6話 地獄の始まり
「お疲れー」
「もうこのまま向かいません?」
「いいよー。というか、敬語外してよ。違和感あるし」
「はーい」
それなりに整備された大通りを抜け、人通りが少ない路地の奥へ進んだ先の居酒屋に入った。よくこんなとこ見つけたな……。ガラガラな店内に入ると個室に案内された。
「ここの店の酒、何飲んでもおいしいんだよね。さあさあ遠慮せず飲んでー」
メニューを開く。酒1杯で銀貨5枚がザラにあり、一番高いものだと金貨1枚もする。
「はぁ!?めっちゃ高えじゃねーか!普通は銅貨3枚くらいだろ!」
「高級な酒やつまみを中心に扱う店だからね。まあ払うのはシンクルド君じゃなくて僕だし、気にしないでよ。」
「え〜いやでもな~。先輩とはいえ、学生にこんな高級なもん奢ってもらうのはなー。これでも元第一騎士団だし……」
こう見えてもある程度のプライドや倫理観はある。そこら辺の居酒屋ならいざ知らず、高級店を奢ってもらうのは……。
*****
「あっはっはっは〜!!」
「君って酔っ払ったらやかましくなるタイプなんだね。」
そんな大人ぶった思考は30分後には消えていた。
周りに客がいないことをいいことに遠慮なく振る舞う。店員は俺のダル絡みを気にも留めないどころか、そもそも俺が存在していないかのようにガン無視している。
「笑ってでもいないとしごとなんかできねぇよ!」
「仕事?学業じゃなくて?」
「学ぶのは学生の仕事だろーが!は~~!!……辛い」
「どうしたの急に情緒不安定に成り下がって。人生相談なら聞くよ?」
自分で言った言葉が心に刺さった。先ほどまで陽気だったのが嘘のように気分が降下していく。
「俺、学業が終わっても就く仕事が決まってんだ」
この任務が終わっても、どうせまた別のカスみたいな任務に回される。そこは分かり切っていた。
「元は農民で……。両親は幼い頃に亡くなったけど、まあ、それなりに楽しんで生きてきたのに……」
細かくいえばいろんな村を転々としたり、一文なしになったこともあるが割愛。重要な部分はそこじゃないので。
「それなのに……役所の人が……鎌で熊狩りしたからって……」
「熊狩ったの?」
「うん。俺がいた村の熊は、相手に一撃入れて相手が動かなくなるとどっか行くんだ。だから顔面に一撃喰らって死んだふりして、後ろから奇襲したらなんとか勝てたんだよね」
まあそもそも野生動物と対峙したこと自体が初めてだったから、流石に死ぬかと思ったけどな!
「……僕には君が大怪我したことがある人に見えないや」
「あー……」
確かに俺の顔には傷が1つもない。さっき俺が言った説明と矛盾してるように聞こえたのだろう。
「それは俺の固有能力のせいだ」
固有能力。
魔法のように魔力を消費せず使用できるが、人間本来の能力として説明できないような特殊能力のことだ。といってもしょうもないものから時代を変えるような能力までさまざまな種類がある。
「どんな固有能力?名前とか国からもらった?」
「過剰装甲って名付けられたわ。そもそも怪我しないし、怪我したところですぐに治る。崖から落ちたことあったけど、ちょっと赤く腫れたぐらいで午後には治ったんだよな」
「え、すごい。それって例えば……汽車に轢かれても死なない?」
「あれぐらいじゃ死なないわ」
「うらやましいな……。僕も何か強い固有能力が欲しいよ」
「?国にいいように使われて終わりだぞ?」
「それでも、だよ」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」
この後も酒を飲みつつけた結果、会計がとんでもない額になってしまった。手持ちの銀貨では足りなかったため、最終的には先輩に奢ってもらうことになった。確かに貯金はあるけど、銀行に預けてるからちょっと...。
「小切手で」
「かしこまりました」
すげーなこの人。この額払えるのもすごいけど、店側にあの紙切れを信用してもらえてるのがすごい。俺が小切手出しても絶対偽物と勘違いされるし。会計が終わり、寮までの帰り道。先輩は嘘くさい困り顔で話しかけてきた。
「実はさ、ぜひ来てもらいたい場所があるんだけど……」
「あ〜。いいよ。つーか最初からそれが目的だろ」
「ありゃ、バレましたか」
