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新たな脅威





「海猫亭」の午後は、穏やかな陽射しが差し込み、心地よい時間が流れていた。カウンターの向こうでは、親友の葉月が、鼻歌交じりに新しいコーヒー豆を挽いている。あの雨上がりの帰り道、互いの孤独を打ち明けてから、葉月は貞子にとって、何でも話せる大切な存在になっていた。


「貞子、今日のブレンド、すごく良い香りだよ。ちょっと味見してみない?」


葉月が、淹れたてのコーヒーを小さなカップに注いで差し出してくれた。貞子は、湯気と共に立ち上る香りをゆっくりと吸い込み、一口含むと、芳醇な香りが口いっぱいに広がった。


「うん、美味しい。葉月、本当に腕を上げたね」


貞子が微笑むと、葉月は照れたように笑い、「まあね!毎日、美味しいコーヒーを淹れてるんだもん」と得意げな表情を見せた。


店には、常連客の穏やかな話し声が響き、時折、ドアベルがチリンと鳴る。かつての井戸の底では考えられなかった、温かく、色鮮やかな日常が、今の貞子にとっての現実だった。


ふと、貞子のスマートフォンが控えめに震えた。画面には、見慣れない番号が表示されていると思いながら通話ボタンを押すと、少し緊張した、しかしどこか懐かしい声が聞こえてきた。「もしもし、貞子さん?私、栞です。覚えていますか?大島で、舞子の妹です」


栞の声だ。あの神奈川で、共に禁断の記憶と向き合った、舞子の妹。久しぶりの連絡に、貞子の心はざわめいた。


「栞さん、もちろん覚えていますよ。お久しぶりですね。何かありましたか?」


貞子が穏やかに問いかけると、栞の声は揺れた。「はい、実は…姉から連絡があって…色々あったみたいで。奈緒さんっていう方が、貞子さんの…その、抜け殻に憑りつかれてしまったと聞きました」


葉月は、隣で顔をしかめている。「貞子の抜け殻…?一体何のこと?」


貞子は、葉月に説明した。かつて、自分の怨念が形になった、もう一人の自分の存在。それが、誰かに影響を与えているらしい。


栞は、舞子から聞いた話として、沖ノ島での出来事を語り始めた。「姉は、羽田雫さんという方が、一人でその抜け殻を探していると言っていました。姉は、別の場所で、何か手がかりを探しているみたいなんです」栞の声には、心配の色が濃くなっていた。「その抜け殻が、まだ貞子さんに戻る可能性があるって、雫さんが言っていると聞きました」


「私の…抜け殻が、私に戻る?」貞子は、改めてその言葉を反芻した。


「はい。姉がそう言っていました。詳しいことは私もよく分からないのですが…なんだか、大変なことになっているみたいで…」栞の声は、 揺れていた。


「大丈夫?なんだか顔色が優れないよ」心配そうな表情で、葉月が貞子の顔を覗き込んだ。


「ううん、大丈夫だよ」と貞子は答えたものの、心の中には、小さな波紋が広がり始めていた。平穏な日常の湖面に、小さな石が投げ込まれたような、そんな予感が、彼女の心を静かに、しかし確実に揺さぶっていた。栞の声が、遠い日の記憶と、まだ見ぬ 影を繋いでいるように感じられた。

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