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エルザ、計画を進めていく


 翌日から、リアムとエミリーにお願いし、ティノ・ベネットとリッカルド・セルギーヌについての情報を探ってもらった。

 リアムは商人に、エミリーはメイド仲間に探りを入れ、情報は速やかに集められた。


 まず、ティノ・ベネット。

 王都で五本の指に入る商会、ベネット商会の跡取り息子で、現在は専務の地位に就いている温和で人当たりが良い好青年だ。

 しかしそのベネット商会は、表向きには羽振りがよく金回りがいいと評判だったが、その実資金繰りが上手くいっておらず、いつ経営が破綻してもおかしくない状況だった。


 そして、リッカルド・セルギーヌ。

 セルギーヌ子爵家の長男で次期当主だ。

 セルギーヌ家は家格はそれ程高くはないが、建国時から存在する由緒正しい家門であり、王家からの覚えもめでたく人々からの尊敬を集めていた。

 しかしその実は、古くからの慣習に拘り時代の変化についていけず、輝かしいのはその名前ばかりの貧乏暮らしを強いられていた。

 一見穏やかで紳士的に見えるリッカルドだが、実際は神経質でプライドが高く、家族全員が見栄のため借金をする始末で、セルギーヌ家は由緒正しき家門の仮面を被りながらも借金まみれだった。

 

(どちらの家も、外面はいいけれど実際にはお金に困っている。それならば、そこを利用させてもらいましょう)


 私は、二人に接触を始めた。

 最初に会ったのはティノ・ベネット。

 恋人だったセーラが正室になったハンバード家の側室。

 そんな立場の私に呼び出されたのだ。

 初めはかなり警戒していたものの、声をかけた理由が商売の話をするためだとわかると、警戒心を解いて人当たりの良い笑顔を見せた。


「ハンバード家では新しい事業を計画しています。それが、チョコレートの代替品となるキャロブを使ったお菓子です。キャロブは味や風味がチョコレートによく似ていますが、チョコレートのように糖質や脂質が多く含まれず、栄養価も高いことから美容と健康に効果があるのです。美容にうるさい令嬢たちからも、早く商品化してほしいというお声を頂いているのですよ。キャロブの仕入れとお菓子の製造はこちらで行いますので、ベネット商会では販売を担当していただきたいのです。ベネット商会の取り分は、売上の3割でいかがでしょうか?」

「3割……! 仕入れにも製造にも関わらずに、販売するだけでそんなに頂けるのですか?」

「はい。初期投資もいりませんし、万が一商品が売れなくてもハンバード家が全責任を負います。ベネット商会が損をすることは絶対にありませんわ」

「ど、どうして販売元にベネット商会を選んでいただけたのでしょうか? そのような好条件でしたら、いくらでも取引きしたいという商会があるでしょうに」


 あまりに自分たちに都合がいい条件なので、何か裏があるのではないかと不安になったようだ。

 裏があるどころか、この商売自体が架空の作り話なのだが、資金繰りに困りいつ倒産してもおかしくない今の状況下では、冷静な判断などできないだろう。

 これ程の好条件。縋りつきたいに決まっている。


「それは、ベネット商会が羽振りがいいと評判だからです。やはり、手を組むならベネット商会のように景気がよくありませんと、売れるものも売れなくなってしまいますからね」


 私の言葉に、ティノの口元が一気に緩む。


「わかりました、エルザ夫人。商品の販売は、ぜひともベネット商会にお任せください!」


 その後、私はリッカルド・セルギーヌに会い、同じように商売の話を持ちかけた。

 リッカルドはティノと同じように、なぜセルギーヌ家にこの話を持ちかけたのかと尋ねた。


「それはもちろん、セルギーヌ家のお名前の力にあやかりたいからですわ。セルギーヌ家といえば、王家からの信頼も厚い由緒正しき歴史ある家門。そのお名前が連なっていれば、この商売に対する信用度が格段に上がるのです。仕入れも製造もこちらで行いますし、販売は信用のおける商会に話をつけてあります。セルギーヌ家は、そのお名前を使い宣伝して下さるだけでいいのです。協力して頂けるなら、売上の3割をお支払いしましょう」

「宣伝するだけで3割も……!」

「そうです。セルギーヌ家の名前には、それだけの価値があるということですわ」


 借金を抱え藁にもすがりたいリッカルドは、私の話に二つ返事で了承したのだった。


 それから、商談と称してそれぞれと数回会った私は、その度に情報を探った。


 やはり二人は、互いがセーラの恋人であった過去を知らないようだ。

 そして、セーラのことを恨んでいる様子もない。

 というより、彼らの中でセーラとの関係はまだ終わっていないのだ。

 婚約者はいないのか、いないのなら友人の令嬢を紹介しましょうかと尋ねると、どちらも恋人はいるが事情があって今は会うことが叶わない。けれど、時が来れば再び一緒になれるのだと、恍惚の表情を浮かべながら話したのだから。


 セーラはティノともリッカルドとも交際していながら、子を身籠ると直ぐ様ジェラルドと結婚した。

 ティノとリッカルドと下手な別れ方でもすれば、逆恨みされ何をされるかわからなかっただろう。交際していた事実を言いふらされようものなら、他に恋人がいたことをジェラルドに知られてしまう。

