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十数年前に「君とは結婚できない」と言った男が助けを求めてきたので、今度こそ分からせます  作者: と。/橘叶和


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3/3

後編

 夫と前アエル男爵の長男は、身分差はあれど学生時代の友人であったのだ。そして、私と夫を繋いでくれた人でもある。前アエル男爵の長男であり、あの女の兄であるドリューは、病身の両親に代わり私に謝罪を申し出てくれた。しかし聞けば聞く程、ドリューもあの女の被害者であることが分かり、ひどく複雑な気分にさせられたものだ。


 家門の娘の不手際の責任は家門の長が取るべきで、けれど前アエル男爵も夫人も体が弱く、もう責任を取る為に謝罪行脚をすることもできない。爵位の譲渡こそまだだったものの、当時からまだ年若いドリューが実質的な領主をしていたといっても過言ではなかったからこそ、彼は方々に頭を下げに行っていた。


 けれどドリューは、友人に恵まれていた。これを機に、やらかし続ける妹を男に押しつけてしまえと複数の友人に背を押されたのだ。夫もその中の一人だった。特に夫は、自領経営を手伝ってほしいと具体的な話まで詰めていた。しかしドリューは誠実な人で「それでは道理が通らない」「それにあの馬鹿二人に領主は務まらない。領民が苦労する」と言ったらしい。そこで夫が、最大の被害者である私に話をつけようとしたことが、私たちの始まりだ。まあ、それは一旦横に置いておこう。


 とにかくドリューは、あの女とは似ても似つかないのだ。少し頑固だが誠実で実力があり、友人からの信頼も篤い。実直すぎるきらいもあるが、愚直という訳でもない。彼が男爵領を継ぐのなら、きっとあそこからでも立て直せるだろう。



「……ま、まさか、始めから、そのつもりで?」

「乗り込んでくるとまでは思っていなかったがな。ここまでの恥知らずとは恐れ入る」

「――に、やがって」



 男は、ぶつぶつと何事かを呟きながらゆっくりと立ち上がった。それを見て、部屋に控えていた護衛が一斉に、けれど静かに近寄ってくる。



「……って、馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって! どいつもこいつも! 若気の至りだろう、あんなの! 誰だって何かしらやってるだろう! なんで僕ばっかり! なんで! は、何だ、何をする! やめろ! 放せ! 放せえ!」



 叫び暴れ出した男は優秀な護衛たちによって、簡単に取り押さえられた。ああ、煩いこと。



「今すぐ黙らなければ顎を潰すぞ、男爵」



 男の叫び声が響く応接室を、夫の冷えた低い声が貫く。あれだけ騒ぎ立てていた男は、それを聞くやまたぶるぶると震えだした。まったく小者なのだか考えなしなのか、いや、その両方か。騒ぐのか縮こまるのか、どちらかにしてほしいものだ。



「ひ、や、やめろ、やめてください……っ」

「はあ……。若気の至りと貴様は言うが、その通りだ。挽回の余地はいくらかあった。伯爵家から追い出されても貴族の地位は剥奪されず、むしろドリューが受け継ぐ筈だった爵位まで奪って領主にまでなったのだろう。それを怠慢と怠惰で失うのだから、自業自得にほかならない」

「し、しかし、僕は、本当は伯爵位を継ぐ予定で、それなのに……」

「伯爵領の三分の一もない男爵領もまともに運営できない愚者が、どうやって伯爵になると?」

「ぼ、僕は、僕は……。あ、ああ、待ってください、侯爵。子どもがいるんです。まだ小さい。僕が爵位を失えば、子どもはどうなるんですか……!」

「平民の子として育てればいい。平民だって子どもを産み育てている。親が平民になるのなら、子も平民として生きるのが自然だろう」

「そ、そんな……」

「……いいか、貴様は凡才以下なのだ。本来、貴様のような男は死に物狂いで研鑽を積まなければらなかった。それでやっと人並みになれたのだ。けれど貴様がやったことといえば、他家の令嬢に恥をかかせ、他家の爵位を奪い、その上で自身がこの世で一番不幸だと嘆くことだけ。それとも何かやったか、何か反論でもあるか」

