02
「せっかく幻の乙女ゲームを手に入れたのに、やる前に事故に遭ったときは最悪、思ったけど……やっぱりアリスは神様にも愛されているのね。――ふふ、罪な・ア・リ・ス」
与えられた部屋で高笑いをする少女はアリス・ローザ。
アリスには前世の記憶を持っていた。
前世のアリスもお嬢様として何不自由もない生活を送っていたが、今のアリスは貴族ではあるものの以前のような贅沢な暮らしが出来るほどの裕福な生活では無かった。
アリスはそれが不満でもあった。
決して、ローザ男爵家が貧乏だったわけではなく、以前のアリスの生活に比べればの話。
以前のアリスは、広すぎるお屋敷にアリスと数人の使用人に、生活に困らないお金だけ渡され、足りなくなればお金だけ振り込まれる。
両親の顔は十年以上も見ていないし、顔も覚えていないけど、お金という愛情だけで繋がっている。
アリスは前世でも容姿端麗の少女で、街を歩くだけで声を掛けられるほどで、モデル活動もしていた。
アリスは美しさに自信があり、より美しく可愛く見えるように努力もしていた。
それは今も変わらない。
アリスにとって、女子からの妬み嫉妬は活力になった。
「アリスお嬢様、楽しそうですね」
「ええ、楽しみで」
アリスが男爵家に引き取られて今日から王立学園に通う。
前も学園に通ってはいたけど、平民ばっかりで何の魅力を感じなかった。
だが、今回は貴族が通う学園で高貴族に近づくチャンスが沢山巡ってくることが増えることが楽しみだった。
「だって、高貴族に近づくチャンスがたあくさんあるだもの。アリスならどんな男でも(跪く)落とせると思うとね」
「アリスお嬢様ならきっと実現できますよ」
綺麗に髪をとかれ編み込まれていく。
髪の毛を編み込んでいる間にメイクも仕上げていく、鏡の中に映り込むアリスの姿は美しく儚い少女。
ふふふ、あははは………!
今に見ていなさい。
少し上目遣いで、胸を当てるように腕を絡ませれば落ちない男なんていないもの。
今度こそアリスは完璧な幸せを手に入れてみせるわ。
まず、攻略対象の男どもに出逢わなくちゃ話にはならないわね。
浮き足で向かった先の学園はアリスの想像と全く違っていて内心で舌打ちをするが悟られないようににっこりと笑顔をつくり微笑んで挨拶をした。
「アリス・ローザと申します。えー………と、解らないことばかりなので、皆様ご指導の方をよろしくお願いします」
(お前ら下級族には興味はねえよ)
私に相応しい男は高貴族でイケメンに限る。
(不細工が近づくじゃねえよ)
「見たことないよ、アリスちゃんみたいな美し女性」
(ハ? 何、当たり前の事言ってるのよ)
「やだ、恥ずかしいわ。美しいなんて………ありがとう」
「国宝級の美少女さだよ」
(ふふ、あまね)
「もう、褒めすぎです! 褒めたって何も出ませんからね」
「母国に相応しい美貌」
(そうよ、アリスは誰がも敬う尊い存在よ。あなた解っているじゃない)
「もう、そんなに褒めないで(名前知らんけど)、顔が熱くなりますわ」
男ってほんとに馬鹿な生き物ね、微笑んだだけで群がってくるなんて、何たってアリスは世界一可愛いもの仕方ないわよね。
よくわらないけど、確か"こうしゃく"が高貴だった気がする。
まずは、身分の高い貴族を手駒にしなくちゃ始まりの鐘もならないわ。
アリスだったら王妃も夢じゃないけど、出逢わなくちゃ話にならない。
「そーだ。クラスは違うけど、同じ学年に第二王子がいたわね。ふふふ」
待っていてね、アリスの踏み台となる王子さま。
迷ったふりして第二王子を探したけど、何処にいるのよ!