「やっぱりな〜!!!おかしいと思ってた!!!ニホ置いてくるし馬鹿高い酒飲ませてくれたし〜!!!」
「君さあ、結構酔ってるね」
「お兄ちゃんはどこでもついて行くからな〜!」
「もう着いたよ」
「え〜……?」
目の前にはやけに縦に長い大きな建物があった。
「この中に来て欲しいんだよ」
「……なんか不気味なんだけど。なにこの建物」
「魔法塔」
「それって今朝立ち入り禁止になった場所だよね?」
「大丈夫。絶対バレないから」
「やだ!」
「早くついてきて」
先輩は俺の腕を思いっきり引っ張りながら魔法塔へ入る。一般人の腕力を振り切って逃げるくらい造作もないが、バカ高い会計を奢らせてしまったので抵抗はせずについて行った。人を招く気を微塵も感じられないような入り口風の穴に入り込み、10歩ほど進んだところの壁に向かって進むと不気味な通路につながった。
「わーお」
「ここ不安定だから、めっちゃ揺れるんだよ。しっかりまっすぐ歩いて。何ら目瞑ってて」
「どういう意味?」
先輩の言葉が意味不明だったが、歩き始めると確かにぐるぐると通路が不規則にくねり始めたので目を瞑って歩いた。
「もう目を開けていいよ」
言われた通りに目を開けると、こじんまりとした部屋にたどり着いていた。
「はじめまして」
「……え?」
ソファにもたれかかっている金髪の青年に挨拶されるも、返事できなかった。酔っ払っていたからとかじゃなくて、ソファにタマが胡座をかいて座っていたからだ。
「なんでタマがいるんだよ」
「……」
タマも俺がこの部屋にくるとは思っていなかったらしく、完全に固まってしまっていた。少しの間を開けてようやく発した第一声は、
「生きてる……」
だった。
「は?俺が死ぬわけないだろ〜!!!」
「な、なによ、そのテンション」
「こういう酔い方らしいよ。僕もびっくりした」
「酔いすぎでしょ」
「というかさ」
先輩とタマがヒソヒソと話しているところに、金髪の青年が割って入る。
「連れてきたってことは、あの案実行するの?」
「はい。あと酒代は経費でお願いします」
「嫌すぎる。まあ今回はいいか。おーい!そこの酔っ払いくーん!」
「は〜い!」
「革命軍に入団しない?」
「リーダー……それは流石に端折りすぎでは?」
「!?!?」
反乱軍?反乱軍と言ったか?しかもこの金髪の青年はリーダーで、俺を直接勧誘してる?言葉の意味はわかるが、状況が理解できない。とりあえず暫定人格者であるタマに助けを求めるか。
「タマ!この人たち頭おかしいぞ!」
「知ってるわ」
「ちなみに反乱軍の団員は結構いるよ。はいこれ名簿」
「ふえ~……」
金髪の青年から渡された名簿をさらっと目を通す。苗字がない人から俺でも知っているような名のある貴族まで様々な人が所属しているらしい。というか、学園に密偵を送ることを反対していた人の名前も載っていた。第一騎士団の人間が学園に入学したと情報を流したのもこの人だろう。
(団長はイカれてなかったんだな……)
正直一ミリも信用していなかった。どうしてこの人たちはこんな子供だらけの学園に基地を作っているのだろう。
どこまでバレているんだろうか。今からでも誤魔化せるかな?正直、俺がタマに説明した昇給云々のことは事実だからそこから……あ、そういや先輩に「この学園卒業したら騎士団戻る」って話しちまった!不味い!もう誤魔化せないところまで来てしまっていると知り立ち尽くす俺を見て、先輩は「ふふっ」と鼻で笑った。
「君の団長は真面目だね。陰謀論みたいなことを言ってまでこの国のために尽くして……。結局許可が降りなかったからって、君を無理やり学園に入学させたらしいじゃんか」
「ほんとそれな。ついに年かと思ってたわ。……俺の団長が何言ってたか知ってるんか?」
「君の密偵としての任務も知ってるよ。だから汽車で轢き殺そうと思ってたのに」
ゾワっと背筋に悪寒が走った。
「騙された!」
「人を騙そうとする人が怪しいそぶりをするわけがないでしょ」
「確かにそうだけども!」
「そろそろ話を戻してもいいかな?それと君の名前はシンクルドで合ってる?」
「へい」
俺の名前を聞いた金髪の青年は、机の上に置かれていた大量の紙束の中から一枚のプリントを引っ張り出した。