ぶ羽目になるか――おかしいな、どちらを選んでもバッドエンドだ。後者は最期にドエロい水着姿の住島を観賞できるので、前者よりはマシな終わりかたなのかもしれないが。どちらにせよ引かれてしまう。
せめて、ドン引かれて距離を置かれる未来だけは避けなければ。そのためにも、住島から積極的に情報を引き出さなければならない。ミッションクリアの鍵を握っているのは、ぼくでも店員さんでもなく、住島なのだから。
「住島は、どんな水着が好きなの?」
「うーん…………。あまり、拘ったことはありませんね」
そういや、そうだった。ぼくたちはスク水しか持っていない連合だったのだ。
でも、好みくらいはあってもよくない?
「………………」
これまで住島の裸を見る機会がなかったので、服の上からの推測にはなるが、住島のスタイルはかなり良いほうだと思う。多分、どちらかといえばスレンダーよりで、体重も軽い(この前おんぶした)。顔も可愛いし、フリルはよく似合うはずだ。だからとりあえず、フリルに絞って選んでいく。
「何色が好き?」
「せんぱいは何色が好きですか?」
「ぼく? ぼくは水色が好きだけど………………」
「同じですね」
それは奇遇だ。
つまり、選ぶべきは――水色のフリルビキニ。ワンピースでもいいのだけど、ここはぼくの好みである。ただ、好きな子が人前で露出度の高い水着を身に付けるというのはなんだかもやもやしてしまう気がするので、ぼくは程よい感じのタンクトップビキニを探すことにした。
すべての条件に合うかつシンプルな柄を探すこと数分、思ったよりも早くそれは見つかった。
「あ、これ…………」
「これですか?」
見つけたのは、水色と白色のストライプ柄をした、比較的露出度の少ないビスチェタイプのタンキニ。上下どっちもふりふりしてて可愛いし、おそらくどんな人にも似合いそうだった。どんな人にも似合うのであれば、住島が着れば倍似合うということ。
「これ、どうかな?」
「エロい水着じゃなくていいんですかぁ?」
「まだそれ言う…………?」
エロいのよりも、着たいものを着てほしい。ぼくは紳士である以前に、住島のことが好きなのだ。
「冗談ですよ。じゃあ、さっそく試着してきますね。ちょうど、近くに更衣室もありますし。…………見たいなら、覗いてもいいんですよ?」
「の、覗かないよ!」
動揺してしまったが、覗くつもりは本当にない。さすがのこの歳で性犯罪者の仲間入りはしたくなかったし、ここで誘惑に負ける男が住島と釣り合うとは思わなかったからだ。ぼくは、性欲に屈しない男である。
「………………」
カーテンをたった一枚隔てただけの向こう側で、好きな子が裸になっているというとんでもない展開に、ぼくは非常に動揺していた。童貞ここに極まれり。卒業式はいつだろう?
それにしても、水着がぼくのチョイスであるというだけで、少し不安を覚えてしまう。元が良いから、きっと似合いはするんだろうけど…………。
そんなことを思っていると、ついにカーテンの向こう側から声が聞こえた。
「終わったから、入ってきて」
「え?」
「人に見られるの、嫌だから」
ぼくは人として見られていなかったのか……?
