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奪われた約束、満月の誓い





有紗の切なる願いが流れ込んだ瞬間、貞子の胸は激しく締め付けられた。それは、愛する人との永遠の誓い、そしてそれを奪われた深い絶望。有紗の魂は、今もなお、あの満月の夜に置き去りにされたまま、彷徨い続けているのだ。


「栞ちゃん、有紗さんの恋人のこと、何か手がかりはない?」


貞子の問いかけに、栞は首を横に振った。


「うーん、名前も何も……事故の記録にも、もう一人の犠牲者として男性の名前が載っているだけだよ。顔写真も残っていないし」


手がかりは少ない。しかし、有紗の強い想いが、貞子を突き動かしていた。彼女は、有紗の奪われた約束を取り戻し、その魂を安らかに眠らせてあげたいと強く願った。


その夜、貞子は一人、灯台の周辺を歩き回った。満月の光が、岩場を白く照らし出す。有紗が最期に立っていたであろう場所を探し、何か手がかりはないかと目を凝らした。


ふと、波打ち際に、小さな光るものを見つけた。近づいてみると、それは磨かれたような、白い小さな貝殻だった。よく見ると、その表面には、かすかに文字のようなものが刻まれている。


「これだ……!」


貞子は、思わず声を上げた。これは、有紗が恋人と交わした約束の証。あの黒い影が、男性から奪い去ったものに違いない。


貝殻を手に取った瞬間、再び、鮮明な記憶が貞子の脳裏に流れ込んできた。満月の下、有紗と恋人は、この貝殻にそれぞれの名前を刻み、永遠の愛を誓い合っていた。しかし、その幸せな瞬間を切り裂くように、黒い影が現れ、男性の手から貝殻を奪い去ったのだ。


「あの黒い影は……一体何なんだろう……?」


貞子は、湧き上がる疑問を栞にぶつけた。


「わからない……でも、有紗さんの強い未練が生み出した、負の感情の具現化なのかもしれない。約束を奪われた悲しみ、愛する人を失った絶望……それが、あの影の力になっているんだとしたら……」


栞の言葉に、貞子は頷いた。だとしたら、あの黒い影を打ち払うには、有紗の未練を解消し、彼女の心を癒すしかない。


満月の光が、空の一番高いところまで昇った頃、白い影が再び現れた。昨夜よりもさらに強く、その姿は揺らめき、苦悶の色を濃くしていた。


「有紗さん、これを見てください!」


貞子は、手のひらに握った貝殻を、白い影に向かって差し出した。


貝殻を見た瞬間、白い影はピタリと動きを止めた。そして、顔の見えないはずのその存在から、驚きと、そして深い悲しみが溢れ出すのを感じた。


「……あ……」


かすれた、震えるような声が聞こえた。白い影は、ゆっくりと手を伸ばし、貞子の手のひらの上の貝殻に触れた。


その瞬間、白い影の体から、眩い光が溢れ出した。そして、その光の中に、満面の笑みを浮かべた、白いワンピースの若い女性の姿が浮かび上がった。それは、記憶の中で見た、悲しげな有紗の面影とは全く異なる、幸せそうな笑顔だった。


「ありがとう……」


光の中から、優しい声が聞こえた。そして、その光は薄れていき、やがて、白い影の姿も完全に消え去った。


後に残ったのは、静かに波打つ海の音と、貞子の手のひらに残された、温かい貝殻だけだった。


満月の光の下、一つの魂が、ようやくその彷徨いを終えた。しかし、貞子の心には、新たな疑問が湧き上がっていた。あの黒い影は、一体何だったのか。そして、なぜ有紗の幸せを奪おうとしたのか。満月の夜は終わりを迎えたが、貞子の戦いは、まだ終わっていないような気がしていた。

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