04
「アレックス・セレスティアです」
「お初にお目にかかります、アレックス王子。私、ホイストン子爵長女ルナリア・ホイストンと申します。本日からお世話になります」
ドレスの裾を指で掴みカーテシーをする。
私は本日から王宮に住むことになった。
目的のひとつに今、学園以内に留まっている不可視現象をこれ以上広めない為に先手を打たなければならない。
その決め手となるのが私の色が視える力だと、王太子エヴァンジェリン殿下は仰った。
現在、第二王子ディーノ殿下は学園を休んで王宮で休養中。
ディーノ王子殿下を視て見たけど、黒いうずが纏わりついている。
それはよく見てみれば恐ろしいことが判明した。
「人の手の形をした、黒いうずがディーノ王子殿下から視えます」
何で今まで気づかなかったのか不思議なほどはっきりと視える。
――怖い。
無意識に小刻みに震えていたのか、エヴァンジェリン王太子殿下が優しい声色で「大丈夫、何かあれば私がルナリア嬢を守るから」と、声を掛けられて少しだけ気持ちが和らいだ。
――私に何ができる?
私に出来ることといえば色を視ること、それ以外に何も特徴があるわけでは無い。
ふっと、頭に過った。
――「このハンカチを使ってから婚約者様から綺麗になったと褒められるようになったのよ」
――「私も実は同じなの」
たまたま耳にした令嬢達の会話の中に、私が刺繍をしたハンカチを彼女達が持っていたことを思い出した。
その一方で、ソフィアにディーノから手紙が届いていた。
ディーノの侍従のギル・カプラニカ。
まだ、学園に通う歳ではなく十五歳の彼はアリス・ローザに関わる事がないから今、騒がしている現象に侵されないと判断してギルに託しただろう。
侍従のギルからソフィアに渡された手紙には――。
『この手紙を読んでいる事は、僕に異変が起きているだね。
最近、記憶が曖昧の事が多い。
何をするかわからない。
僕に近づかないで欲しい。』
簡潔に綴られた手紙には、ディーノ王子殿下のソフィアへの気遣いが込められていた。
ソフィアは急いで王宮に向かった。
この手紙は、ディーノ王子殿下本人のものらしくて、自分自身に何かが起きている事に気づき、記憶が無い間に何をする解らない恐ろしさから婚約者のソフィア様を守るため方法が遠ざけることだった。
「弟から相談は受けていたが――」
悔しそうに顔を歪めるエヴァンジェリン王太子殿下。
相談を受けていても手の打ちようが無かったならエヴァンジェリン王太子殿下でもどうすことも出来ない。
エヴァンジェリン王太子殿下は、直ぐに行動に移していたことを知っている。
"不思議な力"を持っている者を探していると御触れを出していたにも関わらず、私にとってこの力は呪い以外にな何でも無かったから名乗り出ることはしなかった。
ディーノ王子殿下の婚約者のソフィア様が、あの時あのような行動を取らなければ今も私は気づかないまま変わらない日常を過ごしていたと思う。
全て、運命に寄って導かれて私は今此処にいる。
まるで、それは運命の女神に導かれたかのように。
私は、思う。
どんな思いでこの手紙を書いたのだろう。
どんな思いでこの手紙を託したのだろう。
想像しても、私にはわからないけど――。
怖くて、恐怖で、苦しいかったはずだ。
力になれるなら力になりたい。
私に出来ることは――……。
あの子たちの話に賭けるしかない。
ただの偶然で思い込みの可能性も捨てきれないけど、試さない手はない。
試してダメだったらまた次何かを試していけばいい。
「試したい事があります」
「試したいこと?」
「ディーノ王子殿下が普段、身につける物やよく触れる物はありませんか? それに刺繍を刺したいです」
「いいけど」
「良いですか!?」
「危害があるの?」
「ありませんが、――その、……実験に使うような事ですし」
尾びれがだんだんと小さくなる。
「ハハ、……確かにそうだね。――実験か、実験。元々、そのつもりだった」
聖魔法に加護を込めることが出来ると、エヴァンジェリン王太子殿下は仰った。
侍女に頼んでディーノ王子殿下が普段使用するものに想いを込めて刺繍を刺す、ひと針ひと針。
数日かけて五つの刺繍を刺した。
刺繍入りのハンカチを使用してしばらくすると、徐々に正気を取り戻し、ディーノ王子殿下に纏わりついていた黒いうずも薄くなり始めている。
これでディーノ王子殿下は一安心。
けど、まだ油断はできないから刺繍をしたハンカチに願いを込めて祈る。
ディーノ王子殿下から話を聞くと、記憶は曖昧で深い海の様な真っ暗なところにいた感じがしたと証言をした。
同じように他の方々も正気を取り戻すと、皆同じことを言っていた。
「ほんとによかった――」
正気を取り戻してからは早かった。
今起きている魅力事件を解決するべく、アリス・ローザ嬢が何を企んでいるのか探るべく演技をし、聞き出す事。
その為には常にアリス・ローザ嬢の側にいなくてはない。
また、魅力に掛かっては元もこうもない。
その為の私が護符付きの刺繍を刺し常に身につけておく事、そして、異変が有れば浄化する手配になっている。
常に見張っている形で申し訳ない気持ちもある。
普通ありえないでしょう?