という馬鹿みたいな曲解はせず、純粋に受け止める。住島は、知らない人に自分の水着姿を見られるのが嫌だっただけだろう。
少しの勇気を要したが、ぼくはまず靴を脱いでから、ゆっくりとカーテンをめくり、試着室に入ってすぐ閉じた。
そして、視点を目の前の少女に合わせる。
「………………わあ」
思わず、感嘆の声が上がった。
「ど、どうなんですか。似合ってるんですか。その反応…………」
「思わず見惚れちゃったんだよ。…………うん、とても似合ってる」
口から本当のことがぽろぽろと漏れる。それらは絶対に嘘にはならなかった。
「そ、そうですか………………」
頬を赤らめ、もじもじとしながら上目遣いでぼくを見上げる住島。どうやら照れているようだが、そこに言及すると蹴りが飛んできそうだったので、なにも言わなかった。
それにしても、この状況はヤバい。
赤面した女子と、思春期真っ盛りの男子が密室内にふたりきり。現実に名探偵もトリックも存在しないとなれば、エロいことが起こる可能性はとんでもなく高そうな状況だった。しかし、ぼくはあくまでも紳士だ。今日は住島の水着姿を見にきただけで、手を出すつもりは微塵もない。というか、外でエロいことをして興奮するという性癖をぼくは有していなかった。
「そろそろ出るけど、ほかのも着る?」
「いや、これを買います」
「了解」
「それとも、やっぱりドエロい水着をご所望――」
「してないからね」
そんな嘘をついて、ぼくは試着室を出る。忍者並のスピードで動いたので、中の様子が外の人間に見られるような事態はきっと防げただろう。ぼくが独り占めしたかった。けど、海水浴に行くんだからいずれは衆目に晒されてしまうのか。困った。
やっぱり、頼み込んでスク水を着てきてもらって――いや、もしかしたらそっちのほうがマズい?
うーんと頭を悩ませていたところ、着替えを終えた住島が試着室から出てきた。
「良い買い物ができました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
礼を素直に受け取れる大人になれと教育されているので、礼は素直に受け取っておいた。
「会計しようか。あ、ほかになにか買う?」
「浮き輪は家にあるので」
もしかして住島、泳げないのか。それならぼくと同じだ。実はぼくもまったく泳げないので、家から浮き輪を持参する気でいる。まあ、海水浴は泳ぐというより、みんなで集まってなにかして遊ぶみたいな感じなイメージがあるけど。
「…………レジどこ?」
「あそこに無人レジっぽいところがありますね」
それは近未来的でとっても素敵だ。ぼくの家の近くのスーパーも無人レジを導入して早数年が経過したけど、未だに使いかたが分からず有人レジのお世話になっている。
機械音痴とかそういうのではないと信じたかった。
「あ、隣に普通のレジもありますね」
「そっちにしようよ。せっかく来たんだし」
「………………?」
言っていることがよく分からないという顔をされてしまった。ぼくが言いたいことは要するに、人とのつながりを大事にしようねということだったんだけど…………。
それだけじゃないけど。
「いらっしゃいませ」
店員さんは、ぼくたちが近付くと笑顔で声をかけてくれた。
こういう愛想の良い接客、マジでできる気がしない。きっと細胞から違うのだろう。
「五千六百円になります」
「ペイペイで」
「え?」
住島が鞄から財布を取り出していたので、ぼくは慌てて横入りし、店員さんにスマホの画面を向ける。
「かしこまりました」
「え、ちょっと………………」
「そういえば、値段見てなかったね」
好きな子の前では格好くらい付けさせてほしい。これがしたかったから、ぼくは自分の水着を諦めたのだ。というのはさすがに噓だけど、こういうのやってみたかったんだよね。
「ありがとうございました~」
微笑ましいものを見るような目でこちらを見る店員さんに背中を向けて、ぼくたちは店を出ていく。
「け、けっこう高かったのに…………」
「バイトしてるから大丈夫。それに、ぼくが選んだんだから」
「着るのはわたし…………」
それは正論だったけど、気にしないことにした。
「このくらいさせてよ」
「でも、申し訳ないですし………………」
「付き合ってから初めてのデート記念、ってことで」
そう言うと、ぼくの彼女――住島は、黙ってしまった。横目で様子を窺うと、どうやら照れているようだった。
「…………あんまり、実感ありませんでした」
「告白してくれて、ありがとうね。ぼくも好きだったけど、なかなか勇気が出なかったんだ」
「すっ…………!」
荷物が重いなあ、とかどうでもいいことを考えてみる。だけど、残念ながらぼくの体温は上昇し続けていた。
顔が熱い。
「………………わたしも」
そして、
「わたしも、せんぱいのこと、好きです」
住島はそう言うと、荷物で塞がったぼくの手のひらを一瞥し、一瞬だけ固まってから、ぼくの腕に飛び込んできた。この倒れそうになるほどの衝撃は、住島の危険なタックルによるものではなかったのかもしれなかった。
※水着の試着で裸になることはありません。