「このアリスに探させるなんて生意気よ。一万年早いわよ。あっちから会いに来るべきじゃないの」
第二王子を探すだけで一週間。
見つけて前を通り過ぎても、声をかけてくれない第二王子・ディーノに苛々しだすアリス・ローザ。
「きっとシャイなのね。可哀想な王子にアリスから声をかけてあげる。感謝してよね」
このアリスが声をかけてやったというのに、別の男に道案内させるなんて、許せない。
何なよ! アリスがチャンスを与えてやているのよ、素直に受け取りなさいよ。
何度も何度も声をかけてやっているのに靡かない。
「君に名前を呼ぶ事を許可した覚えはない」とか「婚約者でもない男性に、なんでいうのか触れてはいない」とかうんざり。
婚約者が何よ!
可愛いアリスが、その婚約者役をやってあげる言ってるだからそんな奴捨てなさいよ。
✳︎ ✳︎
最近、やたらと近づいてくる女の子がいる。
獲物を狙うようにギラギラしていてとっても怖いだ。
どんなに言って聞かせても、言葉が通じているのかわからない。
関わらないように遠ざけても神出鬼没で情報が漏れているでないかと思う。
ほんとに怖いだ。
蛇に睨まれたカエルって言えば判るかな?
ソフィアに相談したいけど、心配かけたくないし、やっぱりソフィアには弱いぼくを見せたくない。
側近でもあり僕の友人でもあるリークに悩みを相談する。
「最近、執拗に近づいてくる女の子だけど……」
「確か、――男爵令嬢のアリス・ローザ嬢だったか?」
「名前は知らない」
「知らないのかよ」
「ソフィア以外に興味なんて無いよ」
「ハハ、―――まあ、アレは怖いな。話が通じねえもんな」
「そうなんだ。学園では平等とは言え、最低限の節度は弁えるもんだろ」
「何を言っても聞かないもんな。何だっけか、ディーノのアリスの仲だからとか」
思い出してブルブル震えるディーノにリークは続ける。
「異常だよな、あの光景」
――異常。
その言葉がしっくりくるほど、ローザ男爵令嬢の周りには大勢の男性陣を連れ立って、男性陣の目は盧な瞳で意識が何処にある感じで、まるで操られているように見て取れる。
操られている……で、思い出す。
まさか、ありえない。
そんなはずない。
魔法が使える人間は、百年以上昔も確認されていない。
もし、ローザ男爵令嬢が"魅了"の魔法が使える存在なら国が揺らぐ。
今の貴族も王家も対抗できる力を失われている。
魅了に掛かるのも時間の問題。
「兄上にも知らせないと。もし、彼女が魅了を操る魔女なら相次ぐ聖魔の聖女も現れる」
「しばらく国が荒れそうだな」
「彼女に関わらないよう努力はするけど――」
「無理だろ。どこに行っても現れる」
「だから、怖いだよ。わかる? ぼくの恐怖。――夜も眠れない」
「ああ、判るぜ。なんせ、俺のところにも来るからな」
そんな事を話していたのに。
だんだんと意識が遠のいていくのを感じたんだ。
意識が朦朧とする中、手紙を書いて尚且つ信頼できて、あの男爵令嬢と関わりを持たない侍従に僕にもしものとき何か異変を感じたらこの手紙をソフィアに渡して欲しいと告げて手紙を託した。
僕の自我があるときはなんとか逃げ切っていたけど、いつどうなるか解らないこの状況で、男爵令嬢に今日は遭わないように願うばっかり。
いつの間に深い深い海の中にいる様で、思っていない事を口にする僕がいる。
「ソフィアがアリスのこといじめ」
――ソフィアがそんな事するわけない。誰よりも優しく、困っている人がいたら手を差し伸べる女性なんだ。
頭ではわかっているのに。
「かわいいアリスをいじめなど許せない」
――ぼくは、何を言っているだ。
「ソフィアがアリスを階段から突き落としたの。アリス怖い」
――何を言っているんだ。嘘も大概にして欲しい。不敬罪だ。
叫びたいのに。
「ぼくがアリスを守ってあげるよ」
ぼくは何を言っている。
ぼくは、自分が怖くなった。
近づかないで欲しいのに、触れて欲しくないのに身体が思う様に動かない。
心と身体がぐちゃぐちゃで気持ち悪い。
だれか、助けてくれ。
そう願られずにいられない。