たかが子爵令嬢の私が王子を見張るなんて畏れ多いが本当の気持ち。
その類いでソフィア様とも仲良くなった。
話題はもちろん、ディーノ王子殿下のこと。
嫌な顔をしていたとか、顔が引きついていたとか、ひとりになった時に泣きそうな顔をしていたとか、とにかくディーノ王子殿下の話。
ソフィア様とディーノ王子殿下と一緒にいる所を見られて疑惑を持たれたら終わり、計画のために今はソフィア様とディーノ王子殿下は距離をとっている。
その為に今日のディーノ王子殿下の話をしている。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ふふふ、全てアリスの思惑通り。
あとは卒業パーティーで忌々しい婚約者を断罪するだけ。
アリス、なんて頭が良いのかしら、まあ、乙女ゲームの定番だけど。
一人部屋でひとり、部屋いっぱいを使って優雅にくるくると回る周る。
他人から見たら狂気じみた振る舞いに恐怖で体が震えるに違いない。
アリス・ローザは笑う。
笑う。
両手で天に挙げ、高笑いする。
「もうすぐ! もう直ぐよ! アリスの望みは叶う!!」
頭も良くて、可愛くて、優しい、アリスほど完璧な女の子はいない。
待っていてね、次はエヴァンジェリンよ。
「まず始めにディーノの婚約者にならなくちゃ」
アリス・ローザは知らない。
着々と、断罪される立場になる事を。
この時から少しずつ洗脳が解け始めていて、アリス・ローザを油断させる為の演技が始まっていたことに。
そもそも、洗脳していたことすらアリス・ローザは知らなかった。
全ての男性は、アリスの美貌に虜になり、アリスの為なら何でも聞いてくれて当たり前だと思っているアリスには、変化も気づかない。
「ね、ディーノ、いつソフィアってやつと婚約破棄を告げるの?」
「きみは、いつがいいだい?」
「ふふふ、卒業パーティーの日でしょ。ソフィアってやつがどんなに非道が皆に晒しめましょうよ」
「きみは、面白いことを考えるだね」
「アリス、頭がいいから」
「うん、そうだね」
アリス・ローザは気づかない。
その変化に――……。
魅了の洗脳から解けたディーノ王子殿下を含めて令息らも協力的だった。
特に熱心のディーノ王子殿下は重大な大役。
何を企んでいるのか聞き出す為に常に一緒に行動をしている。
もちろん、加護付きのハンカチや服を身につけて。
「あれは駄目ですね、顔が引きついている」
遠くから望遠鏡で眺める人物。
「アレで気づかない彼女の頭の中身を見てみたいものだ」
ひとりは、ディーノ王子殿下の側近のリーク。
そしてもうひとりが、ディーノの兄に当たるこの王国の次期国王のエヴァンジェリン王太子。
「ソフィアも覗いてみるかい?」
「遠慮しますわ。演技だとわかっていても見たくありませもの」
確かにそうだ。
何を好んで婚約者と別の女の仲凄まじい姿を見なくてはない。
どう見ても嫌がらせだろうと、ルナリアは思う。
「ルナリアはどうかい?」
「ご遠慮致します」
なぜ? 私に振るう。
全くもって興味が無い。
遠くからでも判るくらいに黒いオーラが視えるから実は言うと怖い。
アレが視えているなら誰でも恐怖に感じるに違いない。
それ程に真っ黒でピリピリと痛みさえも感じる。
痛みを感じるのは気のせいだけど、例えばの話である。
そのぐらいアリス・ローザ嬢には近づきたくない。
目線にも本当は入れたくない。
普通、ここまで離れていたら解らないものなのに。
「……アレではいつ気づかれるかわかったもんではない。演技の指導してなくては」
「楽しんでいませんか?」
「――真逆」
楽しんでいるようにしか見えないだけど、顔が輝いている。
楽しくてしょうがないという顔をしている。
「卒業パーティーで断罪する計画を立てているね。仮に計画を実行したとして、王族としてあるまじき行為って解っていないなら頭――病院を薦めるよ」
言い直したけど対して変わっていないからね? 分かっているのかな?
それは、私も思ったけど。
と、言いますか技だと言っているよね?
「頭がいいと本気で思っているなら、お花――何かの病院かも知れない」
薄々思っていたけど腹黒ぽい。
腹の中真っ黒に違いない。
「ナルリア」
「―――っは、ひ」
急に名前を呼ばれて、舌噛んだし、痛い。
頭の中覗かれていそうでびびった。
「痛そうだったけど、大丈夫かい?」
「大丈夫です。ご心配無く」
「涙目だけど?」
そこはほっといて下さい、お願いします。
エヴァンジェリン王太子から頼まれたのは護符と魔を封じる護符。
私が創り出すものには魔を払ったり、封じたりする事が自然と出来るらしい。
詳しくはわからないけど。
刺繍を施したハンカチと、アリスさんを捕まるときに使う縄を編んだ。