 そうなれば、お腹の子をハンバード家の跡継ぎにするというセーラの野望は、一瞬にして崩れ去るのだ。

 

 恐らくセーラは、ティノとリッカルドにこう告げたのだ。


「お腹の子は間違いなくあなたの子よ。この子が未来の当主になれば、ハンバード家の財産を好きにできる。そうなれば、あなたの家を助けることができるわ。これだけは忘れないで。私がジェラルドと結婚するのは、あなたのためなのよ」


 金がないということは惨めでつらく、光の届かない暗闇を当てもなく歩き続けているようなものだ。

 そんな中で聞いたその提案は、セーラにとってはただの戯言でも、二人には救いの言葉に聞こえたのかもしれない。

 自分のためにその身を犠牲にしてくれるセーラは、二人にとっては天使か女神だったのだ。


 ティノもリッカルドも、まだセーラを愛している。

 それは、私にとっては好都合だった。

 私は、計画を次に進めた。



「晩餐会ですか?」


 四度目にティノに会った時、私は一通の招待状を彼に手渡した。


「事業の協力者と親交を深めるために、ハンバード家で晩餐会を開こうと考えているのです」


 しばらく目を泳がせたティノは、意を決したようにこう尋ねる。


「セ……いえ、ハンバード侯爵夫人は出席されるのでしょうか?」

「いえ。セーラ様は今回の事業には関わっていないので、招待する予定はありませんよ」


 笑顔でそう答えると、ホッとしたように息を吐くティノ。それから、晩餐会へ出席する旨を伝えてくれた。

 お腹の子が跡継ぎと承認されるまでは会わないほうがいい、セーラにそう言い含められているのだろう。

 

 その後リッカルドに会った私は、同じように晩餐会の招待状を手渡した。

 ティノと同じくセーラの出席の有無を確認したリッカルドは、セーラを招待する予定はないと告げると、出席すると答えたのだった。



 晩餐会の準備に取りかかる前に、もう一つやらなければならないことがあった。

 ジェラルドに会いに行き、新しい事業を始めるので、協力者と親睦を深めるための晩餐会を開きたいと告げる。

 

「出席していただけますか? ジェラルド様」


 こちらを一瞥もせずに、


「なぜ俺が?」


 と煩わしそうに尋ねるジェラルド。私は答える。


「それは、あなたがハンバード侯爵家の顔、いえ、ハンバード家そのものだからです。招待客は皆、あなたに会いたくてハンバード邸にやって来るのですよ。あなたがいなくてはがっかりされてしまいますわ」


 ジェラルドは頼られることが好きだ。 

 甘えられ、あなたは凄いと尊敬の眼差しを向けられることが。

 私もそうしていれば、これ程嫌われることはなかったのだろう。

 だけど、私にはそれができなかった。

 ジェラルドを凄いと思ったことも、尊敬したこともないからだ。

 こんなおべっかを言うのも鳥肌が立ちそうだが、作戦の一環なので仕方がない。


 私の言葉を聞いたジェラルドは、あからさまに機嫌を良くすると、


「お前もとうとう俺の素晴らしさに気がついたようだな。側室になったことで目が覚めたのだろう。良かろう。晩餐会を開く許可を与えてやる。俺が直々に参加し、招待客をもてなしてやろうではないか」


 と言ってニヤリと笑うのだった。


 

 そうして、晩餐会当日になった。

 正装をしたジェラルドが会場である大食堂に姿を現す。

 そして、その腕に自分の腕を絡ませるセーラの姿も。


(やっぱり来たわね)


 セーラのことだ。

 私とジェラルドが揃う晩餐会に、大人しく引っ込んでいるはずがない。絶対にしゃしゃり出て来るだろうと思っていた。

 ティノとリッカルドは、話が違うと怒るだろうか。

 だけど、私は二人にこう言ったのだ。

 セーラを招待する予定はないと。

 私はセーラを招待していない。セーラが勝手に来たのだ。

 もちろん、それを予想してセーラの席も食事も用意してある。

 それでも、私は二人に嘘はついてはいない。

 

「お前……、もしかしてエルザなのか?」


 私の姿に目を留めたジェラルドが、驚いたような声を上げる。

 あの日以来髪と肌の手入れは欠かしていないし、ドレスも宝石も借り物だが、エミリーが気合を入れて作り上げてくれた姿なのだ。

 ひっつめ髪の地味なエルザしか知らないジェラルドにとっては、衝撃的だったのだろう。


 その時、執事がやってきて、客人が到着したことを告げた。

 ティノとリッカルドが大食堂に現れる。

 招待された客人がティノとリッカルドだとわかると、セーラはあからさまに動揺して体を震わせ、セーラがいないものだと思っていたティノとリッカルドも挙動不審になった。


「あら? もしかして、皆さんは面識があるのかしら?」


 私の言葉に、セーラが海の色の瞳をキッと吊り上げる。


「なっ、何を言っているのかしら? 初対面に決まっているでしょ!」

「……そうですか。さあ、参加者は揃いました。それでは、晩餐会を始めましょう」

 

 こうして、晩餐会は始まった。


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