31話 トラウマ
「シンクルドにとっての天使って何?」
「え?…聖書に書かれてる感じのやつ」
「それはイメージの話でしょ?聞き方を変えるね。シンクルドが初めてサリエルを見た時さ、どうやって天使かどうか見分けた?」
どうやって見分けたかって?そりゃあ、
「…羽を、見て、ああ天使だなって、思いました」
その俺の発言を聞いたサリエルは嬉しそうに8枚ある羽を動かし始めた。
「そう!天使とは、人の見た目をした長寿の鳥のことだよ!」
「は?鳥?」
「鳥から人の見た目に進化したの」
ってことは分類的にはド畜生太郎先輩と同じじゃねぇか!どうしてリーダーがサリエルと合わせようと思ったのか気になっていたが...なるほど、たしかに比較対象としては申し分ない。
それにド畜生太郎先輩と同じで、普通は擦れもしないような地雷を堂々と踏み抜いて歩きやがる。人間じゃなくて鳥だ、と言っていた理由がわかった。
しかし、その場合には疑問が残る。
めちゃくちゃ失礼だけど、聖書で崇められるほど人望を得られるとは思えない。なんならまともな人間関係を築けるのかすら怪しい。それに記されている内容もほとんど嘘だったということも分かったし。
「…聖書のあれはなんだったんですか?」
なぜあの本が作られ、流布されるに至ったのだろう。ド畜生太郎先輩とは違うからと言われたら、それでおしまいだけど。
「大昔の私たちのファンが勝手にでっち上げたんだよ。ものによっては本当のこと書いてたりもするけどね。まーミカエルとかは出来るだけ合わせようとなんか頑張ってるよ」
俺が長年悩んでいたことを、心に刻まれた傷を、簡単に抉られた。悩み自体を否定された上で馬鹿にされているようにさえ感じる。
「ほんと、たかが鳥が人間に近い見た目ってだけで夢見すぎだよね」
仮にも自身を信仰している村の出身の人にどうしてそんな発言ができるのだろう。
サリエルの無神経な発言によって、忘れていた嫌な記憶が頭の隅から這い上がって来た。
『あいつ、崖から落ちて無傷だったんだって!』
『固有能力が発現したらしい』
同年代の子供からは好奇心と嫉妬の目を向けられ、
『気味が悪いわ』
『固有能力の内容を確かめるためにもう一度崖から落とすそうよ』
『不死だなんて…サリエル様の手に負えないモノだったらどうしましょう……』
あの伝承の信者からは軽蔑の目線を向けられ、そして、あの人たちからは、
『あんたがあのとき死んでいれば!!』
「せっかくサリエルのこと知ってくれてたのに、そこまで言う必要ないんじゃない?」
リーダーに両肩を後ろから掴まれた。その衝撃で意識が現実へと引き戻された。
「あー。それもそうかも?」
サリエルは俺の感情の変化に気づいていない。先ほどと同じような言動を貫いている。
「とりあえず式典の時とか以外は普通に接してくれていいから!」
「....うっす」
「なにかサリエルに聞きたいことある?」
「あ〜…そうだな……」
せっかくの機会だし何かは質問しておきたい。そう思って思考を巡らせていると、ふと教会で見た女神像を思い出した。
タブーに触れる質問かもしれないが、あちら側から先に失礼なことを言いまくっているので遠慮なく聞いてみることにした。
「サリエル様は神って信じてるんですか?」
「さあ?でも2500年くらい生きてる私ですら見た事はないし、個人的には『この世』にはいないと思ってるよ」
「そっすか」
「同朋いわく、異世界?ってのが山ほどあるらしいからそっちにはいるかもねー」
*****
思考をぼんやりとさせたまま、教科書や勉強道具を置いていた部屋に戻って来た。未だに悪い夢でも見てるんじゃないかと疑っている。
「どうだった?」
「なんか、フラットな感じでしたね」
「まあね。あからさまに見下したり馬鹿にしなければ友好的に接してくる鳥だから」
もうリーダーのサリエルに対する説明の仕方が珍獣なんだわ。実はペットだって言われても納得できるぐらいに飼い慣らしてる感が半端ない。
「顔は覚えた?」
「え?ええ。まあ」
「ならさ、街とかで見かけたら僕に報告して」
「それくらいならいいですけど。なんでか理由を聞いていいですか?」
「あの鳥さぁ、いつも反乱軍の経費で砂糖とかはちみつを大量に買うんだよね」
「サリエルも反乱軍の経費狙いで所属してるんですか?」
「ノーコメント」
といっても、反乱軍の本拠地である魔法塔で鳥が人形遊びしてる時点で反乱軍側の鳥だというのは確定なんだよな。あの鳥絶対学園関係者じゃないだろうし。
反乱軍内部ボロボロすぎない?