03
"何か、起きる"良くないことが。
それは現実になりつつある。
最初の異変はクラスメイトの男子達。
彼女から伸びる黒い糸は、男性達にまとわりつき離さないと言わんばっかりに絡みついていた。
それから、男子達は虚ろ目で何かに精神を操られているよな、そんな感じ。
――例えば、魔法が存在したのならば"魅了"的な感じ。
小説の中で操られた者達の表現にそんな風に書かれていたことをルナリアは思い出す。
そんな事は有り得ないけど。
この世界には小説に出てくるような魔法なんて存在しなくて、人を操る事はできない。
目の前で起こる不可視現象にルナリアは首を傾げた。
その不可視現象は私のクラスだけで収まらず広がりアリス・ローザを囲む男性陣が日に日に増えてきている。
「………怖いだけど」
怖い。
アリス・ローザが何者か解らないから余計に怖さが増加している。
クラス分けで伯爵以上の令息令嬢は学ぶ建物が違うのに、いつの間に彼女の周りには高貴令息や第二王子といった身分の高い男性陣も含めていつも複数連れ立っている。
多くの男性陣がアリス・ローザと言うひとりの少女を囲い、まるで彼女だけの騎士で悪女から護るように囲い込んでいる。
不思議なことに、そのほとんどがアリス・ローザに恋慕を持っているようには見えなかった。
彼女を慕っているならピンク色の花を散らかせているのに見当たらない。
中には彼女に恋をしている者も確かに存在はするが、それは極一部の男子だけ。
(このままじゃ、セレスティア王国はどうなちゃうの?)
そんな中、王家が不思議な力を持っている人物を探していると風の噂で聞いた。
(王家も大変ね。私には関係ないけど)
私の力は呪いのようなもの。
人間の死、――物の死、植物や動物の死。
長年の観察で、色で人格が解るくらいの、特別に変わり種のない、ただ色が視えるだけ不思議な力とは違うと気にも留めていなかった。
私にとっては色が見えるだけで大した能力でなく、私の人生を壊した呪いに思っていた。
✳︎ ✳︎
アリス・ローザが多くの男性陣を連れ立っている一方で、それを良く思わないのが彼等の婚約者の令嬢たち。
今、私の横を通り過ぎた女子生徒のように、嫉妬の色に染まっている彼女は第二王子様の婚約者ソフィア・ティファニー様。
このクラスには似つかない、第二王子の婚約者のティファニー様が、私のクラスの教室がある方角へ向かっている。
ルナリアは振り返り彼女の背中を見つめ、そして、ルナリアは彼女の背中を追いかけるようにして歩き出した。
彼女が入っていた教室を開けると、今まさに教科書を破こうとしているソフィア・ティファニー様の姿。
物がなくなったり、教科書が破かれたりしているのは知っていた。
――だけど、それは違う。
「辞めておいた方が良いと思います」
私が声をかけると大きく揺れる肩。
確認するかのように振り向いたティファニー様は、酷く動揺をしている様子が疑える。
その瞳に哀しみを宿している。
「そんな事しても、貴女の価値を下げるだけで、相手の思う壺です」
「あなただって妹を――……」
言いかけた言葉を途中で止めて、ティファニー様はハッとして言葉を飲み込んだ。
「……ごめんなさい。そんなつもりは無かったの」
相手を傷つけたくなるくらいに追い詰められているだろうか。
「第二王子様の婚約者ですよね。誰にも気づかれない様に護衛を付けた方がいいかと思います。貴女を含めて、各婚約者も。いじめを止める様にも伝えてください」
この時、私は、この先もっと傷つく出来事が起きるのではないかと不安要素が脳裏を過った。
「あなたは一体……」
「ただの助言です」
教室から去ろうとして、歩みを止める。
「貴女の婚約者を含めて、他の婚約者の方々もですが、あの女に恋慕はないと断じます。一部を除けばですが。信じる、信じないはどちららでも構いません」
言い残して、今度こそ歩き出した。
