3話 対等
「俺さ、騎士団勲章以外にも色々褒賞とかもらってるんだけど、学も身分もないから昇格できないんだよね。昇給もないし」
これはガチである。騎士団の団長補佐や騎士団育成員などの特殊な立ち位置に就くには、貴族の身分か学歴が必須だ。俺には両方ないため、このままでは一生下っ端の騎士団員として使い潰される。
「だから老後とか考えると今のうちに学んで昇格しときたいな〜……って思って」
これは嘘である。ぶっちゃけ今すぐ騎士団を脱退したとしても、老後ですら遊んで暮らせるぐらいの資産はあるが……働けるうちは稼いでおきたいし、今の職場以上に稼げる場所へ転職できるほどの能力が俺にないだけである。
「そうだったのね」
今の言葉に納得してくれたらしい。タマは綺麗に頭を下げた。
「ごめんなさい。理由もなく働くのが嫌になったから、国の金で青春やりに来たんだと思ってたわ」
「1から10まで失礼だな」
貴族が平民に頭を下げるなんて珍しいと驚いていたところにとんだ爆弾発言を投下された。
どうやら俺が遊ぶために入学したのだと本気で思っていたのだろう。
確かにこの国は平民が学業に専念する際、学費を全額支給する制度が存在していると聞いたことはある。もちろんその分倍率高いし、残念ながら生活費は払ってくれない。なのでその日暮らしで何とか生きてる大多数の平民は入学を目指すことすら困難だという裏話があるけども。
「お互い、目標のために頑張りましょう」
右手を差し伸べられる。左手はニホの方へ向けられていた。俺は正直、あの会話の後なのでコイツはこれ以上関わりたくない。が、ニホが拍手する構えをしてキラキラと目を光らせていたので仕方なく握手した。
「えーっと、とりあえず身分で差別してくるタイプの人ではないってこと?」
「なにそれ。そんな阿呆が存在するなんておとぎ話だけでしょう?」
一度こいつに騎士団を見学してほしいわ。マジで。遠い目をする俺を周囲の人たちは拍手した。
どこからか「よろしくな!」「仲良くしようぜ!」という野次馬の声が聞こえてきたので、「誰だよお前ら!」と適当に返事しつつ寮に戻ろうとする。
食器を返そうと返却口に向かう途中、ニホは「あ、あの!」とタマに話しかけた。
「なに?」
「あのエデルさんって、」
「タマって呼んで」
「タマさんって、出身はこの国ですよね?」
「そうよ?私の一族全員がこの国の者だけど?」
「でも、その名前……」
「名前?」
「ああ!この”タマ”っていう名前は東洋帝国で使われている名前から来てるの。愛しい子に付けるらしいわ」
「へ、へえ。あまり聞きなれない発音だとは思いましたが、東洋帝国での名前だったんですね……」
苦笑いするニホには、言葉の裏で何か隠しているような感じがするが……気にしないことにした。
「ニホ。敬語は外していいわよ」
「いやいや、こいつはこれがデフォルトなんだろ。俺に対してもこうだし」
「じゃあ別にこのままでもいいわ。対等でいたいだけだし」
タマの尻尾は機嫌が良さそうに揺れている。近くにいる一部の人間は、それをキャッキャと楽しそうにタマの方を見ていた。
(どういうことだ?)
そいつらから好かれている、にしてはタマとの距離がある。タマは自分を見つめている人間たちを視界の端にも入れる気がないように見えた。
「よかったら明日も一緒に昼食を食べない?」
「いいけど」
「先に着いた人が先にテーブル席を確保しましょうか」
「いい案ね。そうしましょう。じゃあまた明日」
手を振ってどこかに向かって行くタマをぼうっと見つめていると、近くにいた男性から話しかけられた。次はなんだと思いながら振り向くと、眼孔ガン開きの男性が緊張しているような感じで立っていた。
「あの!よろしければ!!」
「はい?」
「タマ様が触れられた手で握手して頂けませんか!?」
綺麗な90度のお辞儀だった。あまりにも完璧なお辞儀に反した、意味不明な要求に言葉が頭がついて行けない。
「君さぁ、なに言ってんの?」
「お願いします!私はあの方を尊敬しておりまして!」
「待って!わたくしも間接握手したいですわ!」
「私も!」
「俺だって!」
意味不明な言い争いをしている彼らを無視し、ニホを担いで逃げた。貴族の言うことはたまに意味不明なことがあるが、あれが身分関係なく、ただ純粋に狂っている集団であることだけは分かる。密偵としての任務があるというのに、あんなよくわからんもんと戯れている時間はない。
寮まで走ったところでニホを降ろした。
「もう大丈夫だろ。なんだったんだよあいつら」
「ファンでしょうか?本人に迷惑をかけないタイプみたいですけど……」
「ふぁん?なんだそれ?」
「信徒のような者です。漫画の中だけでならあのレベルの集団を見たことありますが……本当に目の当たりにするとなんだかキツイものがありますね」
「まんがってどこだよ。俺その土地にだけは絶対行かないわ」
「あ、いや、漫画は地名じゃなくて……なんて説明しようかな」
冷静になるため、先ほどの出来事をもう一度ゆっくり思い出してみることにした。
まずは先ほどのファン?とやらの反応を思い出す。タマと握手したというだけの俺の手にあんなに群がっていたんだ。本人と対話したならばどうなるのか。
そこまで思考を導いただけで悪寒が背筋を通った。タマが頑なに対等という言葉を強調している理由が分かった。自分の周りにいるのがあんな変態集団ばかりだったのなら、さぞ精神をすり減らして来たことだろう。
「それにしてもガチでキモかったなアイツら。なんだよ間接握手って」
「まあ、価値観は人それぞれですから」
「達観してんなぁ!?どんな人生送ってきたの?」
「ははは……。」
ニホの苦笑いが痛々しい。まんがで何を見てきたのだろう。
それにしても。
タマの立場なら、あの人たちを上手く利用して、俺に恥をかかすことだって出来ただろう。
そんな中でも最後にはかなり友好的に接してきた。まるで友達を作りたがっている少女のように。それに平民相手に頭を下げた。その上での『対等でいたい』という発言には説得力を感じる。
つまり、
(あいつは普通に接していいのか?)
完全に敵意がない上、友好的だ。俺が今までの人生で見てきた中でもトップクラスの平等対等大好き人間な気がする。
いや、考えすぎか?
「シンクルドさん?どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
難しいことを考えるのは苦手だ。今日はなんとかなったし、明日のお昼も先ほどのようなディベートバトルがあるかもしれないとだけ考えていよう。タマが近づいてきた目的だって明日話せばわかるかもしれない。
「明日のお昼、楽しみですね!」
ニホの純粋さに涙が出そうになる。俺はタマが貴族というだけでこんなにも警戒しているというのに。
「俺は心が汚れてしまったのか」と落ち込んでいるシンクルドを目の前にしつつ、ニホは内心慌てていた。(シンクルドさん、タマさんのことをめちゃくちゃ嫌ってる!このままだと明日の昼食も空気が重くなるかも!)
「そろそろ教務課にいきませんか!?」
「おー」
ニホはシンクルドにバレないように一息ついて、教務課の部屋へと案内を始めた。