「……」

「答えられないだろうな。やってこなかったのだから」



 男は押さえつけられながら真っ青な顔で視線を落とした。きっと、それ以外にできることがなかった。



「高位貴族への恫喝」

「……え?」

「強要未遂、傷害未遂、強盗未遂も入れておくか、ああ、不法侵入と不敬罪もだ」

「な、な、何を……」

「通報する我が家の被害だ。貴様はこれから牢に入り裁判にかけられる。弁護についてくれる者がいればいいな?」

「ひ、ち、違う。僕は、そんな、恫喝や強盗なんて、ふ、不法侵入もしていない。僕は――」

「我が家で、貴様を招いた事実はない。大体、この中で不敬罪が一番に刑が重い。ほかはおまけだ」



 夫がきっぱりとそう言い切ると、男は今度こそ全身の力を抜いてがくりと項垂れてしまった。ああ、絨毯が……。



「だが、喜べ。貴様が法によって裁かれ、ドリューが正しく男爵となれば男爵領の領民たちは救われる。命は尊いのだろう。よかったじゃないか」

「何が、何が……」

「ああ、そうだ。貴様の妻だが、詐欺師と国外逃亡しようとしたところを捕らえられたぞ」

「……は?」

「貴様が妻のおねだりに応えて男爵領に新しく作ろうとしていた不必要な大劇場、あれはその詐欺師の発案だそうだ。工事費用の全てを持ち逃げするつもりだったらしい」

「こう、は? ……はあっ?」

「池を埋め立てただけで、着工はしていなかっただろう。あれは、埋め立てる費用しか工事業者に渡していなかったからだ。あとは着服して逃げる予定だったようだぞ」



 それは私も初耳だ。夫が今朝早く王宮に呼ばれたのは、その件だったのだろうか。緊急性が高かったから転移魔法を使わねばならなかったが、あれが苦手な夫は難しい顔をして出かけていったのだ。



「ミランダ、あの女……。あの女のせいで、僕が、どれだけ苦労をしたと……」

「あら、愛しているから、苦労は厭わないのでしょう? 貴方がそう言ったのだわ」

「違う、あれは、あれは、若気の至りで……。本当は、君と結婚していればきっと、君を愛せていたのに……!」



 押さえつけられたままの男が、どろりとした視線を投げかけてくる。不快でこそあったものの、あの頃に感じた屈辱に比べれば何でもなかった。しかし隣の夫がいきり立って「貴様!」と声を荒げようとするので、そっと頬に唇を寄せる。人前で恥ずかしいが、夫を黙らせるにはこれが一番なのだ。


 案の定、夫はぴたりと固まってくれたので、私は男に視線を戻す。最後に言わねばならないことがあった。あの時、言いそびれたことを。



「貴方の愛は、随分と都合のよいものなのですね。愛だと言いさえすれば、全てが丸く収まるのだと勘違いしているようで微笑ましいですわ。ですが、共にいるだけでは愛は育ちません。ねえ、そうだったでしょう?」

「そ、それは……」

「貴方は恋をしたかもしれないけれど、それは恋であって愛ではないわ。貴方の語る愛は安っぽくて軽くて、わたくしにとってあまりにも価値のないものです。貴方と結婚しないでよかったと心から思います」

「……」

「それに若気の至りと言って後悔しているふうであるのに、貴方はわたくしに一度だって直接の謝罪をしなかった。実際、本当は後悔もしていないのでしょう。ただ上手くいかなかったことを嘆いているだけ。だから貴方の後始末は、周りの大人がやったのです。それを、この年になってもまだ気づかないのね。だから恥ずかしげもなくわたくしに会いに来て、わたくしに向かって“君と結婚していれば”なんて言える」



 男はおろおろと視線を泳がせた。図星だから、何も言い返せない。本当に愚かなことだ。この男はあの学生時代から、何の成長もしていない。……私は、どうだろうか。変われただろうか。



「さようなら、もう二度とお会いすることもありませんわ」



 私がそう言い切ると、護衛たちは男を連れ外へ出ていった。男は、これから然るべき機関で裁かれる。罪は重いものとなるだろう。この頭の悪い男に分からせることができたのかは不明だが、もう二度と会うこともないのだからこだわる必要もない。


 男が気にしていた子どもは順当にいけば孤児院に行くことになるだろうが、もしかするとドリューが引き取ると言い出すかもしれない。幼い子どもには罪がないのだから、そこは任せよう。


 足音が遠ざかり、メイドたちも部屋から出ていった。私は小さく息を吸った。



「……ロイド様、ごめんなさい」

「な、何がだ。驚いたが、君からのキスに怒ることはない」

「そっちではなく」

「では、何だ?」



 そっと肩を寄せられ、こめかみにキスをされる。知らずに力の入っていた体が、緩んでいくのを感じた。



「わたくしが一人で対処しようと思っておりましたのに、結局ほとんどしていただいて」

「まさか。ああいったふざけた手合いは、当主が自ら相手にするべきだ。家と家人を守るのは当主の役目で、そうでなくともジェシカを守るのは私でなくてはならない」

「まあ、もう……」

「君はもっと私に頼るべきなんだ。あの子が連絡をくれなかったらどうなっていたことか」

「まさか、オスカーが?」

「ああ、私たちの小さくも勇敢な後継はひどく優秀であるから。あの年であれだけ自在に連絡魔法が使えるのは、ジェシカの血なのだろうけれど」

「あら、あの子の機転はロイド様譲りですよ」



 話しながら、私たちは応接室をあとにした。もう、この場に用はない。早く母思いで父似の賢い息子を抱きしめに行かねばならないのだから。



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