急いで向かわないと授業に間に合わないかも知れないから。
関わるつもりは無かった。
見ないふりをするつもりだった。
だけど、思い出してしまった。
初めてふたりが一緒にいる姿を、とっても綺麗な色をしていたから印象にも残っている。
お互いがお互いを信頼し、尊敬し合っている暖かい色をしていた二人が好きで、遠くからいつまで続くようにと願っていた。
時間を掛けて繋げたその糸を、咄嗟に現れた変な女に壊されるのも嫌だった。
たぶん、それだけの気持ちで動いていた。
私が助言したように次の日から虐めがぴったりと止んだ。
その行動が私の運命を大きく変える出来事になるなんて、この時の私に夢にも思っていなった。
✳︎ ✳︎
私の目の前には、王太子エヴァンジェリン・セレスティア殿下様がいる。
「――きん、」
はじめて目の当たりにする色に思わず声に出してしまった。
だけど、その声は小さくて届かなかったようでルナリアは一安心する。
「問題ばっかり起こしよって」
「ルナリア! また何か問題起こしたのね――」
「お姉様、また、私たちに迷惑をかけるのね」
「お前は、何度、わしらに迷惑をかけるだ」
客間に入ってきた瞬間、罵倒の嵐。
「彼女と話したいだ。少し黙ってくれないかな」
口調ほど優しいが、その目はどこか冷たさを感じさせる。
「君がナルリア嬢?」
「はい」
「君はどうして、ソフィア嬢に――第二王子の婚約者の彼女にあのような事を言ったんだい?」
「気を引きたいだけですわ。お姉様って、いつそう―――っひ」
あのような事とは、きっとあの日の出来事のことだろうと直ぐにわかった。
色がどうのこうのって言ったら後で酷い目に遭うことは確実。
ふんん、手遅れ。
やっぱり関わらなきゃ良かったと後悔するら感じてきた。
エヴァンジェリン殿下は私の意を酌むんでかわからないけど。
「城に来てもらえるかな?」
「――承知しました」
そして、今に至る。
馬車の中、王太子とたぶん側近。私という計3人。
気まずすぎる。
「ここなら話しやすいかな」
家の中よりは話しやすいけど。
「そんなに震えないで。取って食ったりはしないから」
びっくと揺れる肩。
「ルイス、小動物に見えない?」
「エヴァンジェリン殿下、ふざけていないで本題に入ってください」
「そうだね」
揺れる馬車の中、次期セレスティア王国の国王と、その側近を目の前にして平常心なんて保ってられるひとがどれだけいるだろうと思う。
私は家の爵位は子爵。
雲の上の存在に等しい。
一生の一度だって話すこともできない存在のはずなのに、今、目の前にいる。
「早速だけど――」
気を引き締めて顔を上げる。
なるようになるしかない。
「どうして、ソフィア嬢にあんな事を言ったのかな?」
なんの罪になるのかな。
怖いな。
「いろ、…――色が見えるのです。人に関わらず、植物や物にも」
「色。――ちなみに、私は何色に見える?」
「金と赤です」
「なるほど。それであの時、"きん"って言っていただね」
「き、……聞こえていたのですか?」
「いや、読唇術だよ」
よかった。
「ちなみルイスは?」
ルイスとは、隣りの男性のことだとすぐにわかった。
さっきもそのように名前を呼んでいたし、呼んでいなくても、私を含めて3人しか居ないのだから自ずと答えは出てくる。
「――紫と青」
王太子殿下は「なるほど」と頷いてから――。
「護衛をつけた方がいい判断したのも、その色が関係しているのかい?」
ナルリアははっきりと分かるように頷く。
「はい」
「どんな風に見えるの?」
「……転校生」
「転校生」
殿下が私の言葉を繰り返す。
「転校生のアリスさんの色が――」
思い出しただけでも怖い。
あれほどおぞましい黒は見たことが無い。
「ゆっくりで良い。落ち着いて」
深呼吸を数回繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
