26話 不快感
子供たち全員がテストに合格した後、近くにあったパン屋で出来たてのパンを買って配った。俺も半分出そうとしたが、「反乱軍から資金が出ている」と聞いたので財布は懐に戻した。
「さて。それじゃあ、雑談タイムね。何か質問はあるかしら?」
「はーい!」
5歳くらいの女の子が元気よく手を挙げた。
「なあに?」
「3日前に馬車がいっぱい走ってたのはなんで?」
「ああ、それは第1王子の誕生日を祝うために来た来賓の馬車ね」
「へー!」
話を聞いた子供たちがうらやましそうに声を上げる。
「いいなー。誕生日会」
「どんなことをしてるの?」
「海外から祝いに来た人たちとケーキや料理を食べたり、会話をしたりダンスをするわ」
タマはかなりオブラートに包んで返事をした。確かに表面下で動いている策略だのマウント取り合戦だのは伝える必要ないだろうし。
それを聞いた幼い子供たちが想像上の誕生日会に目を輝かせているが、少し離れたところに集団で固まっている子供たちの表情は曇っていた。
「俺たちは贅沢できないのにな」
「その誕生日会って、俺たちが払ってる金でやってるんだろ?」
「私たちはケーキを買う余裕もないのに...?」
そこのグループだけ、空気が少しずつ不穏になっている気がした。思わずタマの方を見る。が、小さい子供たちに質問攻めを受けているタマは多分気付いていない。ここは俺が誤解を解こうと口を開いたところで、さっき質問した子供とは違う子が別の質問をした。
「第一王子様はいつも何をしてるの?」
古い知り合いの肩書が話題に出たので、思わず固まってしまった。会話をしているタマたちの方へ視線を向ける。
「お国のために稽古や勉強を一日中されているわ」
「今何歳?」
「今年で18歳になられたわ」
「えー」
「私たちは13歳から働くよ?」
「勉強会にだって来れない子がいっぱいいるのに」
「こら。第1王子様は王族なのよ。私たちとは責務が違うんだから仕方ないわ。それに国のために頑張って下さっているんだから、私たちも頑張りましょ?」
タマの言葉を素直に受け取った幼い子供たちは別の会話で盛り上がり始めるも、先ほど俺が算数を教えていた年代の子供たちはずっと第一王子の話を続けている。
「俺たちにだって勉強は必要だろ。税金が重いせいで余裕が無いからやってないだけで」
「いつも大変だよな」
「服だって貰い物をなんとか縫って使いまわしてるのに」
王子の誕生日会の話をしていたはずだった。なのに知らぬ間に不満の矛先が王子に向き始めている。気味の悪い会話の変化に吐き気がした。何だろう、この、手のひらの上で踊らされているような違和感は。タマは相変わらず幼い子供たちの質問に楽しそうに答えていてこちらに気づかない。
それにこの子供たちの言葉は、どうしても本人たちの発言とは思えなかった。
そう、まるでこの言葉は、
「私たちは大変なのに」
「王族は俺たちのお金であんなに贅沢してる」
親から聞いたセリフをそのまま話しているかのようで。
「お兄さんって貴族?」
陰口を言っている集団の一人が、俺に話を振ってきた。
「いや、ちげーよ。平民だ」
「ほんとに?」
「ほんとだっつーの」
「タマ様とおんなじ身なりじゃん」
そういえば、俺は今日学生服のまま王都に来たんだった。確かに儲けている豪商の人間でもない限り、平民でこんな上質な布でできた服を着ている人はいないだろうな。
「別に貴族だからって何も言わないよ」
「ガチで平民なんだってば」
「タマ様みたいに俺たちのこと気にかけてくれてるから、勉強会に来たんでしょ?」
「..まあな」
「ほかにも貴族の人って結構私たちにも顔出してるよね」
「確かに!この前も大通りを歩いてたよね!」
市民にいい顔をして名声を集めておくと何かと都合がいいからな。そのたびに警護として駆り出されている騎士団員にはよく同情してる。
「それなのに」
「貴族は義務を果たして頑張ってるのに」
「王族の人は...」
なんでアイツは知らぬ間にココまで嫌われてしまってたんだろう。
でもこの子供たちが言っていることは部分的には合っている。確かに税金は重いし、第一王子の身分だと衣食住は保証されているし。
第一騎士団という立場としては、子供たちの言葉を適当に流して発言の危なさを注意するべきなのだろう。それでも一時期仲が良かった人が悪く言われているのを聞いて、
「いや、あの人たち地獄の中で生きてるからな?」
耐えきれなかった。