「顔を判別できないほど、真っ暗なんです」
全体を覆う黒は"死"を意味するが、部分的な場合はその患部に病がある。
色の濃さによって進行度に違いがあり、黒いほど命の危機が高くなる。
そして、霧の様にモヤモヤとした黒は死や病気ではなく。
悪意や危険を知らせる色。
「アリスさんの周りにいる男性たちからは、モヤモヤとした黒が見えます。仮に、アリスさんをお慕いしているのならピンク色の花が咲いている筈なんです。それが見当たらないです」
信じてくれるかはわからない。
わからないけど、見たありのままを話しか策は思い当たらない。
一番身近な第二王子の人柄を例えてみることした。
王子様と王子様の婚約者って事もあって、ふたりの事をよく覚えている。
「私から見た色からの判断では、第二王子殿下の人柄は、マイペースなところもあるけど、誰よりも努力家、誠実で頑固な一面もあるかと思います。
ソフィア様は、一見落ち着いててクールで冷たく思われがちですが、思いやりのある愛情深い方だと見受けられます。(なんとなく寂しいがりやな一面もある事は伏せておく)」
第二王子の色は緑と茶色。
彼女の色は桃色と灰色。
そして、今は消えそうになっている黄色――。
「もしかしたら、ソフィア様は、昔は活発で明るいお方だったかも知れません」
今まで観察を重ねた結果の独断に過ぎないけど、間違ってはいないはず。
色は年が重なる事で変わる事もある。
環境の変化でも。
「信じられないかも知れませんが、アリスさんは危険です」
彼女は危険。
これだけは判断できる。
「セレスティア王国――……。世界に纏わる歴史の話をしようか」
王太子殿下の話は、どれも信じ難い話だった。
ずっと昔は魔法が使える事が当たり前で、魔法を使って生活をしていた事。
時代が進むにつれて、その存在も忘れられていた事。
王家は、学園では習わない歴史も学ぶからその存在を知っている事も。
災いや悪意から守護する聖魔法。
また、禁忌とする精神魔法の魅力の話。
「ナルリア嬢は聖魔法の一種と見受けられる」
表状、虐待の疑いがある事で私は王家の預かりとなった。
「興味本位だけど、ナルリア嬢から見て私はどんなイメージかな?」
「金の方はわかりませんが、もう一つ色から判断すると、決断力と行動力がある方だと思います。周りを引っ張っていく力もおありなのでリーダーシップ的な感じでしょうか」
「ルイスは?」
「……魅力的なのでただ立っているだけ異性を惹きつける。高い目標を持っていて、努力を惜しまないので達成することも多いかと思います。また、冷静に物事を判断し、公平にみることができる方だと思います」
聖魔法を扱える存在が現れた事は国の危機、或いは世界の危機でもあるからと私の存在が表に出るのは危険らしく"虐待"の疑いが有りで一時的に保護を理由に王家で預かる形をすることで話がついた。
いくら王家と言っても一方的に家族と引き離す事はできず、あくまで"疑い"の理由で預かる。
実際は事実でも、認めない場合は裁判になる可能性もある。
その間に何か起きてはいけない。
願ったり叶ったりだけど。
私は、ふたつ返事で頷いた。
後から聞いた話だけど、保護センターというものの存在を聞かされた。
DVや虐待といた暴力から身を守る為の施設。
本来、異変に気付いた大人が連れて行くべき役目なのにおっしゃっていたが、学園の私の姿を見て虐待の疑いをするものはいない。
なるほど、納得する。
何度かご指導を受けたのは、その事かと。
「妹を虐めてはない」とか「侍女に手を挙げてはない」とか、「母や妹に鞭打ちされているのは私」、と訴えても聞いてもらえなかった。
怪我の具合によるけど、一週間経てばどんな怪我も直ぐ治っていた。
鞭打ち程度では、一日あれば何事も無かったかの様に綺麗に治っていた。
それも、あの家族にとっては不気味だったのかも知れない。